「……なんだおまえ、気味の悪い笑い方しやがって」 「いや、納得しただけさ。腑に落ちてすっきりしたな、と思って」 クラウドはふたたび歩き出した。かなり先のほうで、ミシェルが「クラウドー! グレン〜! 置いてっちゃうよ!」と叫んでいる。 「おい、行くぞ」 グレンもクラウドも、早足で歩きだした。クラウドがちらりと、グレンを見て言った。 「今度、君のマンションに遊びに行くよ」 グレンは躓くところだった。「――は!?」 「嫌なのか? 君は俺のことを嫌いだとは言わなかった。俺が勝手に君を嫌ってただけだ」 「――? まあ、それはそうだけどよ……、」 いままで徹底的に嫌われていた相手から、手のひらを返したようにそんなことを言われるのは、不気味としか言いようがない。何か企んでいるのではないかと、思いたくもなる。ましてや、クラウドは心理作戦部の人間だ。 「エレナの出産も近いって言うし、俺はセルゲイとは、結構話が合うんだ。君のことが解決したから、これで気兼ねなく行けるな」 「……」 グレンは、疑わしげな目でクラウドを見るが、クラウドはどこ吹く風だ。 「嫌なのか?」 「――いや――ああ――まあ――いつでも来いよ……」 「ありがとう」 クラウドが、輝くような笑顔を見せたので、グレンは呆気にとられて立ち尽くした。クラウドはグレンを置いて、さっさとミシェルのところへ向かう。 ――なんとなく、あの笑顔が懐かしいと感じたのは、気のせいだろうか。 「……立ち入り禁止だって」 五人は、参道の途中に張られた金網のまえで、立ち尽くしていた。 “工事中につき、立ち入り禁止” 二メートルほどの高さの金網には、そう書かれたプレートが張ってある。工事期間と、工事を請け負う建設会社の名称と、E.C.Pと書かれた看板が。 「このまえ雷が落ちたから、まだ工事中なんだね」 ルナが残念そうに言い、クラウドが「雷?」と聞いた。 「あれ? いわなかったっけ。このあいだセルゲイと来たとき、雷が落ちて絵が二枚くらい焼けちゃったの。廊下も焼け焦げてて、」 「そうだったんだ」 「そうなのかあ……、残念……」 ミシェルは本当に残念そうだった。絵が見たかったらしい。 「あたし、マーサ・ジャ・ハーナの神話好きなんだよね。見たかったなあ……、」 よほど残念だったのだろう。いつも元気なミシェルが、ショボンとしている。 「工事期間は今年いっぱいか。そんなにかかるもんなのか?」 アズラエルが言ったが、ルナが、 「金箔とか、綺麗な装飾で飾られてた建物だったし。そういうの作りなおすのに、けっこう時間かかるんじゃない?」 「……なるほどな」 「金網乗り越えて、行ってみたらどうだ」 元不良将校の言葉に、うさぎの目が釣りあがった。 「さっき悪いことしたのだれですか! イエローカードになっちゃったの誰ですか!!」 「俺です、すいません」 グレンはあっさり観念した。 「まあまあ、ミシェル。絵はここだけじゃないから。それに、工事は今年いっぱいだから、来年になれば見に来れるし、」 「……」 いつになく肩をおとしたミシェルを、クラウドが励ましていると、金網の向こう――奥殿のほうから、人が走ってきた。Tシャツにハーフパンツ。ジョギングの格好だ。アズラエルもグレンも、その男に見覚えがあった。相手も同様のようだ。こっちに気付くと、手を振ってきた。 「やあ〜! こんなとこで会うなんて奇遇だねっ!」 向こうから走ってきたのは、ここ、K05区に来る途中にある、山中のコンビニ店長――ニック・D・スペンサーだった。 「おまえ、ニック、だよな」 「そうそう! 僕の名前覚えててくれて嬉しいな♪ アズラエルと、グレンだよね!」 ニックは頑丈な金網をよじ登り、こちらがわへやってきた。 