『グレン・J・ドーソン少佐ですね?』 相手の男は、柔らかな口調で告げた。軍人らしくない、当たりのいい声だ。 『私はL18軍事心理作戦部B班副隊長、ベン・J・モーリスです』 そう言いながら、画面向こうの男は軍帽を取って礼をした。 「ああ。俺はグレンだ。いったい、何の用だ」 『何度もお電話して申し訳ありません。これから話すことの信憑性のために、一度オトゥール中佐に代わります。失礼』 ベンが画面から消えてすぐ、オトゥールが現れた。 『やあ先輩』 「よう、オトゥール。おまえ、ストーカーばりに俺に電話してくれたな」 『ははは、ごめんごめん。……あれ? アズラエルじゃないか』 「おう。久しぶりだな」 アズラエルとオトゥールは、幼馴染だ。 『君たちが一緒にいるなんて、目の錯覚かと思ったよ。俺は騙されてるんじゃないよな?』 「それはこっちのセリフだ。おまえは本物のオトゥールか?」 オトゥールは笑った。 『俺だよ。ミランダへの愛の言葉千連発を聞きたい?』 「いい。確かにおまえはオトゥールだ」 アズラエルが呆れて制した。 「どうした? L18で何かあったのか?」 グレンの質問も無理もない。オトゥールは少し間を開け、 『悪いが、今回も長く説明してる時間はないんだ。アズラエル、君もいるならちょうどいい。事情はあとからグレンから聞いてくれ。――実はグレン、君のいとこのレオンが、生きている可能性が高いということが分かった』 「――なんだって?」 去年のクリスマス、グレンのいとこのレオンやマルグレットが、L11の監獄星送りになり、護送中に、爆破事故で殺された。それをグレンにいち早く知らせたのは、オトゥールだった。グレンは、何度、宇宙船を降りようかと思ったかしれない。年が明けても、なかなか立ち直れなかった。いとこたちの無残な死が、ずっとグレンを沈ませていた。 だがレオンが、――とにかく、レオンだけでも生きている。 「生きてたのか――良かった」 ほっとするグレンに、オトゥールは固い声で告げた。 『グレン、ぬか喜びさせて悪いが、事はもっと深刻なんだ』 オトゥールは少しためらったが、はっきりと言った。 『護送列車を爆破したのは、レオンかもしれない』 この言葉に、アズラエルもグレンも絶句した。 レオンのことは、アズラエルも知っている。アズラエルがグレンに殴りかかったとき、真っ先に殴り返してきた奴だ。レオンは、ドーソン一族の中では、一番グレンと仲がいい従弟で、常にグレンと行動を共にしていた。グレンを崇拝でもしているような――、つまり、傭兵差別主義に対する考え方も、グレンと同じだった。学生時代も、グレンの右腕たる生徒会の役員として、グレンを支え、いつでも恋人は傭兵だった。 彼はグレン同様、傭兵と軍人の差別をなくそうと考えていた。 だからこそ、グレンがいなくなったあと、自らが首謀者となってユージィンたち宿老を倒そうと、兵を出したのだ。 そのレオンが――なぜ。 「オトゥール……それは、本当なのか。レオンは今どこにいる」 『まだレオンの仕業と確定したわけじゃない。だが、護送列車の中にレオンの死体はなかった。レオンは、爆破数分前に、護送列車から忽然と姿を消したんだ』 「いったい、どこに――」 『捜索中だ。だがまだ見つかっていない。……もしかしたら、またドーソンのほうで何かがあるかもしれない。ドーソン一族は、君を拉致するために傭兵を送り込んだ。その前例もあることだし、君も危険だ。だから、俺たちも君を守るために、ボディガードを送ることに決めた』 「ボディガード?」 オトゥールの横に、ベンが現れた。 『グレン少佐。よろしくお願いいたします』 ボディガードって、コイツか。 『彼はさっき紹介した、ベン・J・モーリス。心理作戦部の副隊長だ。クラウドも彼を知っているはず。信頼がおける人物だ。彼が来年、地球行き宇宙船に乗り、とりあえず状況が落ち着くまで、君を守る』 「……あー、その、悪いが……、」 グレンが眉を下げた。めのまえの副隊長は、どう見ても優男だ。