アズラエルは分からない、という顔をしていたが、やがて、ひとりの人物が思い当たったようだ。目を見開き、それからひとこと、「――あり得ねえだろ、それは」とぼやいた。

 「ねえだろ、いくらなんでもそれは――!」

 「あるんだよ、アズ。ルナちゃん、写真見せてあげて」

 クラウドの言葉に、ルナは、用意していた自分の家族の写真を、アズラエルに渡した。

 アズラエルは、銀色のかわいらしいフレームの中で微笑んでいる家族の図を見て、驚きを禁じ得なかった。

 ルナの言うことも嘘ではなかったし、クラウドも自分をひっかけているのではなかった。その写真は、色あせていないことと、夫婦の間で笑っているこどもが違うだけで、アズラエルがメフラー商社で見た、あの写真と同じだった。

 メフラー商社で一年以上過ごした人間は、必ず知っている家族。

 もと、メフラー商社のナンバーワン傭兵だった、ドローレス・G・クレイとその家族。

 

 まさか――。

 

 「おまえが、歩く冷蔵庫の娘だってのか!?」

 「パパって、歩く冷蔵庫っていうの!?」

 アズラエルもルナも、互いに怒鳴った。そして沈黙した。アズラエルが先に口火を切る。

 「……そうだ。おまえの親父は、通称、「歩く冷蔵庫」。デカくて四角くて冷たそうってイメージでな……」

 ミシェルが思わず笑い、そのことが、この場の何とも言えない緊張をほぐした。

 

 「おまえの親父が――あのドローレス――、ああ――いや、待て。おまえの話を先に聞こう。ルゥ、――説明してくれ、頼む」

 「う、……うん」

 ルナは小さく息をのみ、話し始めた。

 

 「あ、あたしはね、この宇宙船に乗って、椿の宿で夢を見るまで、こんなことは何にも知らなかったの。パパとママが軍事惑星の生まれだなんて――。あたしのパパは、家から近くの、街で一番おっきいデパートの服飾部門の部長なの。でね、ママは、近所のお弁当屋さんでパートしてる、フツーのパパとママ。パパとママの親、っていうか、おじーちゃんとおばーちゃんは、L64にいるの。あたしもちっちゃいころ、一回会ったことある。あたしのパパとママは、あたしが生まれてくる前にL64から引っ越して、L77に来たってゆわれてて、あたしはね、ずっとそれ信じてた」

 「歩く冷蔵庫が――服売ってるのか……」

 アズラエルはそこが気になったようで、ぶつぶつと言っていた。

 「あたしが生まれる前に亡くなったお兄ちゃんのことも、あたしは詳しくは知らなかった。誰も教えてくれなかったの。名前も知らない。お兄ちゃんがいることだけは分かってたけど、交通事故で死んだっていわれてて。一回だけ、お兄ちゃんのことをママに聞いたら、ママすごい泣いちゃって、それから、もう聞けなくなっちゃったの。――そしたら、椿の宿で見た夢で、お兄ちゃんのことを知った。少年空挺師団の事件のこと、その事件でお兄ちゃんが死んだってことを、夢の中で、アズから聞いたの。昨日の夢で、はじめてお兄ちゃんが出てきた。真っ黒なうさぎの姿で」

 アズラエルは、今度はバカバカしいとは言わなかった。黙って聞いていた。

 「お兄ちゃんは、空挺師団の事件で死んだの……」

 「そうだ」

 アズラエルが言ったので、ルナも――ミシェルもクラウドも、驚いて詰め寄った。

 「アズ、やっぱり知ってるの?」

 ルナの言葉に、アズラエルは頷いた。

 「――お前の兄貴の名前、知りたいか?」

 ルナは、大きくうなずいた。

 ずっと、知らなかった。名前くらい知りたいと、ずっと思っていたけれど、夢の中でも、それは出てこなかった。

 

 「おまえ、腰抜かすぞ、名前聞いたら」

 アズラエルはどことなく苦笑に似た笑い方をし、

 「――セルゲイだ」と言った。

 

 「……え?」

 「セルゲイ・R・クレイ。おまえの兄貴の名だよ」

 ルナも――もちろんクラウドも、驚きすぎて言葉が出なかった。

 「まさか」

クラウドが呟き、みなが思ったことを代弁して叫んだのは、ミシェルだった。

 「セルゲイって――じゃああの――もしかして……あの、セルゲイさんが――!?」

 だが、アズラエルは否定した。

 「それは違う。おまえが言いたいことはなんとなくわかるが、この宇宙船に乗ってるセルゲイと、ルナの兄貴のセルゲイは全くの別人だ。同じスラブ系の容姿で、髪の色も目の色も同じで、年齢も名前も同じだが、ふたりは違う」

 

 「……そうだね。違うと思う」

 驚きが過ぎて、冷静さが戻ったクラウドも、なにか計算しつつ同意した。

 「不思議なことと言わざるを得ないが、ルナちゃんのお兄さんのセルゲイが、空挺師団の事件で亡くなったとしたら――例のL4系での誘拐事件で、セルゲイがエルドリウスさんの部隊に救出された年と、同時期なんだ。片方のセルゲイは救出され、片方は亡くなった。同一人物ということは、あり得ない」

 

 「それによ、性格がたぶん、全然違うぜ」

 アズラエルは笑って言った。

 「俺は、あのセルゲイのガキ時代は知らねえが――お前の兄貴は知ってる。おまえ、夢の中でオトゥール見たんだろ?」

 「え? う、うん」

 「ぶっちゃけいうと、お前の兄貴はあんな感じ。正義感強い熱いヤツ。お前の兄貴は、兄貴肌っていうか、……だから小さいころは、俺はおとなしかったから、俺がドローレスの息子で、アイツがアダムの息子なんじゃねえかと冗談で言われたことがある」

 容姿は似てねえが、性格は、どこまでも親分肌で、俺の親父の方にお前の兄さんは似てた、とアズラエルは苦笑しつつ言った。

 

 「アズ――あたしのおにいちゃんに会ったことがあるの」

 「あるよ」アズラエルは、ルナの頭を撫でながら、優しい声で言った。

 「俺もスタークも、何度かいっしょに遊んだことがある」

 ルナは、自分の知らない兄を知っているアズラエルを、不思議な目で見つめた。

 

 ――アズは、あたしのおにいちゃんに、会ったことがある。

 L18にいたころの、あたしのパパとママにも?

 

 「アズ」クラウドが腕を組んだまま、先を促した。

 「ルナちゃんに話してあげて。君がどう逃亡生活を続けていたかを。そうすれば、ツキヨさんが、どうやってL77にたどり着いたか、足取りが掴めるかもしれない」

 「ああ……」

 アズラエルは頷き、兄の話を聞いて目が潤みだしたルナを、膝に乗せてあやしながら、語り出した。ミシェルも、神妙な顔をして聞いていた。