「エーリヒ叔父、スコッチのおかわりは?」

 「いただきます」

 オトゥールは、エーリヒのグラスに手ずからスコッチ・ウィスキーを注ぎ、自分のグラスにも満たした。

 「積もる話は山ほどあるが、まず貴方のご用件を。お忙しいあなたが電話ではなく、わざわざL19まで訪ねていらしたのには、よほどの理由がおありかと」

 「いやなに。久しぶりに貴方の顔が見てみたくなっただけですよ」

 エーリヒはそう言いつつも、軍服のポケットから、小さなビニール袋を取り出した。

 

 「――これは?」

 オトゥールは、渡されたそれを眺め、白い手袋をはめた。

 中身はボタンだ。それも、小さい――。

 「これが私の用事です」

 エーリヒもまた、革手袋をはめた手で、ビニール袋からボタンを取り出した。オトゥールはエーリヒの手から受け取り、それを一度眺めてから、拡大鏡を取りに行った。机の引き出しからそれを持ってき、ボタンを拡大鏡を通して調べる。

 

 「ずいぶん古い紋章ですね――。これがどうか、しましたか」

 「これは、ダグラス・J・ドーソンの遺品の中にあったものです。彼の軍帽にくっついていた」

 「ダグラスの軍帽に?」

 オトゥールは、もう一度、ボタンを見つめた。

 

 ――これは、太陽だろうか。太陽のようなマークの中央に、今にも羽ばたきだすような恰好の、小鳥らしき形の鳥が、描かれている。

 

 「おかしいな。ドーソン一族の紋章はワシでしょう。これは小鳥ですよ」

 「そうなんです。彼の軍帽には、もちろんドーソン一族の紋章である、鷲の軍章もついていた。曹長の階級章、L18の軍章、心理作戦部の軍章、そしてドーソン一族の鷲の紋章、もひとつおまけに、その小鳥の紋章がくっついていたんです」

 「……」

 「しかも、替えの靴をいつも必ず用意しているような、神経質なダグラスの軍帽のわりに、軍章のつけ方があんまりにも適当だった。不揃いというかね――。で、私は考えた。ダグラスの遺品を整理していた不器用な軍人が、軍帽から外されていた軍章を、軍帽につけてあげたんでしょう。あくまでも親切心でね――で、その小鳥のボタンも、彼の軍章だと思って、つけてしまった。――おそらく、それはダグラスのものではなくて、この箱に入っていたものだ」

 エーリヒは、持参の黒い革のバッグから、ビニールに入った、さびた缶を取り出した。

 

 「それは――クッキーの缶?」

 さびついて模様はほとんど分からないが、このクッキー缶の形には見覚えがある。

 「ええ。L18の、ブレンダン・クッキーの箱ですよ。甘くておいしい♪ ブレンダン♪クッキー♪ オトゥール坊ちゃまも、昔食べたでしょ?」

 L18では、どこのスーパーにも売っている、昔ながらのクッキーだ。一昔前のCMを真似たエーリヒの口ずさみに、オトゥールは思わず笑った。

 「懐かしいな」

 「おそらく、ボタンは、このクッキーの箱に入っていたんです。この箱はおよそ二十五年前のもの。土と植物の根が付着していましたから、だれかがこのボタンを箱に入れて埋めたんです。土の中にね。それを、おそらくダグラスが掘り起こした――」

 「一体、何のために」

 「このボタンの正体が分からなければ、それは分かりません」

 「なるほど」

 エーリヒが訪問してきた訳が分かった。内密に――このボタンのことを調べてくれと。

 

 「いいえ。このボタンは持ち帰りますから」

 「ロナウド家で調べるのではないんですか?」

 「坊ちゃまは、心当たりがないですか。このマークは」

 「――いや。……ないな」

 オトゥールは、記憶を探ったが、まるで思い当たる節はない。

 「これ、昔実家の本で見たと思って、実家の本を手当たり次第に探ったんですが、出てきませんでした」

 エーリヒは、言った。

 「私が学生時代に読んだ本なんです。実家にないとしたら、あとはここしかない。――学生時代、貴方のお父様にこの屋敷に招待されて、夏季休暇の間滞在させていただきました。ここで読んだ本の中で見たのかも、」