「おまえ、コンビニどうしたんだ」 「今日はお休み! だからジョギングに来たんだ。いいよねえ、森林の中でかく汗! サワヤカ!」 アズラエルがニックの相手をしていると、ルナが「だれ?」とアズラエルのジーンズを引っ張ってきた。後ろでクラウドとミシェルが、グレンに同様の質問をしている。 「あー、おまえ、半分寝てて覚えてねえだろ、」 「やあやあ! はじめまして! 僕、ニック・D・スペンサー、L02出身です!! 職業は宇宙船役員コンビニ店長!」 ニックはまず、ルナと両手で握手をし、それからクラウドとミシェルにも同じ握手をした。 「こんびにの店長さん!」 ルナは叫んだ。たらこのおにぎりのことしか覚えていない。あのおにぎりは美味しかった。 「ああ、山の中にあったよね。コンビニ。俺たちが来るときは閉まってたけど、今日オヤスミだったんだ。トイレだけ借りてきちゃったよ」 「ごめんねえ。僕以外従業員いなくてさ。僕が休みとると必然的にコンビニもお休みになっちゃうんだよ。でもあそこ、滅多に人が来なくて、一人も来ないときもあるからさ、アルバイトも雇ってないんだ」 ニックが笑う。トイレくらいならいつでも使って、と付け足しながら。 「それにしても君、L02出身? ほんとに?」 クラウドが、驚いたように目を見開いている。ニックは首にかけたタオルで、汗を拭き拭き、サワヤカに笑った。 「そうだよ。まあ、L02の住民は、滅多によその星の人間とはかかわらないからね。珍しいだろうけど、ほんとだよ。L02出身者は、宇宙船役員でも僕を入れて、五人くらいかな」 「じゃあ、君は――、」 クラウドが何か言いかけたが、ミシェルがそれを遮った。 「あの! 今、あっちから来ましたよね!? あっち、通れるんですか?」 「あ、もしかして、ギャラリー見に行きたいの?」 ニックはすぐ察してくれたようだ。ミシェルは全力で頷いた。 「うん、――まあ、だいじょうぶじゃないかとは思うんだけど……。奥殿の工事は終わってたし、」 「ほんとですか!?」 「うん。だけどあのギャラリーの絵は、このあいだの事故とは関係なく、いま修復工事中でね。株主のララさんが、あの事故があってからだれも近づけたくないって、この金網置いちゃって……、」 「ララ? ララって――あの宇宙船の株主の?」 クラウドの言葉に、ニックは頷いた。 「そうだよ。知り合い? なら、奥殿そのものはもう大丈夫だからね。いまも人は入ってなかったし、こっそりとならいいんじゃない?」 「じゃ、じゃあ――」 ミシェルは、もう金網を乗り越える勢いでいたが、ルナが心配そうに言った。 「あ、あの、でも、……さっきね、このアズとグレンのお馬鹿さんが、お店でケンカして、イエローカードにされちゃったの。次悪いことしたら、宇宙船降ろすって言われたの……だから、もう悪いことはできないの」 「ええ? イエローカードかあ。そうかあ、それは困ったねえ」 ニックが、ルナの頭をぽんぽんと撫でた。……失礼だろうか。ルナには、ニックが優しいおじいちゃんのようだと感じた。底抜けに陽気な、でも、おじいちゃん。 ニックは、外見的には、セルゲイとほぼ変わらないくらいの年齢に見える。三十代前半から、半ば。デレクのように若く見えすぎるというのもあるだろうが、それでも“おじいちゃん”は失礼のような気がした。 「じゃあさ、金網通らないで行けばいい。ここ通るなって書いてあるんだから、ほかの道から行ったらいいわけで」 「ほかに抜ける道があるのか?」 アズラエルの問いに、ニックはいたずらっぽく笑った。 「うん」そう言って、空を指さす。 全員、ニックの指につられて空を見上げたが、無論、そこには木々の茂みと、空があるだけだった。 「おい、ニック、」 「空からいこう」 |