(――そういや別に)

 ふとアズラエルは思い立った。

 (結婚すんだから、孕ませたって、いいんだよな……)

 俺がゴムつけてなきゃ、確実に孕むぞアイツ。

 (でも、まだガキはいらねえなあ。ただでさえ、ロクにセックスしてねえのに)

 

 物騒なかんがえがここで撤回されたのは、ルナにとって幸運と言うほかない。

 (あそこで、所帯じみた生活してるからイマイチ盛り上がらねえのか?)

 

 行動が脳みその回転より速いアズラエルは、ルナを掻っ攫ってどこかへ行くことに決めた。もう、こうなったら、ふたりきりになるしかない。

頭の中身が周囲に晒されていたら、18禁どころか30禁とでも表示されそうなエロ展開を妄想しながらアズラエルは、壊れたサンドバッグの修理代をしっかり請求され、悶々としながら家路についた。

 

 

 だが。

 帰ったアズラエルを待っていたのは、凶暴な子猫と、爆弾そのものな新事実だった。

 

 「この、ニャー!!!! アズラエル!! ばかっ!!!!」

 昨夜の夢から、ネコ気分が抜けていないのか、ミシェルはニャーニャー言いながら帰ってきたアズラエルに食って掛かった。脛を蹴りあげる。

 「いって!」

 ちょっと痛かったので、アズラエルは猫の襟首を捕まえて、隣室の眼鏡つきライオンを呼んだ。

 「おいクラウド! ちょっと来い! こいつをなんとかしろ!!」

 「……お帰り、アズ」

 クラウドも顔を出したが、すぐリビングに引っ込んだ。

 「アズも来て。ちょっと話さなきゃいけないことがある」

 

 また、小難しい話かよ。

アズラエルは渋面を作ったが、ルナに関することならば仕方ない。

とりあえず、ルナはどこだ。話が終わったら、すぐでかけよう。

 ミシェルの襟首を掴んだままリビングに行くと、ルナがちょこんとソファに座ってい、アズラエルの顔を見ると、普通に「おかえりアズ」と言った。

 

 「ルナ!!」

 「へひゃい!!」

 ミシェルの威勢のいい声に、ルナはしゃきーん! と直立不動した。

 「言ってやれ!! アズラエルに、「俺の話をきけーっ!!」ってな!!」

 「ミシェル、なんでそんなに男前?」

 でも、そんなミシェルも好きだよ、とデレデレのたまうクラウドを置いといて、アズラエルがためいきをついた。

 「……今朝は悪かったよ、ルゥ。こっちにこい。話し合おう」

 「ダメいまの! 反省してない!!」

 「反省? してるだろ」

 「し・て・な・い!!!! ルナが話せない空気を作ったのはアズラエルでしょっ!」

 なんだかよくわからないが、そういうことになっているようだ。こっちは話せない空気を作った覚えはない。だが、女のヒステリーに真面目に付き合うほうがどうかしている。アズラエルは仕方なく謝った。

 「……だから、悪かったって」

 「その声!! 反省してない〜〜!!」

 「どんな声なら反省になるんだ?」

 次第に、アズラエルの声がイライラしてくる。

 

 「あんたがね! そんな態度だからルナが話せないんだよ!! ツキヨばーちゃんのことも!!」

 

 「……あ?」

 爆弾が、予告も、カウントもなく投下された。

 「ツ・キ・ヨ・ばーちゃん!! アズラエルのおばーちゃんなんでしょ!?」

 

 アズラエルは、頭が真っ白になった。

 家族が長年探していた、祖母の名がなぜ今、ここで出てくる?

 アズラエルの耳に、クラウドの声だけが静かに響いた。

 「俺もさっき、ルナちゃんとミシェルに聞いた。俺が整理して説明するよ。座って、アズ」

 アズラエルがソファに座ると、ルナが、アズラエルに寄り添ってきた。ぎゅっと、アズラエルの太い腕を掴んで。ミシェルが、「コーヒー入れてくるね!」とキッチンのほうへ走っていくのを、呆然と眺めた。

 

 ――ツキヨばあちゃん、だと?

 

 

クラウドの簡潔な説明が終わると、アズラエルはためいきをついて顔を覆い、それから、大きく息を吐いた。彼のコーヒーは口をつけられないまま、冷め切っていた。

 

 「……それは、ルナの夢の中でのことと、サルディオネのZOOカードで明らかになったことなんだな?」

 

 アズラエルの、この話が始まってから初めての質問に、クラウドが頷いた。

 「そう。ルナちゃんがはじめてサルディオネに会って、ZOOカードの占いをしたときわかったことだ。“月夜”ってカードが出てきて、このカードはアズラエルと縁が濃いと。身内かもしれないと言われたらしい」

 「……」

 「そのあとルナちゃんが椿の宿で夢を見て――アズラエルの夢を見たときに気付いた。ルナちゃんの家の近所のツキヨおばあちゃんは、アズラエルの祖母――つまり、エマルさんの母だってことに」

 

 「じゃあ、――あのエルバサンタヴァは……」

 アズラエルの呻きにも似た言葉に、クラウドは頷いた。

 「同じ味なわけだよ。ルナちゃんもアズも、同じ人が作った料理を食べていたんだから」

 「――マジかよ」

 アズラエルは唸り、ルナを見ながら、心底信じられない顔をした。

 「まだ、信じられねえ……。ばあちゃんは、L77にいたのか?」

 「そうだよ」

ミシェルも言った。

 「ツキヨおばーちゃんは、あたしたちの住んでた町内で、本屋さんをやってたの。ルナのこと、小さい時から可愛がってくれてて、ルナは卒業して、そこの本屋でバイトしてたの」

 「アズ、驚くことはまだあるんだ」

 クラウドは、ルナに促した。「このことは、ルナちゃんから言った方がいい」

 ルナはごくりと唾をのみ、恐る恐る、告げた。

 

 「――あたしのパパの名前はね、ドローレス・G・バーントシェント」

 

 この時点では、アズラエルは気づかなかった。首を傾げ、

 「女の名みてえだな。珍しい名だ」

 ルナは首を振った。名前の珍しさを告げたいのではない。

 「旧姓のほうが分かるのかな? バーントシェントは、ママの家の苗字なの。えっとね、パパの名は、ドローレス・G・クレイ」

 「……分からない? アズ」

 「……なにがだ」

 「ドローレス・G・クレイだ。分からないか?」

 「――え?」