だが、ルナはサルディオネが元気だったことに、ほっとしていた。

 先日、カザマとK05に行ったときのことは、ルナにとってもすこしシコリになって残っている。楽しいはずの花見が、一転してショックな出来事に変わった。ルナはL03のことは、軍事惑星のことよりもっとわからないが、あのときサルーディーバたちの話していることは、大体理解できた。サルディオネは、人生の根幹ともいうべき価値観を砕かれてしまったのだろう。

 号泣も、無理なかった。

 ルナは、もしかしたらサルディオネは、電話に出れないほど落ち込んでいるかもしれないと思っていたのだが、電話に出た彼女は意外なことに、元気いっぱいだった。

 無理をして――だとかそういう気配は全くない。それどころか、以前の彼女より、さらにもっと明るくなった気がした。以前もパワフルだったが、それに落ち着きも加わったというか――頼もしさがパワーアップしたような。

 

 サルディオネに、何があったのか――。

 

 ルナが一人で考えたところで、分かるわけもない。

 本当は、今すぐ会いに行きたいところだが、サルディオネは一週間は仕事で中央役所から離れられないから、それ以降になる。

 ルナもまた、サルディオネに聞いてみたいことがたくさんあった。サルディオネの変化もそうだが、――あのとき、サルーディーバが言った言葉の意味。

 

 ――アズラエルは、貴女を捨てます。

 

 聞いたときはショックすぎて、どうしようもなかった。しばらく立ち直れなかったのも事実だ。だけど、しばらく時間を置いてみて、気持ちも落ち着いてきた。別にサルーディーバは、ルナからアズラエルを奪いたいから、そんなことを言ったわけではない。

 彼女がなぜ、そう言ったのか。その理由を知らなければいけない。

 

 『ルナ。困ったことがあっても、すぐに結論付けちゃいけない。決めつけちゃいけない。時間が解決することもあるんだよ。時間が、意外な真実をみせてくれることがある。それに、時間が経てば、自分が落ち着いて、周りをよく見れるようになる。冷静にね。だから、困ったことが起きたら、つらいだろうけどもちょっと様子を見るんだよ。時間を待つの。自分が落ち着くまでね』

 

 おばあちゃんが良く言っていた。このあいだおばあちゃんと電話したことで、それを思い出したのだ。

 あの状況をよく考えてみればわかる。それに、続くあの言葉。

 

 ――貴女は、グレンさんと結ばれるべきです。

 

彼女はルナとグレンをくっつけようとしているのだ。

どうして? 

 

 サルーディーバは椿の宿でルナと会ったとき、だれとくっつけなんてことは、言わなかった。本当に、グレンとルナをくっつけたかったら、あのときにそう言ってくれるはずだ。あのころはまだ、アズラエルと付き合う前だったのだから。今更、どうして、ということだ。ルナは、その理由が知りたかった。

 アントニオも彼女は今、混乱していると言っていた。それに、サルーディーバのZOOカードの、「迷える子羊」。文字のままだろう。彼女は今、何かに迷っているのだ。

 彼女は、いま、普通ではない。

 本来の彼女ではないのだ。

 だからこそルナは、その理由が知りたかった。どうしてサルーディーバはあんなことを言ったのか。

 彼女自身の、迷いや不安の原因も――まだちゃんと、聞いていない。

 それに、今日わかった、「華麗なる青大将」のことも聞きたいし。イマリのカードのことも聞きたい。あの、うさぎ・コンペの夢はなんだったのかも。

 

 ルナは、扉が開け放たれたままの、小さな小部屋の方を見た。その部屋は、書斎風になっている。大きな机にルナとアズラエルのパソコンを置いて、本棚があって。

 アズラエルは、その部屋で何か調べ物をしている。

 ツキヨおばあちゃんと電話してから、二週間が過ぎようとしていた。ルナが書いた手紙がおばあちゃんのところへ着くのは、そろそろだろうか。

 

 不思議なことに、アズラエルはあの日、ルナに手を出さなかった。あの雰囲気でいったら、絶対夜は離してくれないだろうなとルナは覚悟していたのに。なのに、あの夜もなかったばかりか、この二週間もまったくエッチはなかった。毎日、キスは山ほどしてくれたが、えっちはなし。

 

 いったい、アズラエルはどうしてしまったのだろう。

 

 ミシェルは毎日、首のキスマークを隠すのに苦労しているというのに。

 まさか、ルナが女に見れなくなってしまったのだろうか。

 あんまり自分がこどもっぽくて、興味がなくなったとか?

 

 ルナは悪い考えに行きそうになって、プルプル首を振った。――ルナを恋人に見れなくなったなら、ツキヨおばあちゃんのまえで、あれほど恥ずかしいセリフを吐く理由がない。

 

 やっぱり――あたしが大人っぽくないから?

 最近、こどもっぽいワンピースばかりで、……だからダメなのかも?

 

 ルナは、鏡の前でセクシーポーズを決めてみたが、悲しくなってやめた。似合わないことはするものじゃない。そういえば、スーパーに買い物に行くはずだったのだ。ルナは食費を入れた可愛いポーチを掴んでバッグに入れ、アズラエルの傍へ行った。

 

 「アズ、ミシェルと買い物行ってくるね。何か欲しいものある?」

 「買い物?」

 「うん」

 「じゃあよ、レモンと、旨そうな桃があったら買ってきてくれ。多めにな。――だけど、ほかの食材はたくさん買い込むなよ」

 「うんわかった!」

 ルナは、少し思い立って聞いてみた。

 「ねえアズ。アズよりしつこい男の人って、軍事惑星には多い?」

 「おまえ、すげえ聞き捨てならないこと言ってるぞ? ……俺よりしつこいオトコなんぞ、その辺にゴロゴロしてるよ」

 「アズよりしつこいのかあ。それは大変かも」

 「なんで俺基準なんだ? 俺、そんなにしつこいか?」

 「うん! しつこい!」

 ルナは到底悪気のない、無邪気な笑顔で元気に返事をした。

 「……それだけ元気いっぱいに返されると少しヘコむな。俺よりグレンやクラウドのほうが、よっぽどしつこいだろうよ」

 「そうかな? でもグレンはしつこいよね! 好きっていうと、こっちが好きって返すまでしつこくゆってくるもんね!」

 「――おまえ、そこンとこ、詳しく説明しろ」

 いきなり目が据わったライオンに、ウサギは失言を後悔しつつ、一目散に逃げ出した。

 

 そこへ、玄関のチャイムが鳴る。

 『宅配便でーす』

 リビングの、ホームセキュリティーの小さな画面に、宅配業者の顔が映る。ルナは「あたし行ってくる!」と、とてとて玄関のほうへ逃げて行った。

 

 「はい!」

 「おはようございます。アズラエル・E・ベッカーさんにお荷物です。L77のツキヨ・L・メンテウスさんからですね。ハンコかサインお願いします」

 おばあちゃんだ!

 「はい!」

 「クール便なので、すぐ冷凍庫に入れてくださいね」

 ルナはサインをし、荷物を受け取った。そこそこ重いが、ルナが両手で抱えられるくらいの大きさの段ボールだ。

 何が入っているんだろう?

 「アズ、おばあちゃんだ!」

 ルナはとてとてーっと段ボールを抱えたまま、リビングへ戻った。