――あたしに似てて、綺麗で、色気があるこがいたら、グレンもアズラエルもセルゲイも、みんなそっちを好きになるのだろうか。

 

 「……もンのすごかったらしいぜ? セルゲイせんせの理性が一発で吹っ飛ぶくらいだからな。フェロモン駄々漏れ」

 「――マジかよ」

 

 「……ちょっと、あんたら、」

 エレナが、どん底に沈んでいるルナを抱きしめながら怒った。

 「ルナはここにいるじゃないか! なんだいみんな寄ってたかって色気色気って! ルナには色気がなくても可愛さがあるじゃないか! こどもみたいなね!」

 「エレナ、それフォローになってない」

 カレンが冷静に突っ込んだ。

 「……わかんないじゃない。セルゲイ本人も言ってたけどさ、自分の妄想かもしれないってさ。ほんとにいるかもわかんない人間なんだから、」

 「あ、ルナちゃん泣いた!」

 ジュリの声に、やっとアズラエルが決まり悪げに髯をかき、腰を上げた。まさか、泣くとは思わなかったらしい。

 「泣くな。おい。……泣くなよ。ただの冗談だろ」

 

 「そろそろ出なきゃ、今日中にあっち着くかわかんないよ?」

 カレンが腕時計を見ながら、話を中断してくれた。

 「またゆっくり来なよ。時間に追われてない時にさ、」

 「おう、邪魔したな」とアズラエルはルナを持ち上げた。ルナは素直に持ち上げられたが、眉がへの字で、ぼろぼろ涙が両目からこぼれている。しきりに拭っているが、目から水がやまない。

 エレナがハンカチを貸してくれた。「ほら、これでお拭き」

 「……ありがとう」

 しゃくりあげながらルナはハンカチをもらい、みんなにバイバイと手を振った。

 「じゃあな」

 アズラエルがルナを抱えたまま玄関を出ると、「このバカ!」とエレナはルーイの頭を叩いた。

 「ルナはね、無邪気な可愛さが魅力なんだよ! 色気なんていらないだろ!」

 「わ、わかってるよ! いて! いてえってエレナ!!」

 「なにが一億倍の色気だよっ! 色気に一億倍もクソもあるかっ!」

 「いって! いてて! エレナ、ゴメン、ごめんって〜!」

 「エ、エレナ、赤ちゃんに悪いから、あんまり興奮しないで!」

 

 「――あ」

 玄関先で騒いでいたエレナたちが、見知らぬ可愛いサンダルに気付いたのは、だいぶ経ってからのことだった。

 「ルナったら、あのこ、サンダル忘れていったよ!」

 カレンが、慌ててルナのサンダルを持って駐車場まで駆けていったが、もうアズラエルの車はなかった。

 

 

 

 (――異文化過ぎて、言葉もねえな)

 

 グレンは深く吸い込んだ煙を吐きだし、短くなった吸殻を灰皿へ押し込んだ。めのまえにそびえたつ、大きくて真っ赤な鳥居への感想を漏らしながら。

 前回、タクシーで来たときは、ここは見事なまでの雪景色だった。

 (椿の宿は――ここからすぐか)

 カーナビで位置を確かめ、鳥居全体が視界に入る位置の道路わきに車を止め、グレンは降りて、夕日に照らされながら鳥居を眺め、またタバコに火をつけた。道路の真ん中にしゃがんだところで、後ろからも前からも、まったく車は来ない。

 

 (――ああ。俺の車……)

 

 グレンは、L18に残してきた愛車に切ない思いをはせた。彼は、自分の車を三台持っていた。高級車が三台。卒業祝いに親戚が買ってくれたもので、一度も乗っていない車もあった。戦争、戦争でロクに乗ることもなく、放置されていた高級車。執事が手入れはしてくれているだろうが、あの愛車たちとも、もう二度と会うことはないだろう。レオナあたりが聞いたら、「このお坊ちゃま!」と怒鳴りそうだが、この宇宙船には一台も持って来れなかった。

 逃げるようにして、L18を出たのだから当然である。

 着の身着のままで、チャンに保護され、ルーイと一緒に彼の実家に逃げたのだから。

 

