「ルナを愛してる。心底愛してる。一日じゅうキスしてもセックスしても足りねえくらいだ。これ以上愛した女はほかにいねえ――いくらばあちゃんや、ドローレスさんが怒っても、俺はこれだけは、ルナだけは譲れねえ。俺からルナを、取り上げないでくれ」 おばあちゃんの満面の笑顔が、ルナにはとても痛かった。 『ルナは可愛いだろ?』 「すげえ、可愛い」 おばあちゃんの言葉に、アズラエルはもう、デレた、としか言いようのない顔をする。 アズ、ものすごい顔してるよ。あたしでも分かる。 『だろうよ。あたしの孫も同然だもの』 「こんなに可愛い女がいるんだって、俺は目を疑った。俺の理想の女が、めのまえで俺に微笑みかけてる。俺の女神が、だ。愛くるしい顔で俺を誘ってる。それで滾らない男がいると思うか? 抱けば壊れそうに柔らかいんだ。だけど愛しすぎて、加減も分からず抱きしめちまうくらいだ。唇も――」 「アズのばか!! もう言わないで!!」 ルナはさすがに耐えられなくなって、真っ赤な涙目で、ソファの上のクッションで、猛然とアズラエルを叩いた。アズラエルは、どうして自分が殴られるのか、さっぱりわからない、という顔をしている。 「おい、よせ、分かった、分かったから! もう言わねえ!」 『あーっはっはっはっは!!』 おばあちゃんが、画面の向こうで、大口開けて笑っている。 『おまえもL18の男だねえ! ばあちゃんも、爺ちゃんの甘い言葉にコロッといっちまって、地球からL18くんだりまで追いかけてったよ。あはは、ああおかしい』 「ばあちゃん、笑い事じゃねえって。俺は真剣にだな、」 『わーかってるよ。わかってる。おまえが真剣なのは十二分に分かったよ。――アズ、ルナ、』 おばあちゃんはまだおかしげに笑い、涙目の目じりを拭いながら言った。 『ばあちゃんはね、いつだってお前たちの味方だよ。覚えておきな。――ルナのご両親のほうはね、あたしにちょいと、任せてみな』 「いや、ばあちゃん、俺は正々堂々と――」 『その正々堂々が立派にまかり通るように、ばあちゃんが手助けしてやるって言ってんの! いい子だから、ばあちゃんに任せておきな』 アズラエルは、何か言いたげだったが、やがてひとつ嘆息すると、「分かったよ、ばあちゃん」と譲った。 それからも、話は尽きずに続いた。いつのまにか、日が沈むころになっていて、キッチンのクラウドたちをようやく呼ぶことができた。四時間近くも話し込んでいたのだ。 ツキヨおばあちゃんは、久しぶりのミシェルにも満面の笑顔を見せたし、ミシェルの彼氏のクラウドには目を剥いた。「こりゃあ眼福だ! 綺麗なお人だねえ!」と叫んだ。クラウドとミシェルはしばらくおばあちゃんと話し、また画面を離れた。 ルナは最後まで、バブロスカ革命やアズラエルの家族のことは、夢の中で知ったのだと、おばあちゃんには言わなかった。おばあちゃんは、どうして知ったのかと、ルナにもアズラエルにも聞かなかった。親密な仲になれば、互いに身内のことを話すことも増えるし、きっかけはエルバサンタヴァだと言ったら、おばあちゃんは納得してくれた。アズラエルもルナも、それでいいと思っていた。夢のことなど、話す必要はないと。だが――。 『……いいかいアズ、ルナ。その宇宙船は、不思議なところだ。理屈じゃ考えられないことが起こるとこなんだよ』 おばあちゃんは、通信を切る前にそう言った。 『ばあちゃんは、その宇宙船で起こることだったら、何を聞いてもびっくりしないよ、ばあちゃんは十年以上も地球にいて、地球行き宇宙船に関わってきたんだ。