「おい、ドーソン野郎」

 アズラエルがグレンを睨んだ。「おまえは席外せ」

 「なんだと?」

 グレンのこめかみが、今度は冗談でなくピクリと波打った。

 「なんとなく、この計画の内容は見当がつく。おまえもだろ。……だったら、ドーソン一族に知られたらまずいだろうが」

 「俺が? 俺が一族のだれに漏らすっていうんだ?」

 「去年、ユージィンがおまえに電話してきたじゃねえか。まだ、おまえが一族と縁が切れたって保証はねえ」

 グレンは怒りを堪えるように、一度大きく息を吐いた。ルナが不安そうな目でふたりを見ている。

 

 「……いいか。腐るほど言ったが、俺は軍法会議の途中で姿をくらました。もう二度と、L18には戻れねえ。そんな俺が、どうやって一族に漏らす?」

 「そんなこと知るか。てめえが漏らさなくても、接触してりゃ漏れる場合もある」

 「ユージィン叔父との会話は一方的だった。俺は自分のことや宇宙船のことは、何もアイツには言ってねえ!」

「てめえの意志はどうなんだ。俺は、てめえの意志が分からねえ。てめえの意志次第じゃ、なにかあったとき、計画が漏れる確率は上がる。てめえはドーソン一族が滅ぶのを望んでるのか? それとも、滅びてほしくないのか」

 グレンが詰まった。言葉を失って、――一瞬、激しい怒りが目に宿ったが、彼のその目の色のように、冷たい静けさがグレンを覆う。あきらめだ。何度も繰り返してきた、ひどく醒めた感情。

 

 「アズ、やめて」

 ルナがなぜか涙目で、アズラエルの腕にしがみついていた。

 「アズだって家族がいるでしょう。グレンにだって、仲のいい家族がいるんだよ? そんなかんたんに、答えられないことだってあるでしょ?」

 「……」

 ルナはグレンに近寄ろうとしたが、アズラエルが容赦ない力でルナを引き戻す。グレンが苦笑し、言った。

 「――おまえは優しいな、ルナ」

 「グレ、」

 「タバコ吸ってくるよ」

 そういってグレンは立ち、部屋を出ていく。グレンの背中はすべてを拒絶していた。ルナは追いかけることもできずに、立ち尽くした。ルナはアズラエルの腕を振り払おうとしたが、すぐにアズラエルが、ルナを掴んでいた腕を離した。

 

 「アズ」

 ルナはアズラエルを怒ろうとして、口を噤んだ。アズラエルもグレンと同じ目をしていたからだ。冷え切った目。すべてを諦めたような――。

 

 「……なんだ」

 アズラエルがこたえたので、ルナはスカートのはしっこを握りながら、おずおずと言った。

 「……アズは普段なら、あんなこと言わない」

 あれは、グレンにはなにがあってもしてはいけない質問だったはずだ。

 「グレンが傷つくって分かってて言ったの? ひどいよ」

 別に部屋は禁煙ではない。アズラエルも珍しくタバコを取り出し、火をつける。

「アイツはドーソン一族だぞ」

 「そ、それはそうだけどでも――、」

 「――アイツの一族がユキトじいちゃんを騙し殺して、ツキヨばあちゃんの人生を狂わせて、俺の親父の家族を殺した。……おまえも分かってるだろ」

 

 でも――。

 ルナはぎゅっと、裾を握りしめた。

 でもそれをやったのは、グレンじゃない。

 

 「……アズ、グレンも、グレンのお父さんも、たくさんの人を助けるために――、」

 「ルゥ、来い」

 アズラエルがルナの腕を引っ張ったので、ルナはアズラエルの膝に乗った。アズラエルはタバコをもみ消して、ルナの髪を撫でた。

 「――おまえの夢は、意味がある」

 アズラエルの言葉に、ルナは目を見開いた。ルナの夢の話を聞いても、いつも疑っていて、あり得ねえとばかり言っていたのに。

 「クラウドもそれを認めてる。ミシェルはあれ以来、おかしな夢は見ないそうだ。ミシェルはな、たぶんおまえに誘発されてあの夢を見たんじゃないかって、クラウドは言う。おまえが傍にいないと、ミシェルはおかしな夢は見ない」

 「あれ、あたしのせいだったの……」

 「とにかく、今朝おまえが見た夢の内容もクラウドに知らせるし、裏付けも取るさ。エーリヒに、カマかけてもらう。……ほんとにそんな話し合いがあったかどうかをな。おまえは最近、そういった夢の見過ぎで、イマイチ現実感がねえのかもしれねえが、自分が一体、どれだけ重大なモノを見てるのか、分かってねえだろ」

 「わ、分かってるよ……!」

 「いや、分かってねえ」

 アズラエルは重々しく告げた。

 「――さっきの夢がドーソン一族に知られたら、オトゥールもミランダも……、ロナウド家は破滅だ。エーリヒだって、危ういかもしれないんだぞ」

 ルナは、背筋が冷やりとした。

 「おまえが俺たちにペラペラと喋った内容は、ドーソン一族を破滅させる計画だ。――いいか? ロナウド家はな、ドーソン家ほどの力はない。だから協力者を必要としてるんだ。その協力者に傭兵グループを選ぼうとしてるなんざ、いくらドーソン一族でも想像できねえだろうが。だが、オトゥールとマッケラン家のミラ大佐が会合を続けてるのは周知のことだ。このことも、エーリヒとバラディアさんの話に関係あるんだろう」

 「あたし――まずいこと言ったの?」

 「まずいこととは言わねえが――おまえは、もう少し考えてから話せ。軍事惑星群のことはな。危険すぎるんだよ」

 「……」

 「グレンは、ドーソン一族だ。本人が望もうと望むまいとな。本人に漏らす気がなくても、なにかあったときに一番に疑われるのはヤツだぞ」 

 「――アズは、グレンが嫌い……?」

 アズラエルの目が、ひどく冷たくなった。ルナが怯むほど。

 「嫌いだって何度も言ってるだろ」

 

 ――それはなぜ? グレンが、あたしのことを好きだから? それとも、ドーソン一族だから? 気が合わないだけ? なぜ。どうして。

 それは、さきほどアズラエルがグレンを問い詰めた質問同様、ひとことでは答えられないことのはずだ。

 

 「……っ、そんな目で見るな」

 アズラエルは眉間に皺をよせ、短い髪をかき上げた。

 「……分かってるよ! おまえの言いたいことは。俺が悪いんだろ!? でもな、ふとした拍子にアイツがドーソン一族だってこと思い出すとな、腸が煮えくり返るんだよ!」

 

 繰り返す憎しみの連鎖。ルナにはどうにもできないことだ。

 グレンはドーソン一族の嫡男で、アズラエルの家族は、そのドーソン一族に運命をめちゃくちゃに狂わされてきた。さっきアズラエルが言ったように、ユキトおじいちゃんも殺され、アダムさんの両親も殺され、ツキヨおばあちゃんも大変な目に遭ってきた。アズラエルの家族も逃亡生活を余儀なくされ――アズラエルが言わないだけで、ほかにも辛いことがあったかもしれない。たとえグレンがやったことではなくても、ドーソン一族、と聞くだけで憎しみがこみ上げてしまうアズラエルの気持ちは、仕方のないことかもしれない。

 だけど――。

 ルナは頭がもやもやしてきた。急に、桃の香りが鼻腔を擽る。