背はそこそこありそうだが、体術に長けているとは思えない。自分より弱いのではないか。言葉を濁したグレンの態度を見て、オトゥールも笑った。 『グレン、君の言いたいことは分かるよ。だけどね、彼は『この件』に最適なんだ』 「……最適かもな」 アズラエルが腕を組んで頷いたので、グレンはアズラエルを見た。ボディガードというなら、アズラエルのほうが最適だろう。アズラエルでなくとも、臨機応変に対応できる傭兵が一番だ。だがアズラエルが後で話す、とでもいうように頷いたので、グレンは仕方なく「分かった」と言った。 『アズラエルは彼を知っているんだね。だったらグレンに教えてやってくれ』 「ああ」 ベンはもう一度礼をし、軍帽を被った。 『では、グレン少佐。私が来年宇宙船に乗るまで、日にちがあります。その間、毎月十五日、私のほうからご連絡申し上げます。オトゥール様とのつなぎも、私がいたします』 「――分かった」 『ご報告は以上です。失礼』 めのまえの優男ベンは、そういってブチン! と通信を切った。 「おいおい。素っ気ねえな。オトゥールのヤツ、別れの挨拶もなしかよ」 アズラエルが呆れて呟いた。バラディアのことを、少し聞こうと思ったのに。 ルナは、ずっと画面に映らないように、アズラエルに頭を押さえられていたので、非常に首が痛かった。アズラエルが腕を組んだときに、やっと解放してもらえた。 グレンはグレンで、深刻な顔で俯いている。アズラエルはべつに励まそうとしたわけではなかったが、グレンに話しかけた。 「レオンって、アイツだろ? おまえみたいに、傭兵のダチが多かった……」 「ああ。……っくそ!」 グレンは一度、畳を拳で殴りつけ、開き直ったように叫んだ。 「ったく、俺はどこまで一族に振り回されりゃいいんだ! よし、このことはあとでゆっくり考えるぞ! あとでだ!! おい、チョビ髭野郎、」 「そんなやつはここにいねえ」 「アズラエル! ベン・J・モーリスってのはどんな男だ?」 「ベンはもと海軍で、エーリヒにスカウトされて心理作戦部に入った。性格は温厚。心理作戦部の中じゃ極めて常識人」 「俺のボディガードに選ばれるくらいだ。なにか特殊技能でもあるのか」 「クラウド曰く、ヤツの特殊技能は、恐ろしく忍耐強いことと、いっさいの躊躇いがないことだとよ」 それを聞いて、グレンは、「……どういうことだ」と興味を示した。 「おまえ、海軍のカイゼル大佐の事件、覚えてるか?」 グレンはちょっと考えた後、 「――ああ。あのサディスト野郎が殺された事件か」 地方の海軍駐屯地に、カイゼル大佐という厄介な将校がいた。 彼のろくでもない趣味の中で一番厄介なのが拷問で、彼は正真正銘揺らぎのないサディストだった。彼の犠牲になったのは、戦争で負けた敵兵だけではない。時として、部隊の弱い者も犠牲になった。 彼の側近はおおげさではなく、三日と持たないことで有名だった。彼のもとを無傷で離れない者はいない。たいてい、側近になったものは軍をやめる羽目になった。些細なミスを咎められ、病院行きになるものは数多くいた。彼の側近になった女性の下士官は、必ずと言っていいほど、彼にレイプされた。女の傭兵が、全裸死体で彼の宿舎から見つかったことがある。みんな彼を恐れていた。 彼が横暴がまかり通ったのは、彼の家がドーソンにつながる名家であることと、彼の軍隊の功績が、非常に高かったことだ。彼は軍法会議をいつでも免れた。死体が宿舎から見つかったとしてもだ。戦場好きのサディストは、喜び勇んで前線へ赴くため、戦争に行きたくないほかの大佐たちからは、いなくなってもらっては困る、都合のいい同僚だったのだ。 彼の勤務地が地方であり、首都アカラから離れていたことも、彼の極悪非道な行いを増長させる要因でもあった。 ――そしてある日、彼は自分の宿舎で死体で見つかった。眉間を撃ちぬかれた状態で。
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