 「この屋敷で見た本――」

 オトゥールも、この家の書斎の本はかなり読んだが、見たことはない。

 

 「いや、やはり俺は分からないよ。よかったら、貴方が書斎で調べてくれませんか」

 「ありがたい。書斎に入らせていただける許可を?」

 「そんなこと、いつでも言ってください。いつまで滞在できるんですか」

 「一週間ほど」

 「では、一度くらい食事に行けますね。ミランダも貴方に紹介したい。結婚式にも来てくれなかったんだから」

 「ああいう場所に私が行っては、困るお方も多いのでね」

 「――でも、俺の招待は受けてくれるでしょう? 妻と、俺と、貴方だけのディナーだ。父も入れたら申し分ない?」

 「結構ですな。バラディア様にも、長いことお会いしていない」

 「よかった。じゃあそうしよう」

 ふたりは、グラスをカチン、と合わせた。

 

 「それからもうひとつ」

 エーリヒは言った。「貴方から頼まれていた、去年のL11の事件のことです」

 

 「何かわかりましたか」

 オトゥールが身を乗り出してきた。エーリヒは、黒い革バッグから分厚い書類を取り出し、バインダーにはさんだそれをペラペラとめくり、クリアファイルに入ったページをそのままオトゥールへ差し出した。

 

 「調査は、わがB班が担当しました。去年のクリスマスの一週間前――ですな。プチ・バブロスカ革命と言いましょうか――もっとも、もうバブロスカ監獄はないですがね。革命を起こしかけた、ドーソン一族の若手他十八名がL11送りになったと。

監獄星L11のステーションから監獄へ移送する鉄道――鋼鉄列車、午前十一時三十五分発のものが、スヴァーリ凍原のど真ん中で爆破――ちょうど、三列目だけ。三列目の内部で、ダイナマイトが破裂。ダイナマイトは、三列目の車両に、最初から仕込まれていたようです。鋼鉄列車で、しかも鉄格子の窓のみで、列車自体が頑丈なために、みな内部をきちんとチェックしないみたいですな。囚人が逃げないように、頑丈さがあればいいと思っているのか――、まあ、仕方ない。特別護送車なわけではありませんからな。――列車は脱線、四列目と二列目は、衝撃があってなかの乗客に多少のけが人は出たものの、ほとんどの囚人は無事、軽症、死者はなし。――鋼鉄列車ですからな――中の惨状はまあ――あまり気分の良いものではありません」

 「……だろうな」

 オトゥールは、暗い顔をした。その中には、学生時代の友人が五人も乗っていたのだ。レオンも、マルグリットも。彼らも、粉々になってしまった。

 自分もつらかったが、グレンの悲憤を思えば、胸がつぶれそうになる。

 

 「やはり、爆破はドーソン一族の陰謀ですか」

 「それはそうでしょう。証拠はありませんが、ドーソン一族のしわざでしょう。――ですが、問題は実行犯です」

 「なんだって? 実行犯が分かったのですか」

 エーリヒは、もう一枚の紙を取り出し、オトゥールへ渡した。その紙には、列車内の図が書いてあり、誰がどこに座っていたか、位置が示されている。十八人の名が、座席の上に記入されていた。ダイナマイトが仕掛けられていた位置も記され、マルグリットは、ちょうどダイナマイトの真上に座っていた。レオンは、マルグリットの向かい席だ。位置としては、真ん中あたりの左座席。

 

 「オトゥール坊ちゃま、――裏切り、かもしれません」

 「――裏切り?」

 「最近は、肉片だけになっても、拾い集めて復元するようになってきたんですな、これが。所持品もね。L25の科学捜査班はものすごいですよ。……これが復元の図」

 エーリヒは、もう一枚紙を出してオトゥールに渡した。

 こっちは写真だった。眠っているように綺麗な死体が、「十七人」分、並んでいる。オトゥールは目を見張った。