「アズ、飲酒運転ダメだよ」

 「お前運転する?」

 アズラエルは黒ビールに口をつけてしまった。ルナは大喜びで「うん!」と言った。

 

 「お待たせ、うさこちゃん」

 しばらくしてラガーの店長がもってきたグラスは、ピンク色だった。上に絞り出した生クリームとさくらんぼが乗っかった――。

 「いちごのあじがする」

 ルナは一口、ストローで啜ってそう言った。イチゴのシェイクだ。

「甘くておいしい♪」

 「そーかそーか。うまいか」

 デレレンとヤニ下がった笑顔。グローブのような掌で、ルナの頭を撫でる。それを眺めていたアズラエルが、眉を上げた。

 

 「オルティス、おまえ、自分のガキ握りつぶすなよ」

 怒ると思ったが、オルティスは一瞬黙り、それからひどく真剣な顔で言った。

 「そうなんだよな」本気で悩んでいる口ぶりだ。「うさこちゃんでもこんなにちっちぇのによ、赤ん坊なんて、俺ちゃんと抱けるのかな」

 オルティスの深刻な口調に、アズラエルが笑った。

 「心配すんな。俺の親父も握りつぶさなかった」

 「アダムさんもでけえもんなあ」

 

 昼間のせいか、客足も少なく、軍事惑星群の話になったらオルティスは止まらなくなったらしく、ルナにはさっぱり分からない内容で、アズラエルと喋っている。どんどん時間は過ぎていく。アズラエルは黒ビール一杯しか飲まなかったが、いつのまにか四時をすぎてしまっていた。

 

 「やべえ。もうこんな時間か」

アズラエルが紙袋をオルティスに渡すと、オルティスは中をのぞいて礼を言った。

 「悪ィな。最近ヴィアンカのヤツ、甘いモンに目がなくてよ。いくらだ」

 「いらねえよ。俺は商売やってんじゃねえし」

 「じゃあ、今日のは勘定なしだ」

「サンキュ。……おい、オルティス、アレくれ、アレ」

 「お? あ、ああ、アレな。ちょっと待ってろ」

 ラガーの店長はカウンターの棚から瓶を持ってき、アズラエルのグラスに注いだ。薄緑の液体。アズラエルは苦い顔をしながら、一気に飲んだ。

 「アズ、それなに?」

 「うさこちゃんにゃ、ちょいと苦ェよ?」

 ラガーの店長が差し出した瓶に鼻を近づけると、いかにも草、という匂いがする。

 「うえ! なにこれ!!」

 「薬草を煎じたモンだよ」

 オルティスが言った。

 「ビール一杯くらいのアルコールなら、すぐ消える」

 ルナは口をあんぐりと開けた。……アズラエルは、やっぱりルナに運転をさせる気はなかったのだ。

 

 

 ルナは、またもや頬をパンパンに膨らませて、助手席に乗っていた。

 「時間が押して来ちまったんだから、しょうがねえだろ」

 「アズに騙された!」

 「騙したわけじゃねえ――のんびりできる時間なら、おまえに運転させてもよかったけどよ、」

 アズラエルは言い訳がましく言う。「だから、車で待ってるかって聞いたじゃねえか」

 オルティスにタルト置いてくるだけだったのによ、とアズラエルはルナのぷくぷくの頬を突いた。

 「アズなんか事故っちゃえ!」

 「俺が事故ったら、おまえもお陀仏だぞ」

 

 ルナのほっぺたが元に戻るまえに、K35の、エレナたちのマンションへ着いた。アズラエルが高速道路でぶっ飛ばしたからだ。もう五時近くになっているので、アズラエルは広い駐車場に停めた後、ルナに、「おまえは来るな」と言った。

