――ルナの家族と、俺の家族は親しかった。

 

 ルナの親のリンファンさんとドローレスさん、そして俺のおふくろのエマルは、同じ学校の同級生だった。プルートス第三軍事学校だ。傭兵だけの学校の。

同じ傭兵同士、母親同士は親友。……悪いが、おまえの母親のリンファンさんは、正直言って傭兵には不向きだったらしい。だが、いつもたくさんの友達に囲まれていたそうだ。リンファンさんは軍事演習も体力がなくて、いつもついていけなくて、それを助けていたのが、おまえの父親と俺のおふくろだって話だ。

 

 「……そんな話、初めて聞いたよ」

 「そりゃまあ、そうだろうな。おまえ、親が傭兵だってことも知らなかったんだろ」

 

 ――学生時代からつきあっていたドローレスさんとリンファンさんは、卒業してすぐ結婚した。リンファンさんは、傭兵の認定資格はもらえなかったかわりに、祝福の言葉をもらったんだな。担当教諭は、彼女がすぐ結婚して、傭兵の道を歩まなかったことを心から祝福したらしい。まあ、だれだって、卒業したての生徒の訃報を聞きたくはねえだろ。それだけリンファンさんは、傭兵に向いてなかったってことだ。

おまえもたぶん、傭兵だったら同じパターンだな。

 

クラウドとミシェルが納得したように大きく頷いたので、ルナは大層傷ついた。

「あたしのことはいいでしょ! アズ、続きは!?」

 

――俺のおふくろも、認定資格をもらえなかった。……理由は分かるな? バブロスカ革命首謀者の、縁者だからだ。

おまえの親父さんは、オークスの親類だったが、なんとか資格はもらえた。オークスの家とおまえの親父さん家は、あまり親戚づきあいをしていなかったから。ギリギリの線でもらえたってわけだ。俺のおふくろはさすがにユキトの娘だ。俺のおふくろはバカだったから、堂々とユキトの娘だって公表してたんだ。今なら、自分でもそのバカさ加減が分かるらしいが。

 

先にばあちゃんの話をしとこう。

俺のばあちゃん、ツキヨばあちゃんは、地球でユキトじいちゃんに出会った。で、恋をして、ユキトじいちゃんを追ってL18へきて、ユキトじいちゃんと結婚した。だがその年の大晦日に、バブロスカ革命でユキトじいちゃんは銃殺された。まだ逮捕されていなかったエリック・D・ブラスナー……「バブロスカ〜我が革命の血潮〜」の著者だ。アイツが、ばあちゃんをL60へ逃がしてくれた。そこでばあちゃんは、おふくろをたった一人で生んだ。

 

 「そうだったのか」クラウドが呟いた。「じゃあ、エマルさんはL60生まれか」

 「ああ」

 

 ――おふくろは、何も知らずにばあちゃんとL60で過ごしていた。だが、誰だって、死んだ自分の父親のことは知りたくなるもんだ。年頃になりゃ余計に。ばあちゃんは、おふくろが十四歳のときに、ユキトじいちゃんのことを包み隠さず話した。バブロスカ革命のことも、正直に、全部な。ばあちゃんが知ってることは、何でもだ。ばあちゃんとしては、これだけ正直に話せば、危険な軍事惑星には絶対に近づかないだろうと、そう考えてのことだったが、それが裏目に出た。おふくろは、そんな可愛い性格じゃない。わかるだろ? 無鉄砲なのは昔からだ。理不尽に処刑され、名前も抹消された父親のことを、ユキトじいちゃんの生まれ故郷を、もっと知りたくなった、それもあったし、もっといろんな考えが、当時思春期だったおふくろにはあった。

――結果、おふくろは、十六の年に家出した。で、L18の軍事教練学校に入ったんだ。ユキトの娘だって、堂々と名乗ってな。

 

 「……信じられないことをしたもんだな」

 クラウドが呆れ返った。「自殺行為だぞ。――L20の学校に入るならまだしも、」

 

 ――その通りだよ。俺たちは、それが自殺行為だって分かるが、おふくろはL60育ちで、軍事惑星のことはほとんど知らなかった。おまえも分かるだろ? 昔から、グダグダ考えるより、先に手が出るババアだからな。

 ばあちゃんも、L18で暮らしてた期間は短い。

 ユキトじいちゃんのことを教えることはできても、軍事惑星群のことはほとんど知らないに等しい。

とにかく、おふくろは、L20のほうが女の軍事惑星ってことも知らなかったし、バブロスカ革命がL18内だけで起こったってこともロクに知らずに、L18に来た。

……恐ろしい話だろ?

