「ヘリか飛行機でってことか?」

冗談の多い野郎だ、とグレンは呆れたが、ニックは真剣そのものだ。

「君たちは重そうだからあとでひとりずつ。女の子は二人一気に行けるな」

ニックは肩をこきりと鳴らすと、「よいしょ」と、おじいちゃんみたいな掛け声を出した。

 

――ルナたちは、信じがたいものを見た。

 

たとえば白鳥か――大きな鳥が羽ばたくときに聞こえる羽の音――バサバサバサ、という音が。

人間から聞こえるとは、だれも思わなかった。

そのバサバサバサ、は、ずいぶん長く、大きく聞こえた。

スライド式に広がっていく大きな白い翼は、人を軸にして、片翼三メートルはあるだろうか。

「この参道、狭っ!」

木の幹に羽の端っこが引っかかって、ニックは身体を斜めにした。ニックの背から現れたのは、紛うことなき翼だ。新緑の中に、目を見張るほど真っ白な翼。

「ふう」

胸を張るように空気を吸い込んだニックは、羽の重さに少しよろめく。

全員が、その光景に息をのむ。

 

「――それ、――本物か?」

グレンのセリフは、みなの気持ちを代弁していた。

「やだなあ、ホンモノだよ! ちょっとこの状態だと重いから、いつもしまってあるんだけど、飛べば羽のほうに力が入って、身体の方が軽くなるから、」

ニックは、ルナとミシェルを、ひょいと両脇に抱えた。

「じゃあ、離陸しまあ〜す♪」

「うわっ!」

ニックがふっとしゃがんで加速をつけたと思うと、ものすごい風圧がアズラエルたちを襲う。砂ぼこりに男たちは身を庇った。バササっ! と鳥が飛び立つ音の、もっと激しい音。砂ぼこりに閉じた目を見開けば、もう、ニックの姿はない。

 

「うひゃあー!!」

「すっごい!! 飛んでる〜!! きもちい〜!!」

 

ルナのマヌケな声と、ミシェルの楽しそうな声が真上から聞こえる。ニックが、巨大な白鳥のように空を飛んでいた。

どの鳥よりも、大きな翼を羽ばたかせながら。

「マジかよ……!」アズラエルが絶句している。グレンもだ。

クラウドだけが、眩しげに空を見つめていた。

「――すごい! 有翼人種だ……」

 

 

「――有翼人種って?」

 

金網を飛び越えた男たちは、小走りで奥殿へ向かいながら、クラウドの説明を待った。

「すごいなあ……! 有翼人種を生で見たのは初めてだ。感動だよ……!」

「クラウド、状況が分かってんのはてめえだけだ。一人で感動してねえで早く説明しろ、生き字引」

「……ひとを百歳の爺さんみたいに言わないでくれる? まあ、百歳の爺さんっていったら、ニックだろうけどね」

「アイツが爺さんだと?」

アズラエルの頭の中は、ますますこんがらがっているようだった。

 

「おまえ、学生時代授業受けてなかったってのが、マジで分かるな。半分は俺でも分かる。――アイツは“天使”なんだな? クラウド」

グレンのセリフに、クラウドは走りながら頷く。

「ご名答。L02は、天使を信仰する者たちの星だ。あそこは、辺境の惑星群でも、L03に並んで閉鎖的な星だけど、それには理由がある。L03みたいに宗教上の理由じゃなく、」

「どういうことだ」

「地球からL系惑星群に移住するとき、天使を愛する者たちは、迷わずL02を選んだ。理由はその星の原住民に、有翼人種がいたからだ」

「だから、有翼人種ってなんだ!」

「文字の通り、翼をもった人種だったってことだよ。地球から移住した彼らは、有翼人種との交配を望んだ。――長きにわたって有翼人種との交配を続けてきた結果、今の彼らができあがった」

「翼をもった人間てことか」

「いまでは、有翼人種と地球人との交配種でないL02の民は珍しい。原住民と戦争もなく、平和に共存しているいい例だよね。ただ、L02の民がほかの惑星の住人とあまり接触しなくなったのには、ほかの理由がある」

