六十九話 旅行へ出発!




 

 『……わかった。じゃあ、うさぎ・コンペにいた反抗的なウサギは、真っ赤なウサギだったってことだね。模様とかはなし?』

 「うん。模様はないよ。リサのカードの猫みたいに、すごく鮮やかな、まっかっかなウサギ。たぶん、反抗的なウサギって、あのウサギのことだと思う。よく叫んでたし、突然席を立っていなくなっちゃったの。あたし、ウサギたちがみんな何言ってるか分からなくって、……なんか、訳わかんなくてごめんね、」

 『いや、たぶんそのウサギだよ。――なるほどね。真っ赤なウサギってことは、彼女も「美容師の子猫」と一緒だな。恋が原動力になる子だ』

 「え? 恋?」

 イマリも、リサみたいに恋が世界の中心なのだろうか。

 『そう。ルナから見たら、美容師の子猫も、恋多き女で奔放に見えるかもしれないけど、真っ赤な動物にとって、恋は人生の原動力なんだ。真っ赤な色は、情熱の色。恋がエネルギー源なの。だから、恋をしてる間は元気なんだけど、恋しなくなると、とたんに精彩を欠くのが赤い動物の特徴。人生終わりだって思っちゃう子も多い』

 ルナは、リズンで見た、あの幽霊みたいになってしまったイマリを思い出した。そのことをサルディオネに話すと、

 『……そう。もしかしたら、降ろされちゃった仲間の中に、恋人がいたのかもしれないな』

 サルディオネは、ルナと電話で話しながら、ZOOカードを動かしているようだ。パラパラ、ペラペラと紙がこすれる音がする。

 

 『――あ。ドンピシャだね。さすがだよルナ。「真っ赤な子ウサギ」だ』

 

 ZOOカードに、「真っ赤な子ウサギ」が現れたらしい。やっと見つけたよ、ありがとう、と礼を言われ、ルナは困惑する。

あたしは、夢を見ただけだ。

 「イマリは、“真っ赤な子ウサギ”かあ」

 『うん。――ふうん。……降ろされた仲間の中に、こいつの運命の相手はいないな。……まあ仕方ないね。恋が人生のような生き方だから、運命の相手じゃなくたって恋はする。――へえ』

 急に、サルディオネの声が面白そうに笑いを含んだ。

 『運命の相手は――とんでもないヤツだ』

 「ええ?」

 ルナは、サルディオネの占いを間近で見ているわけではない。思わせぶりなサルディオネのセリフに、気になって先を促した。

 「なに? なに? とんでもない相手って?」

 『蛇だよ蛇! しかも、青大将だ。こりゃ、ひと呑みにされちまうな。――あっはっは! なにこれ。「華麗なる青大将」だってさ! 変ななまえ!』

 ルナは、「華麗なる青大将」なる人物を想像した――到底、想像できる代物ではなかった。

 『こりゃ、ウサギの敵う相手じゃないよ。第一、蛇の象意をもつ人物は、食えないヤツばっかだ。おまけにしつこくて、食いついたら離れない。ぐるぐる巻きにして、締め付けて、ひとのみにしちまう』

 アズラエルとか、あの辺のしつこさなんざメじゃないよ、とサルディオネは笑う。

 

 「そんな人――いるの?」

 ルナが思い当たる限りでは、そんな人間はいない。

 『ま、そのくらいの相手でないと、このお転婆ウサギのお相手はできないね。このうさぎも気ばかり強くて、性格悪いからなあ。――この青大将は、まだ宇宙船には乗ってないね。まだ先だ。来年――再来年かな。まだわからない』

 「この先、宇宙船に乗ってくる人なの!?」

 『ああ。だけど、ルナにまったく関係ない人物ってわけじゃない。友人の友人ってとこか? やっぱり軍事惑星群の人間だ。あの辺、濃いからな〜。こいつは仕事で乗ってきて、地球にはいかない――みたいだ』

 「あたし、会ったことある?」

 『ないんじゃないかな。――だけどルナは、気持ち悪いって思うかもしれない。もしかしたら。初対面で受け付けないかも』

 「ええ!?」

 

 よっぽどだ。そんな人間は。

 ルナは、少しイマリが気の毒になった。そんな、気持ち悪いオトコに追いかけまわされる羽目になるんだろうか? ルナはイマリが大して好きではなかったが、それでも同情の余地ありだ。いくら運命の相手って言ったって――。

 

 「……ちょっと、かわいそうかも」

 サルディオネはあっけらかんと言った。

 『でも運命の相手だからね。いくらキモいやつでも、真っ赤な子ウサギだって惚れちゃうんだからしょうがないよ』

 「えええ!?」

 

 イマリは、アズラエルが好きだったりしたのだ。イマリの好みは分かりやすかった。一緒にいた仲間の男だって、ちょっとワイルド系のヤンキーばかり。そういうタイプが好きなのだ。特に、キモいやつがスキとか、そういう特殊な趣味はない。……と思う。どう考えても、蛇系のキモそうな男に惚れる可能性は、低い。

 

 『ルナ。自分の好みと、ほんとに好きになる相手は違うよ。あんただってそうだろ?』

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。ルナは、外見的好みだけで言えば、セルゲイが一番のタイプなのだ。

 『だろ? 真っ赤な子ウサギはあんたにとって“気づき”をもたらす大切なカードだ。仲は良くならないかもしれないが、気を付けて見ておきな』

 「う、うん――」

 

 『あれ? ――ああ、こいつか――』

 サルディオネが電話向こうで、ガサガサ、なにかやっている。

 『コイツだな。まさか、真っ赤な子ウサギのカードに関係してるなんて……。やっぱり、気になったカードは全部見なくちゃダメだな……。そうか、コイツなんだな。やっと意味が分かった、“蛇の皮を被った鷲の子”の意味が――』

「アンジェ?」

サルディオネは、ルナを置いてけぼりにして、がさごそやっている。

 『あ、ああ、ごめん。――ルナ、マジでありがとう。おかげで大きな謎が一つ解けたよ。ほんとに、あんたのお蔭。でないと、この青大将が宇宙船にのってきたときしか、この謎は解けなかったよ』

 相変わらずルナには分からなかったが、役に立ったのならいいことだ。

『――じゃあルナ、さっきも言ったけど、あたし、最近よくリズンに来てるんだ。今度ゆっくり話したい。ルナが都合ついたら絶対電話して。会うならリズンでもいいからさ!』

 「うん、わかった」

 『ンじゃ、またねえ』

 

 サルディオネは電話を切った。時刻は、まだ午前十時になっていなかった。

 ルナが、サルディオネに電話をした昨夜は、彼女は自宅には不在で、彼女から電話がかかってきたのは今日の朝九時だった。一時間近くも電話していたのだ。

 サルディオネが電話をかけてきたのは中央役所からで、自宅からではない。仕事の最中だというのに、一時間も電話をしてだいじょうぶだったのだろうか。