七十一話 再会 X




 

 ――本物の、朝が来た。

 

 「……すげえ。涎まみれ」

 目をあけたら、めのまえはグレンのド・アップだった。

 「うきゃあっ!!」

 ルナは悲鳴を上げて飛び起きようとしたが、褐色の腕が重しになっていて飛び上がれなかった。うさぎは筋肉に挟まれて、ぴょこん! と跳ねただけだ。

 「いつものことだ」

 ルナの後ろから呆れ声がする。アズラエルの。

 「いつも人の腕を涎まみれにしやがる。大方、食いモンの夢でも見てんだろ」

 「見ろよコレ」グレンが先に起き上がり、自分の袖を摘まんだ。「涎でぐっしょり」

 「色気のねえ目覚めだな」

 アズラエルがルナのこめかみにキスして、起き上がる。

 「あ〜あ、一億倍の色気のルナは、ついに現れなかったな」

 「楽しみにしてたのにな……」

 グレンも、アズラエルが後ろを向いたのを見計らってルナの額にキスし、起き上がる。

 「まあ、一億倍の色気のルナってのも見たかったが、ホンモノの寝顔が一番かわいいよ、ルナ」

 グレンの腕から、アズラエルがルナを奪い取る。

 「てか、おまえ、いつの間にルナの隣に来てたんだ」

 「てめーが寝てる間にだよ、うさちゃんに負けず劣らずキュートな寝顔だったぜ子猫ちゃん。……あ? てめえはライオンだったか」

 「残りすくねえ髪の毛むしるぞ銀色ハゲ」

 「……」

 

 ルナは、呆然と二人を眺めた。ふたりはだいぶ前から起きていて、ルナの寝顔を眺めていたらしい。ルナはちょっと恥ずかしかったが、(いまだに、寝顔を眺められているというのは気恥ずかしいものがあって困る。)ここで恥ずかしがっては猛獣どもの思うつぼなので、ルナは一人密かに顔を赤らめるだけにとどまった。

この会話からすると、アズラエルが先に起きて、ルナの隣に来てしばらく寝て――グレンがあとからルナの隣に来て、アズラエルが起きたのか。

 二人の会話に、まるで色気はない。アズラエルが言うとおり、まことに色気のない目覚めだった。情事のあとかたもない――。

ルナの浴衣も多少寝乱れているだけで、身体にも変化はない。セルゲイがここにいたら、一ヶ所ずつチェックしそうだ。お医者さんみたいに。

キスマークなし歯型なし、下半身に異変もなし。唇も別に腫れてないし、喉も枯れていない。アズラエルもグレンも浴衣が着崩れているだけで、別段変わったところは。布団も異常なし。

 

 すなわち。

 

 (――ゆめ?)

 

 でも、たとえ夢でも、以前椿の宿で夢を見たときは、まるで現実のようにあとが残っていた。今回はそれがない。

 

 「……ねえ、あたし、アズたちが起きてるあいだに、一回起きたよね?」

 ルナは恐る恐る確かめたが、アズラエルもグレンも大笑いした。

 「何言ってやがる。おまえ、爆睡も爆睡だ。グレンがキスしても起きねえし」

 「ああ。ぜんぜん起きなかったぜ? ――おまえがオチたあと、俺もなんか急に眠くなってオチた気がする」

 「カクンってな。キスしたいくらい可愛い寝顔だったぜ、子トラちゃん」

 さっきのジャブの返事にストレートをかましたアズラエルが、青筋の立ったグレンに胸ぐらをつかまれる。

 ルナは今日最初の、ふたりの胸ぐら掴み合い大会を見ながら、やはり昨日のアレは夢だったのだと確信した。

 

 (ゆ、ゆめでよかった……!)

 

 グレンとアズラエルふたりにもみくちゃにされるなんて、絶対死ぬ。

 あれが現実だったら、いまごろルナは熱でも出して、起き上がれなくなっているだろう。

 

 ふたりは昨夜のルナの不機嫌を忘れてはおらず、一応胸ぐらを掴みあうだけにとどまった。

「あ〜! それにしてもイイ夢見たぜ!」

 グレンが大あくびをしつつ、伸びをする。そうして、アズラエルを睨んだ。

 「……つうか、お前さえいなきゃな。なんで夢の中でまで、ルナを共有しなきゃいけねえんだよ」

 それを聞いたアズラエルは、目を細めた。

 「――まさか」

 ルナも、まさかと思った。

 「おまえも見たのか?」

 「は?」

 首をコキコキ鳴らしているグレンが、不審げに振り返る。

 「ふたりで、ルナをメタメタに可愛がる夢」

 「……え」

 グレンとアズラエルは無表情で互いに指を指し合い――しばらく沈黙し――それから二人同時にルナを見た。ルナは猛獣に発見されたうさぎのごとく、ビクッと慄いて、固まった。

 

「ルゥ」

 「――お前も見たのか?」

 「み、みみ、みみみみみみみ見てないよ!?」

 「――なるほど。見たんだな」

 「どうだった。キモチ良かったか?」

 「見てないって言ってるでしょおおおお!!」

 

 まさか、グレンもアズラエルもあの夢を? 三人同時に見ていたということなのか?

 

 「――いや、アレはいい夢だった……。おまえさえいなきゃな」

 「ああ。サイコーの夢だった。……俺一人でルナを可愛がる夢ならもっとよかった」

 ルナは恐る恐る聞いた。

 「ふたりとも……同じ夢見てたの?」

 アズラエルとグレンは互いを見、「最初、なんだった」とアズラエルがグレンに聞いた。

 「最初? 一番最初は俺が入れて、すぐルナがイッたから、――で、次おまえが後ろからヤッて、おまえが抜かずに三回ルナイカせて、次は帯で緊縛プレ……」

 「グレンそれ以上言わなくていい!」

 ルナは耳を塞ぎながら言ったが、アズラエルが眉を上げて続けた。

 「で、すべすべ肌を可愛がってから、交代で対面座位――」

 「ウギャー!!」

ルナは絶叫したが、男二人は納得したように頷き合った。

 「……同じ夢じゃねえか」

 「同じだな」

 「ルゥ、おまえがもっと体力あったらなあ。夢の中でもおまえは貧弱だった」

 「でも、かなり優しくしてやったんだぞ? ゆっくり入れてやったろ?」

 「あ、あたしはちがうゆめみてたもん!!」

 「ウソつけ。俺ら二人が同じ夢なんだから、お前も同じに決まってる」

 「忘れたのか? ……なんなら、思い出させてやってもいいぞ」

 アズラエルの目が細められる。ルナはぶんぶんぶん! と頭がもげるくらい首を振った。

 「ああ。――ほんと、可愛かったなあ、おまえ」

 ニヤニヤ笑うアズラエルに、うっとりとルナの髪を撫でてくるグレン。その手を振り払い、デリカシーに欠ける猛獣二匹を涙目で睨みながらうさぎは、夢でよかったと痛切に思ったのだった。