「なんだ?」

「地球から移住した当時の、L02の原住民の特徴は、地球人と同じ人型ではあるが、鳥類に似た翼をもち、身長は平均三メートル前後、寿命は三百年あまりだった」

 

「三百年だと!?」

グレンとアズラエルは、声を揃えて呆れた。

 

「そう。いまでは、身長も三メートルじゃなく、俺たちと変わらないようにはなってきたけど、翼をもつ遺伝子と寿命は、原住民のDNAが色濃く出た。身長は、ときおりとびぬけてでかいのがいることもあるけど、だいたい俺たちと変わらない。ニックもそうだろ? 俺ぐらいだ。いまのL02の民は、身長は俺たちと変わらないが、翼があって、寿命はおよそ三百年。長生きだよね」

「それが閉鎖的な星の理由か?」

「まあね……。そりゃ、ほかのL系惑星群にも、原住民とのハーフはいくらでもいるけどさ、L02に限っては、寿命がほかの星と違いすぎるんだ」

「そりゃまあ――三百年じゃな……」

地球人の平均寿命は、百年そこそこだ。それでも地球時代より長寿化は進んでいるが、三百年、とは比較にならない。

 

「おい――待て。じゃあ、あの男、」

グレンに続いて、アズラエルが聞く。

「おまえの見立てで言うと、いくつくらいだ」

まさかほんとうに、百歳の爺なのか。

「爺は失礼だな。L02で百歳は、まだ成人式迎えたばかりのヒヨッコだよ。えーっと、……外見的には俺たちよりすこし上くらいだろ、地球人でいうと三十代半ばくらい、となると、」

クラウドは少し考えたが、

「――百五十歳くらいには、なってるかも」

「百五十!?」

 

 

アズラエルたちが奥殿の庭に駆け込んだのとほぼ同時に、“天使”が空から降りてきた。猫とウサギを、一匹ずつ両脇に抱えて。

「あれえ? 君たち、金網抜けてきちゃったの? ひとりずつなら運んであげたのに」

ニックが、両腕のルナとミシェルを支えながら言った。ふたりとも、腰が抜けてうまく立てないようだった。ミシェルは「ジェットコースターみたいだった!」と大喜びしていたが、ルナはいまにも泡を吹きそうだった。目を回している。

「びっくり……びっくりしました……」

「あれ? ごめんね? 君たちくらいの年代ってジェットコースター好きかと思って、サービスしすぎちゃったかも」

ニックは空中で三度ほど大回転をした。これぞよけいなサービスというものである。

 

「ほんとにすごいね! 俺、有翼人種ははじめて会うんだ。……気を悪くしないといいんだけど、羽を触らせてくれる?」

クラウドは、大興奮でニックに駆け寄る。

「構わないよ」

「うわあ! すごいなあ、すべすべだ。やっぱり、この羽重いんだよね?」

「重いよ。両翼で体重と変わらないくらいあるから」

「そうなの!? そうだよね、これだけ大きかったら、……俺、小さいころ辞典でL02のことを知って、一度でいいからホンモノの天使に会ってみたかったんだ」

クラウドがこんなに大はしゃぎしているのを、ルナたちは見たことがない。ニックの羽に頬をすり寄せんばかりのクラウドを見て、アズラエルは呆れて言った。

「自分の興味ある分野だと、一気にガキにもどるよな、アイツ」

「クラウドがあんなにはしゃいでるの、あたしも初めて見たよ……」

ミシェルも呟いた。「でもあたし、ああいうクラウドも嫌いじゃないかも」

「……あんなガキみたいなやつですが、クラウドを末永くお願いします」

「いえいえこちらこそ、ルナウサギをよろしくお願いします」

アズラエルとミシェルが頭を下げあっていると、グレンが突っ込んだ。

「アズラエルおまえ、やっぱアイツの親父か何かだろ。おまえのほうがニックの百倍老けてるからな」

アズラエルがグレンを殴らなかったのは、ヘロヘロうさぎを抱きかかえていたからだ。両手が空いていたら、確実に一発殴っていた。たとえイエローカードであろうとも。