「つうかさ、イマリって、マジで運命の相手がヘビなの?」

 ミシェルはさっきタクシーを降りたところで、途中で切れた話を蒸し返した。そういえば、今朝のサルディオネとの電話を、ミシェルに話したのだっけ。ミシェルは、続きが聞きたくて仕方なかったらしい。

 「え? あ、そうみたい。っていうか、ZOOカードがヘビね。“華麗なる青大将”だって」

 ミシェルがジュースを吹いた。無理もない。

 「何そのものすごい名前」

 「あたしも聞いたとき笑っちゃったよ。アンジェも――あ、サルディオネさんも笑ってた。軍事惑星の人だって」

 「濃すぎ! つうか、ぜったい濃いってそんなやつ!」

 「クラウドにも教えといて。もしかしたら思い当たる人がいるかもしんないし」

 「OK。正直、イマリの運命の相手はどうでもいんだけど、その華麗なる青大将とかいう人物が知りたい」

 「あたしも」

 ふたりで堪えきれずにしばらく笑ったあと、ミシェルがカフェの花時計を見て言った。

 「キラんとこはさ、今度一緒にいこうよ。ルナ、飲んだら、早く服見てかえろ。――もうお昼近い。あんた旅行行くんでしょ?」

 「――へ?」

 「へ? て何。……旅行行くんじゃないの。あたし、昨日からそう聞いてたけど?」

 

 ……寝耳に水とは、まさにこのことだ。

 

 

 「アズ!! 旅行行くの!?」

 

 ただいまも言わずに部屋に駆け込むと、アズラエルがキッチンに立っていた。紺色のエプロンをつけて。

 ルナが持っているショッピングバッグの中身を見て、顔をしかめた。

 「ああ。――なんだ? ずいぶん買い込んできたな。あまり買い込むなって言ったじゃねえか。これから一か月ほど留守にするんだぞ?」

 「一か月!?」

 「一か月だ。――しょうがねえな。冷凍できねえモンは、ジルベールたちに持ってくか。おい、ルナ、ミシェル呼んでこい。昼メシ食わせろ」

 テーブルの上には、半熟卵とパセリののった炒めごはん――アズラエルが良く作ってくれる、スパイスの効いた辛めの――と、残り野菜を使ったミネストローネが、二人分置いてあった。

 美味しそう。ルナのおなかがぐうと鳴ったが、――先にいろいろ、突っ込まねばならない。

 

 「クラウドも俺ももう食ったから。――お? いい桃買って来たな。えらいぞ」

 「あたし聞いてないよ!? 旅行だなんて!」

 「……言ってなかったっけ」

 「アズって、なんだかよく肝心なこと言い忘れるよね!!」

 「悪かったな。午後から出かけるぞ。一か月の旅行に――言ったぞ。忘れるな」

 「今言うかな!? それ」 

 

 ルナとアズラエルがいつもの掛け合い染みた会話をしているうちに、クラウドとミシェルが部屋に入ってきた。

 「うっわ、おいしそー! これ、アズラエルが作ったの!?」

 ミシェルが、テーブルの上のごはんを見て歓声を上げる。「ああ。昼飯まだだろ」

 「まだ! ンじゃいただきまーす」

 「あ、ミシェル、アズのごはん辛いからちょっと待って。――冷蔵庫のお茶、飲んじゃっていい?」

 「飲んじまえ。できる限り冷蔵庫の中身はなくせ」

 ルナもお茶を二人分注いで、テーブルに着いた。

 「美味しいよ〜、アズラエル。ちょっと辛いけど、」

 かなり辛いらしい。ミシェルはすぐつめたいお茶を口元に持っていった。

 「そうそう、クラウド、アズラエル。さっきルナがサルディオネさんと電話で話してたこと、」

 「ああ――なんだったんだ?」

 アズラエルが、キッチンで作業しながら聞いてきた。お菓子を作っているようだ。クラウドもテーブルに座って、新聞を開いている。

 

 ミシェルが思い出し笑いをして、お茶を吹きかけた。

 「なに――どうしたのミシェル」

 クラウドがびっくりして、ミシェルを見る。

 「いや、だってさ、」

 ルナが、卵をご飯の上でほぐしながら、たどたどしく説明する。

 「あのね、サルディオネさんがね、うさぎ・コンペの夢見たら連絡くれって言ってたんだけどね、」

 「このあいだ、ルナちゃんが見た、うさぎ会議の夢?」

 クラウドが新聞を読むのをやめて、聞き入る姿勢を見せた。

 「そう。でね、反抗的なうさぎは真っ赤なうさぎだったの。イマリはね、“真っ赤な子ウサギ”でね、運命の相手がね――運命の相手がね――、」

 ミシェルとルナが、同時にぶっと吹いた。さすがにアズラエルも振り返った。

 「何がおかしいんだ?」

 「や、だって、アズラエルも笑うって!」

 

 「「“華麗なる青大将”!」」

 

 ルナとミシェルが同時に叫んで笑い出すと、クラウドとアズラエルもハモった。

 「「華麗なる青大将ォ?」」

 思わず、復唱せざるを得ないなまえだ。

 「青大将ね。蛇か。――はは、でけえ蛇ってことか。アイツにゃ似合いかもな」

 アズラエルは、ちっとも悪意のない声で言い、苦笑した。クラウドもアズラエルも、爆笑しなかった。ルナとミシェルは拍子抜けし、

 「……面白くないのかな」

 「や、じゅうぶん面白いと思う」

 彼らとは、少し笑いどころが違うようだ。

 

 「えとね、それでね、ええと――軍事惑星の人だって。でね、アズよりしつこいって!あたしは会ったことあるって聞いたら、まだあったことないって。でね、来年か再来年、宇宙船に乗ってくるんだって!」

 「宇宙船に?」

 クラウドが言った。アズラエルも背中越しに言う。

 「しつこいっていうな。……軍事惑星のヤツで、これから乗ってくる?」

 「うん。気持ち悪い人だって」

 ルナは、誤解を呼ぶような言い方をした。サルディオネは、ルナが「気持ち悪いと思うかもしれない」といっただけで、気持ち悪い人、だとは言っていない。

 「気持ち悪い人ォ?」

 

 「――まあ、ようするに、一般的な蛇のイメージそのままか」

 クラウドが腕を組んで考える。「蛇っぽい人間てことだろ」

 「あたしたちにぜんぜん関係ない人じゃないみたいだよ? 友人の友人くらいの知り合いだって! なんかね、蛇のかわ? だかなんだか、サルディオネさんゆってた!」

 「ごめんルナちゃん。その蛇の皮はスルーしていいかな……」

 クラウドにへびのかわをスルーされ、ルナは膨れた。へびのかわが、一等大事なキーワードだと、ルナは思うのだ。

 

 実際、ルナの考えは間違っていなかったのだが、それが証明されたのは、だいぶ先――すべての運命が回りだしたときだった。