あそこは、奇跡が起きる場所だ。……ばあちゃんにも、こんな奇跡が起きるなんて思わなかったけどね。――あんたたちが、お互いを愛し続けるなら、必ず奇跡が起きるからね。アズ、どんなことがあってもあきらめちゃいけない。ルナもね。二人で地球に行きなさい。そして、ルナがたとえどんな夢を見ても、バカにしちゃいけないよ』 「お、おばあちゃん?」 『また電話をくれるんだろ? 待ってるよ。あんたたちがヒマな時でいいからね。なんなら手紙でもメールでもいいさ。ルナが可愛い便箋でくれるの、ばあちゃん結構楽しみにしてるんだよ。またおくれ』 「う、うん!」 『じゃあまたね。アズ、ルナを可愛がっておくれよ? ルナもアズと仲良くね。ばあちゃん、今日はすごくいい日だった。素敵な日だった。ほんとにありがとうね。またね、じゃあ切るよ――あ、あんたたちからお切り。――そう、そうだよ。――じゃあまたね、またね――』 「おばあちゃん、またね」 「またな」 アズラエルが通信を切り、おばあちゃんとの、長い通話が終わった。正味五時間も電話していたのか。窓の外は、すっかり夕暮れだ。 通信を切って、ふたりはしばらく何を言うともなく、真っ暗になった画面を眺めていた。やがて、アズラエルが先に動いた。ルナを抱き寄せ、ルナの頬に一度、キスをしてから言った。 「ばあちゃん公認で、イチャつけるな」 ぼうっとしていたルナは反応が遅れた。 「へう?」 「へう、じゃねえよ。――ばあちゃん、ルナを可愛がってやってくれって言ったぞ」 「アズが思ってるような意味じゃないよたぶん」 「はは……」 アズラエルは、どこか底の抜けたような笑いを零し、それ以上ルナに手を出すことなく、ソファに身を沈めた。 「ルゥ」 「……うん?」 「愛してる」 ルナはまた吹きかけたが、アズラエルが宙を見つめたままなので、クッションで殴るのはやめた。 「愛してるよ」 「……うん」 「うん、だけか?」 アズラエルが、苦笑ともいえる顔でルナを見つめている。ルナは相変わらず恥ずかしくて口をもぐもぐさせたが、「――あたしも、アズが好きだよ」と、小さな声で言った。 「俺も、愛してる」 アズラエルが力を込めて抱き寄せてくる。ルナはアズラエルの太い首に腕を回し――そうすると、ルナの唇に優しく、啄むようなキスを一度。そうしてから、ルナを膝に乗せたまま、アズラエルは呟いた。 「俺はまだ混乱してる――おまえは?」 「……うん。あたしもかも」 「ルゥ。……おまえ、椿の宿で見た夢で、俺に秘密にしてることはもうないか?」 思いもかけないことを言われて、ルナはアズラエルの胸から顔を上げて、彼の顔を見つめた。アズラエルが、真剣にルナを見ていた。 「たぶん――ないと思う」 「たぶんって?」 「あんまりいっぱい夢を見たから――あたしも整理できてないことが多いの。あたしの日記帳見ながらなら、思い出して説明できると思う」 「そうか。――無理は言わねえ。思い出したらでいい。教えてくれ」 再び、こめかみに甘いキスが降ってくる。 だがアズラエルは、愛しげにルナを見つめるだけで、それ以上のことはしてこなかった。 ふたりで、しばらくぼうっとしていた。リビングのソファで。 ふたりは黙ってそこで、何度もキスしながら、(どちらかというとアズラエルが一方的にしながら)おばあちゃんのことを考えていた。 ルナは、おばあちゃんに手紙を書こうと思った。長い長い手紙を。 アズラエルもまた、きっと日を置かずにおばあちゃんに電話するだろう。 おばあちゃんが好きそうな、綺麗な花模様の便箋を探しに行かなくちゃ。 |