「――覚えてねえ」

 グレンは、ごはん三杯目を片付け、納豆を残したままで唸った。猛獣たちの食欲は、大きなお櫃のごはんをすべて片付けるところだった。

 

 「グレン納豆食べなさい!」

 ルナが勢いよく言うが、グレンは「これは悪魔のくいもんだ」と言って、味噌汁の椀のふたで、納豆の入った小鉢を封印した。

 「アズも食べなさい!」

 「イヤだ」

 アズラエルも四杯目に突入はしたが、納豆だけは封印してある。

 

 「覚えてねえな――。ルナが可愛すぎたせいで、あの夢の前に見た夢はぜんぶ吹っ飛んだぜ」

 「ハッ! 早々に老人ボケか」

 「ナットウ、そのへらず口に押し込んでやるぜ? 俺はいつでもやってやる」

 「朝からケンカしたら、あたし納豆食べてディープキスするからね! ふたりに!」

 猛獣二匹は、恐ろしいものを見るような目でルナを見た。ルナはどうやら、最強の武器を手にしたようだ。レベル百。

 

 「ルゥ。俺はまだ、今日は一度しかおまえにキスしてねえ。頼むからその劇物を口にするな」

 「俺、ツケモノだって我慢して食ってんだぞ。その匂い、たまらねえ」

 「うふふ♪ ほ〜ら♪」

 この二人に対して、ルナが優位に立ったことなどかつてない。ルナはねばーと糸を引くそれを二人に近づけた。まるでにんにくでも嗅がされた吸血鬼のように、二人は鼻をつまんで身体を引いた。

 「なんでそんなもんが食えるんだよ! 腐ってるぞそれ、絶対!!」

 「くさってない! これは発酵食品なの!!」

 「ルゥ、絶対腹壊すぞ!? おまえ、弱いくせに、」

 「だってアズたち、豆乳は知ってるでしょ? それともとはおんなじなんだよ? もとはおんなじおまめなの!」

 「「同じじゃねえ!」」

 兄弟みたいな猛獣は同時に叫び、心底嫌そうな顔で互いの顔を見た。

 

 ルナは仕方がないから、食後の歯磨きはいつもより念入りにしてあげた。まだ靴を買っていないから、買うまでアズラエルに抱っこされていなければならないし。

 「グレン、ほんとに忘れちゃったの? ゆめ」

 ルナは身支度をしながら、グレンに話しかけた。グレンは納豆ショックのせいか、ルナに手を出さずにテレビの前に陣取り、ニュースチェックをしている。アズラエルも心なしかルナに距離を置き、新聞を開いている。珍しいこともあるものだ。これから、ふたりに離れてほしいときは、納豆を食べようとルナは心に決めた。

 

 「ああ。……思い出せねえ。エロ夢の前に、夢見たのは覚えてるんだけどな……。何の夢だったか忘れちまった」

 ほんとうに、きれいさっぱり忘れている。グレンは首を傾げた。記憶力はいい方だったのに。

 「アズは、ツキヨおばーちゃんとユキトおじーちゃんのゆめだけ?」

 「ああ」

 「ユキトおじーちゃんの顔、初めて見たんだね! 男前だった?」

 アズラエルは少し笑い、「いや、どっちかいうとガキみてえな感じだな。でもまあ、鼻がおふくろに似てた」

 アズラエルはふと、思いついたように顔を上げた。

 「おい、そこの銀色ハゲ」

 「そういうやつはいねえな」

 「グレン、ドーソン一族の屋敷にも、ユキトの写真って残ってねえのか」

 グレンは呆れ顔で返事をした。

 「残ってるわけねえだろ。バブロスカ革命の首謀者の写真なんて。たとえ残ってても、俺には見せてもらえねえよ」

 俺みたいな問題児にはよ、と言って、ふたたび背を向けて寝そべる。アズラエルは片眉を上げて、後は何も言わなかった。

 

