「なんでそんなに長いんだ。おまえがルナ迎えに行って、どのくらいたったと思ってんだよ」

 「しょうがねえだろ、コイツ下手だし」

 ルナの思考は宇宙に飛んでいた。――今、ヘタって言われた。

 「だってアズ、すぐ離せってゆったよ! イキそうだから離せって!」

 「なんだ、遅漏じゃなくて早漏か。やっぱりな」

 「俺はどっちでもねえ!」

 「だってはじめてだったんだもん! へただってしょうがないじゃない!!」

 「初めてェ!?」

 今度はグレンが絶叫しかけた。離れ部屋でよかった。

 「おまえ――まさか、一度も、……なかったのか?」

 「ねえな。握らせたのも、今日はじめてだし」

 「一緒に暮らして、何度もヤッててか!?」

 「俺の勝手だろ」

 「おまえどうかして「えろばなしはやめよう。ねえ。あたし寝るよ」

 「「寝ろよ」」

 男たちは口を揃えて言った。

 

 ルナは眠かったし、これ以上起きていたら、この二人の猥談に巻き込まれ、――とんでもないことになるかもしれない。ヘンに盛り上がって、ふたりでルナを襲わないとも限らないのだ。

特にアズラエル。さっきの野獣化はいきなりだった。ルナはキスと言葉攻めだけでヘろヘろにさせられたわけだが――。

アズだけ満足してずるい。……とは今は言えない。猛獣がこの部屋には二匹いる。ルナの期待に応えたい猛獣が一匹ではないので、ルナは我慢して寝ることにした。

(……うう。……なんか)

下半身が落ち着かない。――えっちしたい。

 

とうに消灯時間は過ぎているので、アズラエルは室内の電気を次々に消し、枕元のライトだけにした。アズラエルとグレンが二人座っている布団の足元のほうも、そのライトだけでじゅうぶん明るかった。

「アズたちは起きてるの」

「ああ。もう少し」

ヘンなの、とルナは思った。二人でいても、喧嘩してるか無視しあってるだけなのに、ふたりで膝突き合わせて、酒を飲みながら起きているなんて。

 

やっぱりこのふたり、仲がいいんだ。

 

 ルナは寝た。戦々恐々として寝た。

 アズラエルが襲ってきたらどうしよう、と襲われたい、というなかば希望と、グレンまで襲ってきたらどうしよう、とか、逃げ場の確保、とか、布団の中で悶々としているうちに、ルナは寝た。

ルナの心配は杞憂だった。ルナはなにもされることなく、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 おやすみの時間がやってきたのは、ルナだけではなかった。

 「完璧、爆睡してやがる」

 「てめーが言ってたのは、冗談じゃなかったんだな」

 「なんのことだ」

 「さっき言ってただろ? セルゲイだけじゃなくて、俺もオトコに見られてねえって話だよ」

 「ああ、その話か。……見りゃ分かるだろ。俺たちが何もしねえと本気で思い込んでいやがる」

 「オイ、……食っちまうぞ、うさこちゃん、」

 「触んな、銀色ハゲ」

 ルナがストン、と落ちるように眠りについたころ、壁の掛け時計が急にボーン、ボーン、となったので、アズラエルもグレンも驚いてそっちを見た。その瞬間である。アズラエルは、グレンの首がかくん、と垂れるのを見た。

 (――なんだ?)

 思わず立ち上がろうとしたが、自分も強烈な眠気に襲われて、崩れるように眠りこんだ。

 

 アズラエルもグレンも、意識の奥で時計が鳴るのを聞いた。

かちかちかち、時計が三回鳴った。

 

 

 

 アズラエルは、自分が倒れているのが砂浜だというのに気付いた。

 驚いて、慌てて立つ。――さっき、椿の宿で、異様なまでの眠気を感じて、倒れるように寝てしまった。

 砂を払って立つが、アズラエルは浴衣姿でなく、いつもの黒いTシャツとジーンズに、コンバットナイフをホルダーにぶら下げている格好だ。

 

 ここは、どこだ。

 

 アズラエルはあたりを見渡した。

 砂浜――海岸だ。ヤシの木がいくつも生え、静かな波の、満ち引く音。大きなオレンジ色の太陽が沈もうとしている。夕方か。

 さっきまで隣で酒を飲んでいたはずのグレンはおらず、もちろんルナもいない。

 

 (……このことか)

 ルナが言っていたのは。

たしかに、ひどくリアルな夢だ。砂の感触も、この空気の、潮の匂いも、恐ろしくリアルだ。気温まで感じるなんて。潮に乗ってむっとした風が吹いてくる、湿っぽい暑さだ。

 アズラエルはこの風景からして、子供のころから何度も見ている、あの船大工の夢かと思って顔をしかめた。この暑さも、海辺であることも似ている。だが、あの夢と違うのは、ここが崖に囲まれている海岸ではないことと、時刻だ。アズラエルがいつも夢に見るのは、昼日中。今は、あきらかに夕刻だ。

 アズラエルは一歩、海のほうへ足を進ませた。人影がある。

 「おい――」

 話しかけようとして、固まった。

 

 ――あれは。

 

 二人の人間が、距離を置いて立っていた。大きな女が、アズラエルから見て左側から歩いてきたのだ。

 

 「あのう――」

 女は、遠慮がちな声で言った。

 「宇宙船からいらしたひとですよね? ……歓迎の宴はもう開かれてますよ?」

 そう告げられた男のほうは、小柄だ。百七十センチもないのではないか。彼は女に声をかけられて驚いて立ち――砂を払って女を見上げた。そして、すごく驚いた顔をした。

 

 (なんだ……一目惚れか?)

 アズラエルは思わず笑った。男の顔は、美しい女に出会った瞬間特有の顔をして固まっている。男の顔は、童顔で地味。白いTシャツにジーンズの、冴えないと言えば冴えない男。アズラエルよりも若いと思う。だが人好きのする顔だ。アズラエルは、男に好感を持った。

アズラエルは、一目ぼれするくらいだからどれだけ美しいかと思って女のほうを見たが、女はそれほど美しくはなかった。もとは悪くない、なのにあまり美しく見えないのは、手入れもしていないぼさぼさの赤毛をひっつめて、背を丸めて、自信なさげに佇んでいるからだ。

 あれだけ背が高く、スタイルも良かったら、しゃきっと背筋を伸ばしたらいい。その方が美しく見える。ツキヨばあちゃんなら、そういうはずだ。

 

 ――ツキヨばあちゃん?