(ほえ)

 ルナは、マヌケな声を上げて、高い天井を見つめていた。

 (おっきい。……グレンのお屋敷とおんなじくらい?)

 以前、椿の宿で見た夢で、ルナはL18のグレンの屋敷のメイドになっていたことがある。ルナが立っているのは、そのグレンの屋敷と同じくらい大きな邸宅の廊下だ。

 (またグレンのおうちかな)

 だが、ルナの恰好はメイドではなかった。

 (……はっ! 浴衣のまんまだ!)

 椿の宿の浴衣のまま、足ははだしだ。向こうから人が歩いてくる。メイドさんだろうか。ルナは慌てて隠れようとしたが、どこにも隠れる場所がない。だがそのメイドさんは、ワゴンを押しながら、ルナのわきを平然と通り過ぎていった。まるでルナが見えていないかのように。

 

 (こ、今回は、あたしはいないことになってるのかな)

 ルナは壁にへばりつきながらメイドを見送り、

 (だとしたら、自由に動けるんだよね)

 ひゃっほーい! とルナは廊下の真ん中を駆け出した。

 

 伊達に、何回も椿の宿で夢を見たわけではない。ルナは、椿の宿の夢に関してはプロを自称している。ルナはまず、ここがどこで、いつごろの年代なのかを確かめることにした。それを確かめなければ始まらないのだ。まずは手始めに、廊下のはじの、ドアが開いている部屋へ駆け込んだ。

 

 広い部屋だ。書斎なのか、壁に伝って、たくさんの本棚が並んでいる。

 中央奥に、巨大なマホガニーの机が。そのうえにも、本が積み上げられている。

 マホガニーの机のところに誰かいる。男だ。男は豪奢な肘掛椅子へ黒い軍服を掛け、シャツ姿で腕まくりし、本をめくって調べ物をしている。黒髪をぴったり後ろへ撫でつけている、背の高い男。

 彼も一切ルナに気付くことなく、ぺらぺらと本をめくっている。

 

 (軍人さんだ……。とゆうことわ、ここは軍事惑星群)

ルナはそうっと、カレンダーが掛けられている壁へ近づいた。

 (あれ……)

 カレンダーは1415年。そして四月。――今現在なのか。

 

 「これだ!!!!!!!!」

 

 マホガニーの机からとびきりでかい声がして、ルナはぴーん! と耳まで跳ね上がった。

 「こっこれだ! これだ!! みーつけーたぞおおおおお!!」

 ルナは、大の大人が、無表情でスキップして大はしゃぎする様子をはじめて見た。

 (このひと……たぶんすっごく嬉しいんだろうけど、顔がぜんぜん嬉しそうじゃない)

 ――へんなひとだ。いったい、誰だろう。

 

 「これだこれだ! さすがエーリヒ! よくやったな!」

 自分で自分をほめている。

 (えーりひ? どっかで聞いたな)

 彼はスキップし、社交ダンスのステップを踏み、部屋にあるコピー機に優雅に駆け寄り、分厚い本の一ページをコピーした。そしてそれを持ってどっかりとマホガニーの机に腰をおろし、足を組んで考えに耽った。コピー紙を、食い入るように見つめながら。

 

 「ああ――これだ。この紋章は、椋鳥の紋章だ。ヴァスカビル家の紋章――」

 

 椋鳥の紋章? ヴァスカビル家?

 

 「だがヴァスカビルの名はL18にもいくらでもいるからな。問題は、この椋鳥の紋章を掲げる家があった――それは、どのヴァスカビルかということだ。ダグラスは、どこからこれを手に入れた? これが入っていた菓子箱は、どこに埋められていたというんだ? そうだ、この紋章に、いったい何の意味がある?」

 大声で自問自答しながら、エーリヒは部屋を歩き回った。無意味に指をパチンと鳴らす。

 「いや――意味はあるのだ。確実にな。ダグラスが所持していたものだ、だがいったいなんのために――」

 

 「エーリヒ様、バラディア様のお帰りです」

 執事が開けっ放しの書斎に、恐る恐ると言った体で顔を出した。書斎にはエーリヒ一人なのに、なにをそんなに騒いでいるのか不審に思ったに違いない。

 「おお!」エーリヒは、ピタリと歩き回るのをやめた。「今行きましょう!」

 「いや、私のほうから来たよ」

 書斎に、バラディアが姿を現した。恰幅のよい、白髯の紳士だ。軍服ではなく、ネクタイをしたスーツ姿。

 (バラディア――バラディアさんって、だれだっけ……)

 ルナは一生懸命考えたが、思い浮かばない。聞いたことはある気がするのだが。とりあえず考えるのはやめて、様子をみることにした。

 

 「お久しぶりですな! 閣下!」

 エーリヒとバラディアは、親しみの籠ったハグを交わした。

 「やあ。オトゥールから聞いて駆け付けたよ。元気そうだな。今夜はゆっくりできるのだろう?」

 「そうですな。明日ここを発ちます」

 エーリヒは本に埋もれた中から椅子を発掘し、バラディアへ勧めた。

 

 「どうかね。探していたものは見つかったかね」

 「ギリギリでしたが見つかりましたよ。本当に助かりました。ありがとうございます」

 エーリヒは、見つかった本と、コピー紙をバラディアに見せた。

 「一部コピーを頂きました」

 「ああ、構わんよ――なるほど、椋鳥の紋章かね」

 バラディアは、ふと思いついた顔をした。

 「椋鳥か――。そういえば、白龍グループの紋章も椋鳥ではなかったか」

 「それは本当ですか!?」

 エーリヒは、大声を上げた。「白龍グループの紋章もですか!?」

 「ああ。……おそらくそうだな。この紋章が椋鳥だというならば、」

 バラディアは、確かめるようにじっとその紋章を見た。

 「これと同じ紋章を記した旗が、白龍グループのアジトへ行けば飾ってある」

 「本当ですか! では、さっそく行ってみます」

 出張は延長だな、と携帯を取り出したエーリヒを、バラディアは制した。

 「よしたまえ」

 バラディアは苦笑した。

 「傭兵グループのアジトに軍人が直接行くのは危険だ。アポなしでは特にな」

 「しかし、虎穴にいらずんばという言葉もありますが」

 「――エーリヒ。無茶はしてくれるな」

 バラディアは首を振り、「私が一応連絡しておこう。断られるかもしれんが、断られたら行くべきではない。おまえの命の保証はできかねる」

 「分かりました」

 エーリヒは素直に頷いた。「――どうも、お疲れのようですな」

 

 バラディアの目の下には、隈ができていた。椋鳥の紋章発見に喜ぶあまり、エーリヒはこの親愛なる親戚を気遣えなかったことを少し後悔した。エーリヒも本を避けて椅子を発掘し、座った。

 「……計画が上手くいっていないので?」