 グレンはアズラエルに背を向けて寝そべったまま、ルナに聞いた。

 「ルナは見たのか? 3Pの夢以外に?」

 「3Pってゆわないの。――うんとね。今回は昔の夢じゃなかったよ」

 「昔の夢じゃない?」

 「うん。あたし、夢の中でカレンダーちゃんとチェックしたもの。1415年の四月だった」

 アズラエルも話に加わってきた。「四月って、今じゃねえか」

 「そう。あのね、バラディアさんってひとと、エーリヒさんってゆうひとがお話してたの。傭兵のこと」

 「はあ?」

グレンがテレビを消し、アズラエルも新聞を放り投げてルナの傍に来た。

 

 「バラディアって――もしかしてオトゥールの親父か?」

 アズラエルの問いに、ルナは思い出したように叫んだ。

 「あっそうだ! そうだよね、オトゥールさんのお父さん!!」

 「エーリヒって?」

 「えっとね、黒い髪の軍人さん。黒い軍服。でね、すっごいへんなひとだった」

 「変な人?」

 「うん。無表情でね、踊ってるの」

 それを聞いて、グレンとアズラエルは互いの顔を見合わせた。

 「……多分、アイツだな」

 「――アイツしかいねえだろ」

 

 黒い軍服は心理作戦部だ。しかも変人でエーリヒときたら、間違いなくひとりしかいない。

 エーリヒ・F・ゲルハルト。心理作戦部の隊長。

 

 「そのふたりが密談してたのか?」

 「ううん? 密談ってかんじじゃなかったよ? ――えーっとね、エーリヒさんがね、書斎で調べ物をしてたの。なにかね、分厚い本いっぱいあって。でね、椋鳥の紋章? ってゆうの探してた。そう、椋鳥はヴァスカビル家の紋章なんだって! でね、そこにバラディアさんが来て、バラディア様がお帰りになりましたってゆって、何か計画してるみたいなことをしゃべってたの。椋鳥は白龍グループの紋章でー、」

 

 「オオイ、待て。待てルナ」

 「ゆっくりだ、落ち着いて喋るんだ」

 「あたしおちついてるもん!」

 ルナはぷくっと頬を膨らませた。また、訳の分からないことを喋っていたのだろうか。

 

 アズラエルは眉間に皺をよせ、「――そうだな」

 「よし、こうしよう。俺たちが質問する。その質問に答えてくれ」

 「うん!」

 「場所はどこだった?」

 アズラエルの質問に、ルナは首を傾げる。

 「えーっとね、……ずっとまえ椿の宿の夢で見た、グレンのお屋敷くらいすごいお屋敷。……あ、でも、執事みたいな人が「バラディア様のお帰りです」ってゆってたから、バラディアさんのおうちかも!」

 「なるほど。――L19のロナウド邸か」

 エーリヒのゲルハルト家は、ロナウド家と姻戚筋だ。何か用があって、ロナウド家に赴いていたと考えられる。グレンとアズラエルはそう見当をつけた。

 

 「じゃあ次の質問だ。ルナ、バラディアさんとエーリヒは、なにを話してた」

 ルナは栗色の小さな頭を抱え込み、うーん、うーん、と少し唸ってから、口を開いた。

 「――あたしもなんかよく分からないんだけど――、何かの「計画」のこと」

 「計画?」

 「うん。……なんかね、傭兵グループを動かさなきゃならないってね、そういってた。でもね、なんかうまくいってないみたいでバラディアさん疲れてるみたいだったよ」

 「傭兵グループの名は? バラディアさんの口から出たか?」

 「うん。えとね、白龍グループでしょ、アズのいるメフラー商社でしょ、あとヤマトってゆうの。あの――えっと――そう。バグムントさんがいたところ、」

 「ブラッディ・ベリー?」

 「うんそうそれ! それもゆってた!!」

 「白龍グループにメフラー商社にヤマトだと? 老舗グループ巻き込んで、何を計画してやがる……」