でも――もし、会いたくなかったら?

 バブロスカ革命で処刑されてしまったユキトおじいちゃんのこともあって、ツキヨおばあちゃんは、隠れて生活しているのではないか。ルナが思っているよりずっと、バブロスカ革命の話は、軍事惑星に住んでいたアズラエルたちにとっては、タブー視された話題だった。革命が終わって何十年もたった今もなお。グレンやアズラエルの怖い顔を、ルナは忘れてはいない。

だから、エマル――アズラエルのママと別れて暮らしているのは、おばあちゃんなりの事情があって……、

 

 「ルナは考え過ぎだよ」

 ミシェルは言った。

 「夢のことなんて言わなくていいんだよ。彼氏ができたーってツキヨばーちゃんに報告すればいいだけ。で、アズラエルって分かったら、それはそれでいいじゃん」

 「……」

 ルナが無言なので、ミシェルは、はたと気づいた。

 「――なに、ルナ」

 「……」

 「なにそのうさぎ口」

 「……」

 「もしかして、アズラエルにも……、言ってない、とか……?」

 伊達に、十年来の友人をやってはいない。ミシェルには分かった。

 

 「なっ!? なんで!? 言わなきゃ!! なんでその肝心なことを言わないの!!」

 

 ルナのあまりの口の堅さには、ミシェルも呆れた。口が堅いのはいいことだが、言わなければいけないことも言わないのでは、せっかく夢を見ても意味がないではないか。

 

 「だ、だって、なかなか言いにくくって。ただでさえ、あたし、勝手にひとの過去見たような気がして……。ツキヨおばあちゃんの古傷とかに触れたら、嫌じゃん……」

 ましてや、自分の親は、まだおにいちゃんの死が癒えない傷となって残っているのだ。

 そういう傷に触れざるを得ない事実である。なかなか、ルナには言えなかった。

 「……それは分かるけどっ! でも……!」

 ミシェルはいきおい、席を立ちかけ、すとんと椅子に腰を下ろした。

 

 「……でもさ、良く考えなよルナ。自分の親はともかく、ツキヨばーちゃん、いくつだと思う? もう八十近いんだよ?」

 「……」

 ルナがゆっくり、顔を上げた。

 「あたし、高校のとき自分のばーちゃん亡くなったからわかるけどさ。ばーちゃんには時間がないと思う。あたしさ、」

 ミシェルは、コーヒーを見つめて言った。

 「ばーちゃん死んだとき、どうしてもっといっぱいお話できなかったかなあって、後悔したもん。ツキヨばーちゃんは、ルナのホントのばーちゃんじゃないだろうけど、ツキヨばーちゃんは、ルナのことほんとの孫みたいに思ってたと思うよ? ルナが宇宙船に乗るときだって、口にはださないけど、すっごい寂しかったんじゃないかって、思う。ルナが、本屋でバイトするって言った時も、ほんとにうちでいいのかい? そんなにいっぱい給料でないよ? とか言いながら、すごい喜んでたじゃない」

 「……」

 「おばあちゃんはさ、まだ健康だし、しゃきしゃき歩けるし、だからみんな心配しないけど、……七十七歳で一人暮らしは、すっごく寂しいと思うよ?」

 

 そういわれると、返す言葉はなかった。ルナだってそうだ。何年も前に一度会ったきりの実のおばあちゃんたちより、仲がいいおばあちゃんなのは確かだった。

 いつでもルナの悩みを、嫌な顔せず聞いてくれて、一緒にごはんを食べたり、お料理を作ったり、遊びにいったりした。親や、ミシェルやキラをのぞいたら、L77にいたころ、一番一緒にいることが多かったかもしれない。

 ルナは、ツキヨおばあちゃんに会いたくてたまらなくなってきた。

 どうして、あんまり手紙もメールも出さなかったんだろう。

 

 「だから、もしかしてツキヨおばーちゃんの古傷に触れちゃうことになるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもさ、おばあちゃんはきっと何があってもルナのことは責めないよ、……もしかしたら、おばあちゃんは、アズラエルにも、アズラエルのお母さんにも会いたいかもしれないじゃない。そういう可能性もあるんだよ? ルナが言うことで、おばあちゃんの孤独な生活がなくなるかもしれない。家族に出会えて」

 「……うん」

 「こんな大切なこと、内緒にしてちゃダメだよ」

 

 ルナは、眉をへの字にして、泣くのを我慢していた。

 これは、アズラエルが悪い。ミシェルは思った。

 ルナはたぶん、話そうとしたけれど、さっきの夢の時みたいに、怒られるかと思って言えないでいたのだ。ミシェルはそう考えた。ルナとしては、話すタイミングをことごとく逃していただけだったのだが。

 

 「ルナ!!!!!」

 「ひゃい!」

 ミシェルはゴゴゴと音をさせて、アイスコーヒーを飲み干した。ルナもつられて、ぬるくなったロイヤルミルクティーを飲み干す。

 「帰ろう!!」

 「え? うん?」

 慌ただしく会計をし、ミシェルは家に向かってダッシュした。ウサギは、にゃんこを慌てて追いかける。

 

 「アズラエルっ!!!!!!!!」

 

 唸り声も荒い猫が帰ってきた。

「ミシェル、おかえり」

 ここは、クラウドとミシェルの部屋ではなく、アズラエルとルナの部屋だ。なのに主はおらず、クラウドが眼鏡をかけて、ソファに座っていた。膝に分厚い辞書を乗せて。

 「アズなら、でかけたよ。ジムで汗流してくるって」

 「ええっ!?」

 ミシェルは怒りの投げやり場がなくなって、しゅうぅとしぼんだ。

 そこへ、やっと追いついたうさぎがへふへふ、ふーふーと息を喘がせ、到着した。

 「早いよお、ミシェル〜〜、」

 「ルナが遅すぎんの」

 「アズに何か用なの?」

 クラウドが聞くと、ミシェルは鼻息も荒く、怒鳴った。

 「アズラエルの馬鹿にね、説教しようと思って!!」

 「アズがルナちゃんの話、聞かないからだろ」

 「え? なんでわかんの」

 ミシェルが拍子抜けした声で言い、ルナはぽかんと口を開けるマヌケ面をした。クラウドは、読んでいた本をパタンと閉じた。そしてソファの上で、にっこりと笑って両腕を広げ、言った。

 

 「おいで、子猫ちゃん、うさぎちゃん。俺がアズの代わりに話を聞いてあげる」