「だけど俺、整形してるやつまでは見破れないけどな」 「整形?」 オルドの目が光った。「……整形してる人間は、無理なのか?」 「完全に別人に変わってりゃ、無理だな。ちょこっとならだいじょうぶだけど。もと心理作戦部のクラウドってヤツが乗ってるけど、知ってる?」 「いや……」 「アイツは整形してても、見破れるそうだけどね。まあ、でも、整形しても、その人物のクセってのは出るもんだからねえ」 「その通りだ」 「俺よりよっぽどクラウドのほうが向いてんじゃないの? 気があるなら誘ってみなよ」 「……」 オルドは立った。ためいきをつきながら。 「振られたのかな? 俺たちは。――まあいいさ。俺たちは名を売出し中だ。話ができただけでもよかったよ」 そういって、ラガーの店長とバグムントのまえにも、名刺を置いた。 「気が変わったら、いつでも言ってくれ」 「そこの」 ロビンは、急に声をかけられて、ビクッと跳ねたイェンに追い打ちをかけた。 「おまえくらいなら見破れる。ヘタレの真似はよすんだな。“ライアン・G・ディエゴ”。おまえがアンダー・カバーのボスだろ?」 おどおどしていたイェンが急にしゃきっと立ち、よれよれのサイケなジャケットに突っ込んでいた手を出して、Vサインをした。 「すげえな! 当たり。俺の顔を見たことが?」 「あるよ。今年できた傭兵グループの、ルーキーランクに入ってた」 「そんな細かいとこまでチェック済みとは、やっぱりナンバー2は違うな。なるほど、この程度の変装じゃ、カンタンに見破られちまうってわけか」 「……そのタトゥは自前?」 「いや。描いただけ」 そういって、ジャケットで強くこするとタトゥは剥がれた。 「あんた、――マジで俺ンとこに欲しいぜ」 イェン――ライアンは、ポケットからしわくちゃの紙幣を掴みだし、カウンターに置いた。 「騒がせ賃と、あんたの慧眼に。ここは奢るよ、じゃ、また」 若い二人が、今度は振り向きもせず店から出ていく。ライアンの足取りはしっかりとしていて、ふら付いてもいない。酔っていたのも演技か。 「若いのに、なかなか肝が据わってる」 バグムントが言い、タバコを出したところへ、ラガーの店長が火をつけてやる。 「アンダー・カバーって傭兵グループは、聞いたことがねえな」 ロビンが、しわくちゃの紙幣を、ラガーの店長のほうへ押しやりながら呟いた。 「今年一月ごろにできたグループだ」 「へえ。ほんとに最近できたばっかなんだな」 「おまえ、良く知ってるな」 「情報は常に収集しておかなきゃ。あっという間に置いて行かれるよ」 「最近はL18も騒々しいからなあ」 ラガーの店長のため息にも似たセリフに、バグムントが同意する。ロビンは、無表情でグラスを傾けた。 「あのライアン・G・ディエゴってヤツはたぶん、アズラエルなら知ってる。たしかアズラエルの一学年下だ。アカラ第一軍事学校の」 「そうなのか」 「なかなか優秀な奴で、スカウトが多かったはずだ。うちはスカウトに動かなかったが、白龍グループとヤマト、ブラッディ・ベリーが競ってスカウトした。でも結局、卒業後はどこの傭兵グループにも入らなかったが、ずっと個人で仕事を請け負ってた。今年一月にグループ立ち上げて――一風変わったグループだ。さっきアイツが言ってたように、探偵紛いのな。……たしか学校時代の同期とつくったとかで、」 「いいんじゃねえか? 覇気があってよ」 バグムントは褒めたが、ラガーの店長は呆れているようだった。 「だからってなあ、老舗グループの大物引き抜こうとするたあなあ……」 「俺は大物なのか?」 ロビンは笑った。 「俺は、面倒なことはゴメンだ。……メンドくさいのは、何よりも大嫌い」 笑って名刺を引き裂き、くず入れに捨てた。もう、用はないとでもいうように。 ラガーの外に停めてあった、中古車の運転席にはオルド、助手席にはライアンが乗っている。湿っぽい匂いがする。雨が近い。 「まさか、接触した当日に要の話が聞けるとはな」 ライアンは不敵に笑った。イカレた、サイケデリックなサングラスを取ると、それなりに男前な顔が現れる。 「これ以上、ロビンに接触する必要はなくなった。オルド、すぐレオンに連絡しろ」 「はい、ボス」 「ロビン・D・ヴァスカビルは整形した人間は見破れない。――知っている人間なら可能かもしれないが、知らない人間は、まず不可能だ」 この手の簡単な変装は、見破られて当然だな、とライアンは苦笑した。 「クラウド・A・ヴァンスハイトの件はどうします?」 「様子見だな――。クラウドとロビンが、どれだけ親しいのか、これから調査だ。クラウドとロビンを繋ぐのは、ロビンと同じメフラー商社の、アズラエルだろう。アイツは要注意だ。――とにかく、プラン・Aは実行可能だ。そう伝えろ」 「分かりました」 オルドが車を発進させながら、小さく呟いた。 「ボス、俺たちは、べつにドーソン一族の味方をしてるんじゃないですよね……」 ライアンが、オルドの肩を励ますように叩いた。 「違う」 「……違いますよね」 「俺たちは、レオンの友人だ。そうだろ?」 オルドは小さくうなずいた。 「だったら、できることをやってやるしかない。俺たちとドーソン一族は関係ない。俺たちはレオンのダチで、レオンを助けているだけだ」 雨がパラついてきた。オルドは迷いのあった目を、まっすぐにフロントガラスに向けた。迷いを振り切るように。 車は、濡れて光が反射する道路をゆっくり、K36に向けて走り出した。
|