バラディアは頷いた。 「マッケラン家のほうは、息子に任せてある。そっちは、時間さえかければだいじょうぶだ。焦るなと息子に言ってある。問題は、傭兵グループのほうだ」 バラディアは腕を組み、エーリヒのほうに身を乗り出して小声で言った。 「今日、白龍グループに行ってきたばかりだがな」 「そうなのですか。お供すればよかった」 「おまえを連れておったら、進む話も進まんわい。……あの食えん爺は、どうしても首を縦に振らん。われらの計画は、はじめからうまくいかんとバカにしてな」 「白龍グループ抜きではダメなのですか」 「おまえ、そこがそれ、傭兵グループというものの難しさだよ」 バラディアは嘆息した。エーリヒに対して、ずいぶん砕けた口調になっている。まるで、息子と話しているようだ。このエーリヒという人とバラディアさんは、ずいぶん親しいのだな、とルナは見当をつけた。 「今回の計画には、古い傭兵グループの協力が不可欠だ。どの傭兵グループも、白龍グループが動かなければ、やらんと言い張る」 「白龍グループは、傭兵グループの最大手ですからな」 (ぱいろんぐるーぷ……) ルナは、グレンの担当役員のチャンが、その傭兵グループ出身だということ思い出した。 (あとで、アズかグレンに聞いてみよう) 白龍グループは、傭兵グループの中でもっとも古く、そして最大規模であり、軍事惑星群から警備惑星群にかけて幅広く事業も展開している組織である。戦闘部隊――すなわち傭兵は常に五百人態勢で動けるよう、揃えられている。だから傭兵の待機人数は、実質二千人を超えるだろうとの噂だ。あくまでも噂で、だれも本当のところは知らないが。白龍グループは、一族の結束が強いうえ、秘密主義なのだ。だからなかなか内情を知る者は少ない。 おまけに、軍事惑星群には、白龍グループから出た傭兵グループも多いので、白龍グループを抜きにしては、何事も始まらないのだ。 「――傭兵グループというのはな、基本的に結束が固い。仲間同士もそうだが、上下の関係もな」 「ええ」 「第一次バブロスカ革命のころからある傭兵グループは三つ。白龍グループとメフラー商社、ヤマト。この三グループが、軍事惑星群の傭兵グループに及ぼす影響は大きい。なかにはヘルズ・ゲイトやブラッディ・ベリーのようにどこにも属していない――つまり、ボスがこの三つのグループに入っていなかった――ところもあるが、彼らとて、これら老舗のグループを無視して動くことはできん。傭兵グループができはじめたのは第二次バブロスカ革命の後あたりからだが、はじまりはこの三グループからだからな」 「なるほど……。メフラー商社がかなり小規模なのに、傭兵グループの中でも存在が大きい意味が分かりましたよ。今では二百人態勢のブラッディ・ベリーのほうが有名なのにね」 バラディアは苦笑した。 「おまえ、ブラッディ・ベリーの女ボスは、メフラー爺の手助けでブラッディ・ベリーを作ったのだぞ」 「そうだったのですか」 エーリヒは言った。「傭兵グループに関しては、初耳なことが多いです」 「おまえたち心理作戦部は、傭兵を雇う時は、大概ブラッディ・ベリーかヤマトだろう」 「まあ、そうですね」 「メフラー商社は、自社に傭兵をほとんど残さん。みな独立させるからな。だから、おそらくメフラー商社からできた傭兵グループは、白龍グループよりも多いだろう」 「なるほど。この三グループを動かさねば、軍事惑星群の傭兵が動かないわけが分かりました」 おそらく、バラディア将軍の「計画」に乗りたい傭兵グループはいくつかある。だが、この三グループを無視して乗ることはできない、とみな躊躇っているのだ。逆に言えば、この三グループが号令をかければ、乗り気でないグループも動く。 すべては、この三グループにかかっているということか。 「ヤマトはな、白龍グループとメフラー商社が動けば、協力しようと言った。一緒に説得に動いてくれるそうだ」 「本当ですか」エーリヒは驚いた。「あのヤマトが?」 「そうだ。……儂としては、一番難しいのがヤマトだと思っていたが、意外と協力的でな……。一番同意してくれると思っておったメフラー爺が頷かん。白龍グループもな」 「バラディア様昵懇のアダム氏は、どうなのですか」 「うん? ああ、アダムか? ……本当は、あの男が本腰を上げて協力してくれればな――彼が説得すれば、動く傭兵グループは多いだろう」 「ダメなのですか」 「ダメだ。アイツも、今回に限っては腰が重くてな。それに、メフラー商社を無視して動くことはできないと、そういう言い分だ。……分からなくもない。アダム・ファミリーは、メフラー商社の子会社のようなものだから、」 「難しいところですな……」 「うむ。だが、必ず説得せねばならん」 バラディアは、重々しく告げた。 「あの三グループが動けば、すべての傭兵グループが動く。――L18のためにも、軍事惑星群のためにも――あの爺どもには、必ずや、動いてもらわねばならん」 (あの爺?) ルナは首をかしげた。ルナが質問したわけではなかったが、ルナの疑問に答えるようなセリフが、バラディアの口から出た。 「白龍グループのクォン・E・リーと、メフラー親父には、必ず動くと言ってもらわねばならん――」 バラディアは、眉間に皺をよせ、「だが、それが一番難しい」と唸った。 (メフラー親父って、アズのところのボスさんだよね) ルナが考えていると、時計が鳴りはじめた。 (あっ! おしまいだ!) ルナは慌てた。まだ、この二人の会話を聞いていたいのに。 (ああ〜! 待って! もうすこし!) かちかちかち、時計が終焉を知らせるために時を刻んだ。 (――あれ?) ルナが飛び起きると、足元のアズラエルとグレンが、怪訝そうな顔をしてこっちを見ていた。 「……どうした、ルゥ」 「変な夢でも見たのか」 ルナは、きょろきょろあたりを見回した。寝る前の光景と何も変わっていない。真夜中で、ルナは布団に寝転がっていた。 壁の掛け時計は、一時半にすらなっていない。アズラエルとグレンは、浴衣姿で酒を飲んでいる。 「……朝じゃないの」 ルナが思わず言うと、アズラエルもグレンも笑った。 「寝ぼけてンのか」 「おまえが布団に入って、十分も経ってねえよ」 「――え」 まさか、十分ほどの間に、あんな夢を? ルナが頬をぺんぺん! と自分で叩いてみたが、――どうやら、夢ではない? |