 「なんでえ!?」

 「おまえが行くと、また長丁場になる」

 「さっき黒ビール飲んじゃったのアズじゃない!」

 「俺は五分で飲んだ。いつまでものろのろ飲んでたのは誰だ」

 いつものくだらない言い争いのすえ、アズラエルが折れた。ルナがスキップしながら、しかめっ面のアズラエルの後ろをついていく。

 「いいか。ルナ、五分だけだ」

 エレベーターの中でアズラエルは念押ししたが、この小悪魔ウサギはぷいとそっぽを向いたまま、返事をしなかった。アズラエルは拳を震わせたが、なんとか我慢した。

 (――今夜、絶対犯してやる)

 

 エレベーターが目的の階に到着すると、ルナはアズラエルを追い越し、てててててーっとエレナとルーイの部屋の前へ行き、インターフォンを押した。

 『はーい、クレンドラーのお部屋ですよっと。……って、ルナじゃん!』

 画面の向こうにあったのはルーイの顔。しばらくして、ドアが開いた。エプロン姿のルーイが立っている。

 「ルーイ! こんにちは!」

 「よっす! ルナたちが来るなんて珍しいな。入れよ」

 「えー!? ルナ!?」

奥の部屋のほうで、エレナとカレン、ジュリらしき声が聞こえる。玄関先まで漂ってくるのは、夕飯の支度の匂い。

 

 「飯時に悪いな。俺たちはコレ届けに来ただけなんだ」

 アズラエルがルーイに紙袋を手渡す。「レモンゼリーとタルトだよ。エレナと一緒に食ってくれ」

 「おお! すっげえ! 手作り?」

 「アズのね」ルナは一応付け足しておいた。

 「サンキュ〜! 旨そうだな。飯時とかいいから入れよ。こっち来ることなんて、滅多にねえじゃんおまえら」

 「いや、俺たちは――」

 「グレンはいねえから大丈夫だよ。気ィ遣うなよ」

 「グレン、どこか行ったの?」

 ルナが聞くと、ルーイは笑って言った。

 「――それがよ。アイツ、プクク……! …っていいから、その話もしてえから、入れって!」

 ルーイがアズラエルの腕を引っ張る。ルーイはグレンの兄弟のような存在ではあるが、ルーイ個人としては、アズラエルはいいやつだと思っている。グレンがアズラエルを嫌う背景には、L18の諸事情が関わっている。ルーイは、L18のことと、ルナのことがなければ、グレンもアズラエルとは気が合うと、信じ切っていた。

 

 「あのな、俺ら、旅行に行くんだよ」

 アズラエルが、苦笑しつつ遠慮した。

 「これからK05に行くんだ。五時間はかかる。椿の宿ってとこに予約いれてるんだよ」

 「え!?」

 ルナと、ルーイの声が重なった。

 「アズ、椿の宿にいくの!?」

 「おまえらもか!? ――つか、ルナ聞いてねえの?」

 言葉が相当足りないせいで、ルナとルーイ、二人の質問攻めにあいかけたアズラエルだったが、ルーイ以上の強敵が現れた。「えっさ、ほいさ、」という掛け声とともに、エレナが大きなおなかを抱えて、玄関にやってきたのだ。

 

 「いつまで玄関で喋ってんのよ。早く入んなよ!」

 「エレナ、俺たちはK05に行かなきゃならない――」

 「いいじゃないか。少しくらい。ご飯食べていきなよ」

 「ラガーとレオナのうちで飲み食いしたから、腹いっぱいだ」

 エレナは怒った。

 「あたしの部屋に入れないって言うのかい!? あんたがそうなら、あたしにも考えがあるよ!」

 「どういう脅しだ」

 いきなり腕をまくって戦闘態勢になった妊婦に、アズラエルは進退窮まった。そのエレナの後ろから、「えーっ! アズ帰っちゃうの」とふて腐れるジュリと、「ルナだけ置いていきなよ!」というカレンが現れたので、もはやアズラエルは折れざるを得なくなった。

 

 「ルゥ」ゲッソリした顔でアズラエルは言った。「……三十分だけな」