「ほかに黒猫のカードの人っていないのかな? だってエレナさんがさ、あたしにこども、くれるんだよ? あたしあの人と、そんなに親しいってわけでもないし。悪い人じゃないのは分かるけど、――あの人、ルナを一度は殺そうとした人でしょ?」

 「そ、それはそうだけど……。でも、あのときは理由があって。本当はいい人なんだよ?」

 「それは分かってるって。だけどさ、あたしが、あの人苦手なだけだからかな? う〜ん、やっぱいまいち、実感わかないよ。エレナさんがあたしに?」

 ルナは珍しいなと思った。ミシェルはあまり、ひとの好き嫌いがない。ミシェルから、だれかれが苦手という言葉は、一切聞いたことがないのだ。

 

 「エ、エレナさんのこと、苦手なの?」

 「……悪い人じゃないのは、分かってるんだよ」

 ミシェルは困ったように、言った。

「でも、なんだかね、ほんとにマジ変な話なんだけど、あたし、あの人にあまり近づきたくない。サルディオネさんに言われたせいもあるのかもしれないけど、どうしてだか、あの人に近づくと、あたしが貧乏くじ引くような気がするの」

ルナは驚いて目を見開いた。「貧乏くじ?」

「うん。まあ、変だよね。気にしないで。普通に喋ってる分には、いい人だもんね。ごめん。……なんか不思議。ほんとにヘンな夢だったなあ」

 ふたりは、しばし沈黙した。二人ともまだ、夢の内容を消化しかねているのだ。

 でも、互いに、この夢のことを違和感なく話せる相手がいて、とてもよかったと思っている。なかなか、ほかでは口にできない話題だ。リサやキラにも、到底言えない。

 

 「でもさ、話はもとに戻るけど、ルナのお兄さんも、ZOOカードがうさぎだったんだね。傭兵の黒ウサギかあ……」

 「うん。あたし、びっくりしちゃった。なんていうか、確定しちゃったよ。あたしのなかで。やっぱりパパとママは、軍事惑星の出なんだって」

 

 おにいちゃんが、空挺師団の事件で死んだっていうのも、ほんとうなんだ。

 あの夢は、それを確定づけてしまった。

 

 ルナが深刻な顔で俯いたところに、ミシェルが言った。

 「……。あのさルナ」

 「うん?」

 「あたしらが住んでたあの辺って、新興住宅街だったじゃない」

 「うん」

ルナたちが通っていた学校がある町区内は、確かに新興住宅地が多かった。

 「だからさ、町内会っていうのもほとんどなくて、あたしらが小学校入ったくらいにやっとできたじゃん?」

 「うん? そうか? そうだったかも」

 「あたし、あの町内って、なかなか町内会できなかったわけ、分かったんだよね」

 「えー!? なんでなんで?」

 「あたしらの町内ってさ、よその星から越してきた人間がほとんどだったんだよ」

 「え!? ウソ!!」

 「それさ、あたし、高校くらいンとき自覚したんだな。クラスの友達と話してて。友達の町内は、町内会がしっかりあってさ、夏祭りとか、親同士飲み会とかあったでしょ? こどもだけのイベントだとか。町内会の人同士、家族ぐるみで仲いいみたいで。なんでだろうって。うちの町内ってそういうのなくって、近所も交流あるトコはあるけど、どっかよそよそしい町内っていうか。それで気になって、ちょっと調べたんだ。そうしたらわかったの。少なくとも、あたしの家の周り、みーんなよその星からきた家ばっかだった。初めて話すけどさ、うちの親も、L53出身なの。事業失敗して、L77に逃げてきたんだよ」

 

 「そ、そうだったの……」

これは内緒ね、とミシェルが人差し指を立てる。ルナはこくこく頷いた。

 「だからさ、もとからL77に住んでる人間とは、合わないとこ多くて。あそこ田舎だからさ、プライベートも根掘り葉掘り聞きたがるじゃん? で、事情があって話せないとよそ者扱いされたりとかさ。うちの親も、L5系からきたひとは都会人だからー、とか、最初さんざん嫌味に言われたらしいよ」

 「あー。なんか、その辺分かる。かも。うちの親もね、表立っては言わないけど、リサのうちが苦手だった」

 

 リサの家族は、両親とも生まれた時からL77。リサの両親も、リサ同様人懐こくて、ルナの親ともよく喋るし、ルナも可愛がってもらった。だから嫌いではないのだが、昔リサの母親がルナのうちにきてお茶していたとき、母が、「出身地はどこ?」「ほかのご家族は?」などと質問攻めにあって、困惑していたことを覚えていた。

 ちなみに、ルナのうちは、L64から引っ越してきたことになっていた。なっていた、というより、ルナはずっとそう思っていた。――このあいだ、椿の宿で夢を見るまでは。まるきり嘘ではない。ルナのおばあちゃんたちは、そこに住んでいる。

 

 「よその星から来た人間で、言えないことがある同士って、なんか、その辺弁えてるじゃん。聞けない部分があるっていうか。だから、うちの親とは、ルナんちの親仲良かったでしょ」

 「そうだね」

 

 実際、親の出身星や、前歴など、家族であるルナでさえ知らない事実が多かったというのに。

 

 「ルナのパパさあ、あたし最初怖かったもん」

 「え!? ほんと?」

 「うん。ルナは自分のパパだからあまり気になんないかもしれないけど、怖い感じがするよ。悪い感じでなくて――迫力あるっていうか。あたしね、この宇宙船に乗って、はじめてアズラエルとか、軍人に会ってあの感じが分かったの。うちのパパがさ、もしかしたらルナのパパは軍事惑星にいたひとじゃないかって、言ってたことある。うちの近所の警察星からきたひとも、多分ドローレスさんは軍事惑星の人だって言ってた。そっちの人だって。――やっぱさ、分かっちゃうんだよ。そういうの。見る人が見ると」

 「……」

 見る人が見れば分かる――。

 知らないでいたのは、ルナだけか。

 はじめのころ、アズラエルの威圧感がたまらなく怖かったのは、事実だ。同じ軍人で威圧感があっても、パパはパパだった。ルナにとって、パパは甘くて優しいパパ。

 軍人だなんて、思いもしなかった。

 

 「だからさ、ルナたちの親が軍事惑星から来たって言っても、あまり違和感ないんだよね、あたし。キラのママも軍事惑星の出で、ツキヨばーちゃんも、もしかしたら、ルナの話によると地球生まれだったりするわけじゃん」

 「……」

 ツキヨおばあちゃんもオシャレであか抜けていたし、周りに身内の影がないことから、L5系から引っ越してきたのだと、周りでは言われていた。

 

 ――地球で生まれて、どんな形でユキトおじいちゃんと出会って――おばあちゃんは、L77に来たんだろう。

 

 ルナがツキヨおばあちゃんのことを考えていると、

 「ね、ルナ、やっぱまだ、親にアズラエルのこと話してないんだ」

 ミシェルに真剣な顔で言われ、ルナは戸惑った。

 「ツキヨばーちゃんにも?」

 「う、うん……」

 「親には言えなくても、ツキヨばーちゃんには言いなよ! ルナの夢の通り、もしアズラエルがツキヨばーちゃんの孫だったら、孫に会いたいかもしれないじゃん!」

 「う、うん……」