仕方なかった。ルナは、「蛇の皮を被った鷲の子」は覚えられなかった。へびのかわ、だけでは、いくら天才のクラウドでも分からない。天才のライオンは、淡々と告げた。 「ええと――キイワードは、軍事惑星群の男で、蛇系、気持ち悪い、アズよりしつこくて、来年か再来年、宇宙船に乗ってくる――俺たちにも関係あるかもしれない人物――友人程度の、」 「へびのかわ!」 「OK。ルナちゃん、蛇の皮は俺の心の中に大切にしまったよ。……で、」 「で?」 ミシェルがクラウドの顔を覗き込む。彼は奇妙な顔をしていた。思い当たる人物がないともいえない、という顔だ。 「なんだ、クラウド。心当たりでも?」 「少しね……」 アズラエルとクラウドの目があった。その途端、アズラエルも思いついた。おそらく、アズラエルが思った人物と、クラウドの想定する人物とは、同じだ。 「おい、まさか――な」 「まさか、ねえ……」 エーリヒはくしゃみをした。かつてないほどの超ド級のヤツを。 もちろん、無表情で。 (――だれがヘビだ) 鼻を盛大にかみ、エーリヒは心の中だけで毒づいた。 (風邪かな) 先日、蛇みたいな目が気持ち悪いと言われて、振られたばかりだ。薔薇はいつものようにB班の入り口に飾っておいたが、今回の振られ方は、歴代の中でもサイアクだろう。いくら自分でも、アレは傷ついた。 (しばらく、恋人探しはやめよう――) エーリヒは、薔薇を生けるときにそう決意した。 クラウドのように、長年の想いが実って、運命の相手と出会うかもしれない。そうだ、自分はまだ、運命の相手と会っていないのだ。それを考えると、心が弾みだした。運命の相手――そう、たとえばヴィアンカ。 エーリヒは、ヴィアンカがラガーの店長とイチャラブであることを、まだ知らない。 (しかし、誰がヘビだ) 貴方の目、蛇みたい。そう言った女の顔はアウストラロピテクスのようだった。おそらく知能も原始人レベルだろう。どうしていつも、そんな女にばかり恋をするのか。ヴィアンカのほうが、一億倍美しい。中身も、外見も。 エーリヒは、本来ならヴィアンカのような、頭もよく美しい女性が似合いなのだ。心理作戦部の皆も、自分もそう思っている。みんなも、エーリヒはそういう女性を口説いて振られていると思っている。だが違った――エーリヒは、なぜか原始人レベルの脳みその女を口説いてしまうのだ。 自分でもよくわからない。だが、常識外れにバカな女を可愛いと思ってしまうのだから、仕方ない。それも、並みのバカではない、底抜けの馬鹿。 (――クラウドの報告書にたまにある、ルナという子) 実は、なかなか好みだ。カオス、という表現もなかなかいい。小柄すぎるというのが難点だが――だが、彼女はカオスなだけで、きっと頭は良い。その時点で萎えてしまうのだから、終わっている。ミシェルは、ツンデレなところがいいが、やはり彼女も頭は悪くない。 どうして自分の嗜好は、バカな女、なのだろう。 自分は、こんなに頭がいいのに。 (しかし――まったく――誰がヘビだ) 蛇とは失礼な。美男子だった父譲りのこのさっぱりとしたイケメン面をこともあろうに蛇とは。鋭く気高く誇らしく、英知さえ漂わせるこの切れ長の双眸を、蛇とは! 私のこの切れ長の目はむしろ――。 (いや、蛇というなら) よっぽど、あの男のほうが、蛇らしい。エーリヒは、蛇と聞いて速攻ひとりの人物を思い浮かべる。蛇と聞いたら、思い出すのは彼しかいない。 (彼のほうが、よっぽど蛇だよ) 見かけに騙されるが、彼は蛇そのものだ。エーリヒは、眉を上げた。 (私は、蛇じゃない――) 不機嫌を、年代物のウィスキーとともにグイと呷ったところへ、待ちかねた主が帰ってきた。 「エーリヒ様、お待たせ致しました。オトゥールさまのお帰りでございます」 執事と入れ替わりに、オトゥールが入ってきた。海軍の軍服のまま。白い軍服が、若々しい彼にはひどく似合った。彼は先年、L19の海軍中佐に昇進した。 「やあエーリヒ! 元気ですか! 俺の親愛なる叔父!」 「元気ですよ。坊ちゃまも、しばらく見ないうちに精悍になられましたなあ!」 互いに軽く、肩を抱き合う。直接会うのは、恐ろしく久しぶりだった。オトゥールの卒業祝賀パーティー以来――もう、十年も昔になる。 エーリヒのゲルハルト家は、ロナウド家の親戚筋だ。もちろん、父の兄弟である叔父ではないが、オトゥールは、この賢く頼りがいのある、十ほど年上の親戚を、親しみを込めて叔父と呼ぶ。 「ご無沙汰をお許しください。――なにせ、私は地下のモグラですからな。陽の光を見たのもついぞ久しい」 「敬語はやめてください。貴方に敬語をつかわれるのもくすぐったいものがある」 エーリヒは、この年下で格上のお坊ちゃまに、心から敬意を払っている。敬語をつかうのも、決して皮肉ぶった気持ちではない。 「中佐昇進、おめでとうございます。少し遅れましたが、」 「その際は、電報をありがとう。あなたは忘れないな、こういうことは」 「ほかならぬオトゥール坊ちゃまのことですからな」 この無表情で、変り者の親戚を高く買ってくれているのは、オトゥールと、その父のバラディアくらいのものだった。 有能だが、いったん喋りだせば、皮肉と相手をけむに巻く言葉の嵐――のエーリヒを友人に望むものは皆無に等しい。ゲルハルト家でも、エーリヒは腫れ物に触るような扱いをされていた。なにせ、愛想がないくせに、頭だけはとびきり良い。機嫌を損ねるわけにはいかず、さりとて、敵に回したくもない。 軍内でも変人ぞろいの心理作戦部に入隊したとき、ゲルハルト家の者は、彼にふさわしい場所だと口々に言い合った。それは、幾分皮肉の混じったものではあったが。 だが、心理作戦部が軍に貢献してきた力を、認めないわけにはいかない。心理作戦部は、縁の下の力持ち、といった役割のために、目立った軍功はない。だが、心理作戦部がなければ、L18は――軍事惑星は立ち行かなくなるだろう、そういう部署でもある。 「俺は、ロナウド家の者で、バラディア将軍の子で――運が良かっただけです。貴方ほどの能力があれば、いまごろは大佐だ」 「まさか! 軍と言っても、所詮はひとづきあいがモノを言う。私はおそらく、陸軍では昇進できなかったでしょう。心理作戦部が私の居場所だ」 エーリヒのその言葉に裏はない。彼は、自分をよく知っていた。
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