「いったい何の用だよ。俺は今バカンス中だぞ」 このセリフによると、グレンは自分からセルゲイに連絡したのではないらしい。 ルナを置きもののように座布団に配置したグレンは、パソコンの前にどっかりと胡坐をかいた。画面向こうのセルゲイは、ルナに一度にっこりと微笑み、それから言った。 『ごめんね。昨夜から、君のパソコンうるさいんだよ。夜中じゅう鳴りっぱなしだったんだ。今朝になってからも五回ぐらい鳴ったかな。なにか急の用事かもしれない。まさか、君のパソコン勝手に立ち上げて、通信出るわけにもいかないし――だから君に聞いてから対処しようと思って』 「俺のパソコンの電話が鳴りっぱなし? 部屋の電話じゃなくてか」 『そう。だから相手はテレビ通信したいんだね。心当たりはある?』 「嫌な心当たりしかねえぜ。――とにかくわかった。俺のパソコン立ち上げてこっちにつないでくれ。こっちの番号は……、」 グレンが、花桃の部屋のパソコンのパスワードを、セルゲイに告げている。ルナうさぎはグレンとのキスで窒息するまえにセルゲイが出てくれて、ものすごくほっとしていた。 『じゃあ、すぐ送るよ。まさかルーイのパソコンみたいに、ヌード画像デスクトップに置いてないよね?』 「アイツ、そんなもん置いてんのか」 エレナがパソコンを使えないことを、彼は感謝せねばなるまい。 「ねえよそんなもん。手早く頼むぜ」 『OK。じゃあね、ルナちゃん、また』 セルゲイがルナに向かってバイバイと手を振る。ルナもバイバイと手を振った。 セルゲイは通信を切った後、グレンの部屋へ行き、パソコンを立ち上げたが、その画面は安心設定のシンプルな画像だった。だがセルゲイは安心もつかの間、発見したのだった。ルナ・フォルダを。セルゲイは中身を確かめた後、笑顔でそれをゴミ箱へ移送した。 「でんわなの?」 「ああ」グレンが、タバコに火をつけた。 「おまえらの部屋出た後、外に一服しに行こうと思ってフロントの前通ったら、セルゲイから電話があったって言われてよ、」 「そうだったんだ」 「ああ――」 言いかけて、ふっとまたグレンが障子の方を見る。しばらくそっちを睨んでいたが、やがて点けかけたタバコの火を指先でもみ消し、灰皿に放り投げると、ルナに「ここにいろ」と言って銃を持った。 ルナは座布団の上で固まったまま、正座していた。 この宇宙船の中では、そう危険はないはずなのに。……というわけにもいくまい。グレンはすでに一度、傭兵に襲われているのだ。 「オイ、クソヒゲ野郎。そこにいるのは分かってる」 グレンは今度は障子をあけず、そちらに銃を向けたまま、脅すような声で言い放った。 「開けて入ってこい」 (アズ?) ルナは首を傾げたが、確かに障子の向こうにいたのはアズラエルだった。彼はグレンの言うとおり障子をあけ、奥にいるルナの姿を認めた。ルナはアズラエルが怒りだすかと思って口を尖らせて俯いていたが、アズラエルは、なにか探るようにルナを見ているだけだ。 アズラエルが躊躇いがちに「ルゥ」と呼ぶと、ルナはぴょこん、とマヌケ面を向けた。クラウドだったら、長いウサ耳が見えている仕様である。いつものルナだ。さっきの妖しい女神ではない。アズラエルはやっとグレンに視線を戻し、いきなり言った。 「俺が悪かった」 青筋でも立っていそうな仏頂面で。 グレンは首を傾げた。ルナも耳がぴーん、と立った。 アズラエルが、グレンに謝っている? 「悪かったよ。大人げなかった。てめえが腐れドーソン一族なのは変わりがねえが、おまえをひっくるめて一族にまとめたのは悪かったよ。謝る。どっちにしろおまえはドーソンもクソも関係なく、ただの銀色ハゲだってことだ」 「てめえは謝ってんのかケンカ売ってんのかどっちだ」 グレンのセリフも無理はない。だがルナは、アズラエルの耳たぶが真っ赤になっているのを発見し、正座のまま座布団から飛び上がりそうになった。アズラエルの顔はMAX凶悪顔だが、照れている。彼は照れているのだ。アズラエルはあまり表情も変わらないし、感情も分かりにくいが、ルナははじめてアズラエルが照れているのを見た。 ルナに向かってどんなに恥ずかしいセリフを吐いても、赤面ひとつしない男が。 (……今日ルナは、もうひとつ大人になった気がします) ルナは正座したまま、ひとりでコクリと頷いた。アズラエルの新たな一面を見た。アズラエルの真っ赤な耳たぶに気付けた自分にも驚きだ。 ルナがマイペースに感動しているあいだ、グレンとアズラエルはしばらく睨みあっていたが、やがてグレンはアズラエルに向けていた銃口を下ろした。 「俺がてめえを許すのは、てめえのアゴ髭がチョビ髭になったときだな」 アズラエルは肩をすくめ、「それでけっこうだ」と言って部屋に上がり込んだ。 「アズ、グレン、チョビ髭はあたし嫌!」 ルナが騒いだが、アズラエルは「どんな俺でも愛してくれよハニー」と適当に返事をして、パソコンをグレンとともに覗き込んだ。 「――なんだこれ。おまえのパソコンの履歴か?」 セルゲイが繋いでくれた、グレンのパソコンの通信画面をチェックすると、なんと一晩中グレンの電話が鳴り続けていたのが分かった。これでは、セルゲイもたまらなかったろう。すべて非通知になっている。リダイヤルすることはできない。 相手からかかってくるのを待つしかない。昨夜は律儀にも、きっかり三十分おきにかかってきていた。 「ねえ、グレン。アズのチョビひげは勘弁してあげて」 「いや。そこは断固として譲れねえな。アズラエルは俺を苛めた罰として、チョビ髭の刑だ。そうなったらおまえは俺の方が好きになるだろ?」 グレンは画面を確認しながら、ルナの相手をする。ルナは怒った。 「だったらグレンもチョビひげに――、」 「ルゥ、うるせえ」 アズラエルに言われて、ルナはあんぐりと口を開けた。うさぎは「アズなんか!」と、アズラエルの背中をぽかぽか叩いた。「アズなんか!!」 「――お、かかってきた」 「ルゥ。いい子だから静かにしてろ」 アズラエルはルナの襟首を掴み、自分の膝に乗せて黙らせた。うさぎは黙った。 パソコンが鳴りだす。グレンがキーを押すと、見知らぬ男の顔が現れた。グレンは咄嗟に判断した。背景は、どこかの屋敷だ。男の恰好は、黒の軍帽に黒の軍服――L18心理作戦部。 |