 (――俺って、けっこう波乱万丈な人生だよな)

 

 軍人だから仕方がないのか? ガルダ砂漠では死にかけるし、今も、自分の一族のせいで、気の休まる暇がない。

 

今回はルーイの車を借りて乗ってきたが、車内を相当タバコ臭くしてしまったので、クリーニング代を請求されるかもしれない。あの大らかな幼馴染は、普段なら気にも留めないだろうが、エレナのこともあって、最近タバコにうるさくなった。この車にはエレナも乗るから、やはりクリーニングして返したほうがいいだろうと、グレンは考えた。

こんなとき、自分の車があればな、と思い、宇宙船内で購入することも考えたが、この先、ドーソン一族の運命次第では自分の口座の運命も危うい。無駄遣いはまずいな、とグレンは諦めた。自分の車がなくても、セルゲイもカレンもルーイも、快く貸してくれる。

やはりカレンの車を借りるべきだったか。カレンの車はもとからタバコ臭がすごいので、気にならなかっただろうに。

 

 (……)

 

 俺の愛車……。

 

 グレンは、十分ほど前から考えていた、自分の愛車に対する想いを断ち切って、深く煙を吸い込んだ。

 長距離ドライブのタバコは旨い。

 さっき、山の中のコンビニで店長に絡まれ、一時間は時間を潰した。タクシーは前回、あのコンビニには寄らなかったが、あの店長のおしゃべりを予測してのことだったのだろうかと思うくらいだ。セルゲイが言っていた通り、あの店長のおしゃべりと言ったらなかった。L02出身らしいが、辺境惑星群の人間にしては、ずいぶんとおしゃべりだ。L02は、L03と並んで、閉鎖的な星なのに。セルゲイなら付き合えそうだが、グレンはもともと、無駄話は苦手な方だ。帰りも寄ってくれと言われたが、どうするか。

 

 (……なるべくなら、寄りたくねえな)

 

 大きなスカーフを盛大に振られて、コンビニからお見送りされたことを考えると。

 

 (……)

 

 グレンは、運転席に戻った。かなり余裕をもって出てきたので、まだチェックインの時間まで三十分はある。この鳥居のずっと奥に見える階段の先が、真砂名神社、とやらだろう。

 (あっちは、明日だな)

 まっすぐ、椿の宿へ向かうことに決めた。グレンは残りわずかな道を、ゆっくりと車で辿った。

 (一億倍の色気のルナ、待ってろよ……♪)

 

 

 

 少し時間をさかのぼる。

 ルナたちを笑顔で見送ったミシェルは、アズラエルの車が見えなくなると、とたんにギラリと目を光らせた。

 「――クラウド」

 クラウドは、そんな恋人の変化に気付きもしない。

 「ふふ♪ アズとルナちゃんも久しぶりに二人きり。俺とミシェルもだね♪」

 

 恋人の、極悪そのものの不機嫌に対し、クラウドは超ご機嫌だった。

アズラエルたちとまた隣同士に暮らし始めたはいいが、ルナとミシェルの仲が良すぎて、クラウドはひどくやきもきしていたのである。アズラエルはべつに、ミシェルに嫉妬している節はなかったが、クラウドは完全にルナに嫉妬していた。

表向きは、理解ある恋人のふりをしていたが、彼もやはり、嫉妬深さではナンバーワンの栄光を持つ、L18男性である。

 俺のミシェルを独占しないでよ、ルナちゃん。

 まさかそんな大人げないことを、ルナに向かって言えるわけもない。

 気づけば、ミシェルはいつも部屋にいない。ルナと、リズンにお茶に行ったり、買い物に行ったり、レイチェルたちの部屋へ遊びに行ったり。K36にいるころより、クラウドといる時間が格段に減った。

 ルナは独占しているつもりはないだろうが、部屋にいても、いつも子猫と子ウサギが肩を並べてソファに座っている。何か楽しそうに笑いあいながら。――そこにライオンみたいな大型獣が入る余地はない。もともと、仲良しの女友達の間には、男は入りづらいものがある。アズラエルは平気でその仲良し空気をぶち壊しに行くが、(子ウサギを持ち上げて拉致する。)クラウドにはできなかった。