だがおふくろは、一応ユキト爺さんの娘なんだから、アーズガルド家に迎えられて、将校の道を歩むって手もあったらしい。アーズガルド家では、ユキトの名は家系図から外していたが、一度、おふくろにユキトのいとこだという人間が会いに来たそうだ。おまえがユキトの子だと言いふらさず、隠し通すなら、アーズガルドに養子という形でいれてやってもいいってな。だがおふくろは断った。

おふくろは傭兵の道を選んだ。おふくろ曰く、ユキト爺さんが、傭兵のためにバブロスカ革命を起こしたんだから、傭兵になって、爺さんの目指した理想を体現したいと思ったらしい。

親父も言うが、おふくろが生きていることができたのは、本気で奇跡だった。無事にガッコを卒業できたってこともな。

認定資格はもらえなかったが、それでも五体満足だった。

バイトしながら学校へ行って、生活費も稼げたし。ドーソンが手を回せば、働き口すらなかったかもしれない。

それにいつ、ドーソンの連中に消されてもおかしくなかったってのに。

おふくろが言うには、もしかしたら、アーズガルドの、そのユキトのいとこだという爺さんが、陰ながら助けてくれたんじゃないかと、そういうんだ。ドーソンの手前、目立ったことはできないがな。それに、おふくろの学生時代はドーソンじゃなくて、アーズガルドの人間が首相だった。だからって特に変わり映えはしねえが、少なくとも――空挺師団事件のときみてえな、無茶な事件は起こらなかった。あのアンドレア事件はおふくろが生まれた年、――カレンのおふくろの事件は、1386年だ。とにかく、おふくろの学生時代はドーソンはおとなしかった。だから、おふくろはドーソンに手を出されなかった。

 

おふくろは卒業後、その爺さんの手回しで、メフラー商社に入れた。

……その爺さんはもう、死んじまったらしいが。

       

「その人は、もういないんだ」

ルナの言葉に、アズラエルは頷く。ミシェルも聞いた。

「アズラエルのお母さん、学校ではどうだったの?」

 

 ――L18での学生生活は、楽しかったらしいな。

あの性格だから、敵も多けりゃ味方も多い。

これで才能がなけりゃ、泣く泣くL60に帰ってただろうが、残念なことにおふくろには、傭兵の才能があった。

コンバットナイフは、当時、L18の女傭兵の中じゃ一等だった。軍事惑星全体の総合演習大会で、L20の優勝者を負かして、実質、軍事惑星の女傭兵のなかじゃ一番の凄腕だった。

これだけの実力者なら、どの傭兵グループからもスカウトは来る。引っ張りだこだ。だが、おふくろにはまったく声がかからなかった。おふくろが、ユキトの子だったからだ。

おふくろは、バブロスカ革命のユキトの子だって隠しもしなかったから、スカウトどころか、おふくろはドーソンに睨まれたくないたくさんの傭兵グループから、うちには来るなと断られた。おふくろには、認定の資格もなかったし。

そんなおふくろを唯一受け入れてくれたのが、メフラー商社だ。そこでおふくろは、親父に出会った。親父は、アカラ第一、ああ、俺の入ってた学校の出。そこを卒業して、しばらくぶらぶらして、メフラー商社に入った。

ドローレスさんは、学生時代の体育祭――あるんだよ、そういう、軍事演習って名の体育祭が。で、そのときデビッドにスカウトされて、卒業前からメフラー商社に入ることが決まってた。リンファンさんも、メフラー商社で事務の職に就いた。

……で、いろいろあって、親父とおふくろが結婚して、ドローレスさんとリンファンさんに、セルゲイが生まれて。おふくろも俺たちを産んだ。

 

親同士仲が良くて、しかも同じ傭兵グループだ。ほんとうなら、セルゲイ兄さんは、クラウドより頻繁に会ってたかもしれねえのに、今思い出せばそうでもなかった。俺は数えるほどしか、セルゲイ兄さんには会ったことがない。

そりゃァそうだ。今ならわかる。傭兵家業は忙しい。俺の親も、ドローレスさんもやり手の傭兵だったから、家にいることがほとんどなくて、ガキも交えて会うことは少なかった。家も離れてたしな。ガキが歩いて遊びに行ける距離じゃねえ。俺ンちは、あのスラム街のアパートで、ドローレスさんちは、傭兵が多く住む住宅街だった。同じ傭兵グループのメンバーは、近所には住まない。ほかはどうか知らねえが、メフラー商社にはそういう決まりがあった。アジトを分かりにくくするためだ。

 

だけどな、たまにしか会えねえけど、俺ら兄妹は、セルゲイ兄さんが好きだった。

 

そして、……1394年のことだ。俺は今でも覚えてる。俺が七つのときだ。

空挺師団の事件が起こった。