マリアンヌのことがあった仕事時以外は、ロビンはいつでも女性三人以上とラガーに来ていた。女連れでなくとも、店に来れば、速攻ナンパに精を出していたものだ。ラガーの店長が、不吉と言いたくなるのも分かる。できれば仕事以外で男と長話などしていたくないロビンが、いつまでもラガーの店長と話しているのも、気味が悪い。

 

 「……ほら、不吉が向こうからやってきたぜ」

 ラガーの店長が素で恐しい顔で、さらにあくどく笑う。ヴィアンカが、なぜコイツを可愛いというのか謎だ。でかい店長は客に呼ばれてそっちへ行き、すぐにカウンターに戻ってきた。なぜか、ロビンのボトルを持ち出してロックを作る。

 「おいオルティス、それ俺の酒――」

 「あちらのお客様からです」

 ロビンのまえに、ウィスキーのロックが置かれた。ロビンは、ラガーの店長が顎で示したほうを見る。そこには男が二人いた。美女ではなくて。陰気くさく背を丸めている男と、サイケデリックな眼鏡をし、ジャケットの下は素肌とアクセサリーという、あまりお近づきになりたくない男と二人――ロビンのTシャツよりサイケな男は、ロビンに手を振っていた。

 

 「俺が今夜、女をナンパしなかったからか!?」

 「そうだな。だから男に声をかけられる羽目になる」

 ロビンが逃げるまえに、男二人は席を移動して、カウンターへやってきた。陰気な男がロビンと二席間を置き、ロビンの右側へ座る。陽気でサイケな男がロビンの左側へ座り、図々しく肩を叩いてきた。

 

 「よう! あんた、ロビン・D・ヴァスカビルだろ?」

 若い男はもう酔っているようだった。ロビンは仕方なくうなずく。

「俺はイェン! よろしく。で、こっちの暗ーい奴がオルドだ」

 ロビンは無言で、男の握手に応じた。

 「あ! そう邪険にするなよう。俺たちはさ、そう、あのメフラー商社のロビンがここにきてるって聞いてさ、」

 イェンはだいぶ酒臭い。

 「……お近づきになりたくて声をかけたってのか」

 ラガーの店長が、苦笑しながら呂律のまわらないイェンの代弁をした。イェンが真っ赤な顔でうんうんと頷く。

 

 良かった、ナンパじゃなくて。

 

 ロビンは、胸をなでおろす。この手のことには慣れていた。今回のツアーは軍事惑星群の人間が多いから、傭兵もたくさんいる。この店に来ると、ロビンの知らない若手の傭兵たちに羨望の眼差しを向けられたり、敵愾心丸出しにされたりすることがよくあった。

 

 「あ、あーあ、そう。どうも、よろしくね」

 ロビンはおざなりに握手をする。若い男の手はゴツイ。指だこの具合は銃をあつかっている手に違いない。背はロビンより低いが、それでも百八十センチクラス。服の下は引き締まった筋肉で覆われているし、さっきアクセサリーかと思ったのは、タトゥだった。胸から腹にかけて、一面に彫ってある。

言葉も軍事惑星群の訛りが多少入っている。地方の出だろう。

 

 ――まあ、たぶん傭兵だ。

 

 「おまえら、どこの傭兵グループだ」

 「俺たちはブラッディ・ベリー!」即座に返事が返ってくる。

 「ブラッディ・ベリー?」

 ロビンは急に歌い始めた。「ブラッディ・ベリーのアリシアは〜♪」

 イェンが戸惑った顔を見せる。ラガーの店長が笑った。「なんだ、知らねえのか?」

 

 「男に振られて数十年♪ 振られて殴って数十年♪ 男前のイイ女♪ みんなアリシアに抱かれたい♪ ……とくら、」

 バグムントが、ひどく絶妙なタイミングで会話に入ってきた。もちろん続きを歌いながら。

 「今日のおしごと終了〜♪ 一杯くれよオルティス。――ずいぶん懐かしい歌うたってるな。なんだ? 何の話だ?」

 

 「――おまえ、なんでウソをついた」

 ロビンが笑顔を崩さないまま、イェンにコンバットナイフを突きつけていた。イェンのジーンズに、ナイフの先が食い込む。

 「ブラッディ・ベリーの傭兵はみんなこの歌を知ってる。知らないやつはいねえ」

 アリシア・S・ウィザースプーンはブラッディ・ベリーの女ボスだ。ブラッディ・ベリーの連中は、親しみを込めて彼女をからかい、歌う。この歌を知らないブラッディ・ベリーの傭兵はいない。

めのまえに硬直したイェンの顔がある。「何が目的だ――、」

 

 「……綺麗でコワくてセクシーな女、俺たちのボス、アリシア♪ ――」

 

 続きが流れたのは、バグムントの口からではなく、オルドという陰気な男からだった。陰気な男は顔を上げていた。眼光の鋭い目がロビンを射抜く。

 「試すような真似をして悪かった。……たしかに俺たちはブラッディ・ベリーじゃない。イェンを離してやってくれ。悪気はない」

 ロビンがナイフを離すと、イェンは踊るようにオルドの影へ隠れた。

 

 「あんたが見抜けるかどうか試しただけだ。俺たちは、アンダー・カバー」

 「アンダー・カバー?」

 「最近つくった。認定の傭兵、それも三十前後の連中だけで結成してる」

 オルドは、名刺をロビンに渡した。

 「傭兵の資格以外に、特別な技能を持った人間だけを集めてる」

 「……何か俺に用が?」

 「ああ。俺たちのグループに入らないか」

 それを聞いたとたん、ラガーの店長もバグムントも、プーッと酒を吹きだした。

 「メ、メフラー商社ナンバー2の引き抜きかよ……! 恐れ入ったぜ」

 「若い連中ってのは、なにしでかすかわかったモンじゃねえな」

 

 「俺たちは真剣だ。あんたは、俺たちのグループでその特技を生かすべきだ」

 「あ? 特技?」

 「変装だよ。あんたの変装技術は一目置かれてる。自分が変装するだけじゃなく、他人を見破るのも得意なんだろ」

 ロビンは、ボリボリと顎を掻いた。

 「まあね――確かに変装は得意だ」

 「あんたのソレは有名だ。うちもそうだ。うちはアンダー・カバーってだけあって、探偵に似た仕事を多く受けてるんだ。スパイ任務も得意としてる。だから、あんたみたいな特殊技能を生かせるグループだ」

 「ああ、そう」

 ロビンは気のない返事を返した。