「悪いな」

 「いいよ。どうせもう今日は誰も通らないから、店じまい。じゃあ、また来てね♪」

 「こっち通ることがあったらな」

「僕は、ニック・D・スペンサー。L02の出身だよ。このコンビニの店長で、店員さ!」

 「アズラエル・E・ベッカーだ。L18から来た。……コイツはルナ。L77だ」

 「はっはあ! 軍人とL7系の子のカップルね! 君たちなかなかお似合いだよ。――あ〜あ、彼女、すっかり寝ちゃってるね」

 「ガキはおねむの時間だからな」

 アズラエルは運転席に乗り、エンジンをかけた。ルナはおにぎりを持ったまま半分寝ている。かくん、かくん、と頭を揺らしながら。

 

 「じゃあねええええ! また来てねえええええ!!」

 夜だというのに大声を張り上げ、――まあ山の中なので誰の迷惑にもならないが――コンビニ店長は全身を揺らして、見送ってくれた。

 「……おもしれえヤツ」

アズラエルは片頬をあげて、アツアツのコーヒーを啜った。お似合いだと言われたのははじめてだが、気分は悪くない。

 

 

 ――このコンビニで、意外なものを手に入れることになろうとは、アズラエルも、――そしてグレンも、気づくはずもなく――。

 

 

 鳥居が見える道路に来るまで、アズラエルはあらかた、自分用に買ったものは食べ尽くした。アズラエルが展開を読んだとおり、ルナは結局、アズラエルのから揚げとパスタを食べたがったし、そのためにゼリーは残す羽目になった。

 ルナは食事を始めたらだんだん目がさえてきたのか、鳥居が見えるころには、すっかり起きていた。アズラエルの、最後のハンバーガーの包み紙を剥いてあげながら、ルナはライトアップされた鳥居を見上げる。

 

 「夜ってこんなふうになってるんだあ。知らなかった。ライトアップされた鳥居って、綺麗だな」

 「ああ、なかなか見事な装飾だ」

 一分と経たずに、ハンバーガーの包み紙をゴミ箱へ突っ込んだアズラエルは、大鳥居に短い感想を漏らし、街灯で明るくはなっているが、まったくひと気はない街中へ車を入れた。

 「見たことねえ文化だ」

 「そう? ――でもアズ、なんで椿の宿に来ることにしたの?」

 「あ? だっておまえ、俺と一緒に椿の宿いきてえって言ってたじゃねえか」

 去年の話だ。アズラエルが覚えているとは思わなかった。

 「ゆったけど……うん。……でもだいじょうぶ?」

 「なにが」

 アズラエルはグレンのことかと思ったが、ルナは違うことを口にした。

 「変な夢見るかもしれないよ?」

 「おまえがか、それとも俺が?」

 「両方」

 「……俺は、そういう厄介な夢は見ない。おまえが夢見て、一週間起きないってことも今回はねえ。起きなかったら俺が叩き起こすからな」

 「アズが見ちゃったら?」

 「おまえが起こしゃいいし、夢を見るのが嫌なら寝なきゃいい。カンタンなことだ」

 「……ほんとにそうだね」

 ルナは呆気にとられてアズラエルを見ていた。「ほんとにそうだ」

 なにか得心がいったのか、ひとりで子ウサギは頷いている。

 

 カーナビに従って朱塗りの橋をわたり、椿の宿が視界に入ったところで、アズラエルは舌打ちした。

 「どうしたのアズ」

 「いや――こんなに小せえのか」

 アズラエルは、椿の宿がこんなに小さな旅館だとは思わなかったらしい。椿の宿は、客室が五、六室あまりの、全体的に小作りな宿だ。ルナはそれをアズラエルに告げたと思ったし、アズラエルもチラシを見たはずだったのに。

基本的にアズラエルは、民宿や旅館の類は知らない。宿泊ホテル、と聞けば、大きなビルしか想像できなかったのだ。いくら小さくても、高級ホテルがこんなにこじんまりとしたところだとは。

 

 「これじゃ、モーテルと変わらねえじゃねえか」

 「全然違うよアズ」

 「……やべえな」

 椿の宿目前の、道の真ん中でアズラエルは車を止めた。普段ならアズラエルは、宿泊先がどんなに狭かろうが小さかろうがボロ臭かろうが、文句は言わない。だが、今日は違う。

 「こんなに小せえ宿じゃ、確実にグレンに見つかるじゃねえか……」

 大きな宿だったら、よほど部屋が隣同士にでもならない限り、気を付けていればニアミスしない。これでは、どうがんばっても確実に顔をあわせてしまうだろう。

 

 「ルゥ」アズラエルは苦い顔で言った。「……やっぱ、椿の宿がいいよな?」

 ルナはびっくりして叫んだ。

 「今更何言ってるの!? だってアズ、予約したんでしょ?」

 「――だってここに、グレンがいるんだぞ?」

 「おう。いるぜ、ここに」

 

 ルナは驚いて、「ぎゃあ!」と叫んだ。さすがのアズラエルも、「あァ!?」とでかい声を上げてルナをかばうように抱きすくめた。条件反射。

浴衣姿の、白い髪の男、が運転席の窓を叩いていた。ルナは幽霊かと思った。

ようするに、運転席の窓を、浴衣姿のグレンが腰をかがめて覗き込んでいた――のだが。

 二人とも最初、グレンだと思わなかった。というのも、彼の髪型が違っていたからである。たくさんのピアスと鋭い目、そして煌めく銀髪のおかげで、ようやく彼はグレンだと認識された。

 「なんだてめえか! ビビらせるんじゃねえ!!」

 「グレン!? 髪形変えたの!?」

 短い銀髪は伸びて、前髪ができていた。後頭部も、襟足にかかるくらいの長さになって。

 「ああ。まあ――ハゲ防止にな。それより、ずいぶん遅かったじゃねえか」

 グレンは、ルナたちが来ることを知っていたらしい。だれがグレンに知らせたかは、言わずとも分かる。

 

 

 「だいじょうぶだよグレン! ハゲちゃったらあたしの髪わけてあげる。いっぱいあるし」

 「そうか。助かるぜ」

 誰か殺しそうな顔で歩いているアズラエルの後ろを、ルナとグレンが仲良く歩いている。

 グレンは、風呂上がりの散歩ついでに外をうろついていたら、見覚えのある車が橋のちかくで止まったので、多分あれがルナたちだろうと思って、来たのだった。アズラエルとルナが椿の宿に行く、とカレンが知らせてきたのにはびっくりしたが、本当に来たのには二度びっくりした。自分が来ていると知っているなら、アズラエルは回避すると思ったからだ。

 

 「グレン、浴衣ちっちゃいね」

 セルゲイ同様、グレンもくるぶしは隠れないし、袖もずいぶん足りない。

 「へえ、これユカタっていうのか。これで一番でかいんだと。……でも、意外と涼しくていいぜ、この衣装」

 「これね、うちの近所では、夏祭りのころになると着るの。おんなのこはもっとカワイイの着るんだよ」

 「おまえも着るのか」

 「うん! あたし、ママに送ってもらおうと思ってるの」

 「見てえな、お前が着たとこ」

 「浴衣はかわいいよ! いろんな柄があるの。宇宙船の中って夏祭りとかあるのかな〜」

 「夏祭りくらいあるだろ。――浴衣じゃなくて、浴衣を着たおまえが可愛いんだよ」

 「そこ、俺の女を口説くな」

 「褒めただけだろ」