「アイツがどうした。……アイツは、殺されたろう。たしか証拠は上がってなくて、迷宮入りしたが」

「ベンだよ。殺したのは」

「なんだって?」

「あのカイゼル大佐のもとで、一年間側近やってたそうだ」

 

グレンはさすがに呆れ返った。あの男のもとで? どうやって?

カイゼルが殺されてやっと、この一連の事件はL18全土で明るみに出た。大きな事件で、一年は、L18を騒がせた。グレンもこの事件を知ったのはだいぶあとだし、詳しいことは知らない。

カイゼルの側近は、カイゼルを知らない遠い部隊から、生贄のように選ばれていた。ほとんど三日持たない。最長で一週間というところか。みんな、心か身体を壊して軍をやめるのが、通例だった。

 

それが、一年持っただと?

 

「……よく死ななかったな」

グレンは、それだけ言うのがやっとだった。

「だろ? だからエーリヒがスカウトした。ベンは事件の事情聴取のころ、憔悴はしていたが、五体無事だったそうだ。あのあと――事件の後な、カイゼルの軍は解体されたから、ベンも一時、解雇扱いになって。それで、ベンは三か月ほど療養。そのころ、エーリヒに誘われたみてえだな。あのカイゼルのもとで一年間も無事だった。それだけでも感嘆に値する」

「ベンが殺したって――ベンは軍法会議にかけられなかったんだろ。第一、あの事件は迷宮入りで、もう時効だ。結局犯人は見つかってない」

アズラエルも頷いた。

「これはクラウドが、時効になってから、独自に調査してわかったことだ。ベンが殺したのは確かだ。カイゼルの宿舎で、一発眉間にぶち込んだ。なんで深夜に、ベンがヤツの宿舎にいたか――それは触れないでおく」

「なんでいたの?」

ルナは聞いた。

「ルナ、あえてそこを聞くか」

「多分、カマ掘られそうになって、銃が出たってことが、一番正しいだろうな」

「かま?」

「ルゥ。世の中には知らなくていいことが山ほどある。……みんな、銃声も、ベンが宿舎から出てくるのも見てるんだ。だけど、だれも口を割らなかった。その夜のことは知らぬ存ぜぬだ」

「なるほどな……。ベンを胴上げでもしたい連中ばっかだったってことか……」

「そういうことだ。みんなベンの味方はしても、売る気はなかったってことだな。なにせ、誰も手が出せなかった悪魔をぶっ殺してくれた人間だ。そのあと、クラウドがベンと一緒に仕事をするようになって、奴をよく知るようになった。直接あの事件について、ベンと話したことはないそうだが、ここからはクラウドの見解だ」

アズラエルは一呼吸おいて、言った。

 

「ベンは、非常に用心深い。だから、衝動的にカイゼルを殺したわけじゃない。たしかに身の危険を感じて、ついに銃を抜いた、というのは正しいかもしれないが、そこに至るまで、一年の間、ずっと探っていただろうというんだ」

「何をだ」

「――カイゼルを殺す時期をだ」

「……ヤツは、最初からカイゼルを殺す気だったって言うのか」

「そうだ。ベンの性格からして、衝動的に殺す、というのはあり得ないとクラウドは言う。ベンは一年間、じっと機会を伺っていた。たとえなにがあっても逃げずに、恐るべき忍耐力で、ベンは待ち、考えた。どうすればヤツを消せるかをな。緻密に計算していた。誰にも気づかれないように。自分がヤツを殺したところで、誰も自分を訴えないということも、分かってやった。計算ずみのうえでだ。ヤツは、じっくり対象を観察してるんだ。状況をな。動くべき時を見定める。そうして抜いた銃に、いっさいの躊躇いがない」

グレンは、嘆息した。

「――ある意味、一番恐ろしいやつだな」

「そうだな。笑顔を崩さずに、次の瞬間には躊躇わず銃をぶっ放せる奴だからな」

「カイゼルはだれも殺せなかった男だ。ドーソンに近い家柄だし、ヘタをすればベンが軍法会議にかけられて、一巻の終わり。しかもカイゼルは大柄だったし、失敗して反撃に出られればベンの負けだろう。確実に殺される――。人間、大きな決断の前は二の足を踏むもんだ。どんな奴でも、多少の惑いは見せる」

「そうだ。それが、寸時のぶれも、ためらいもない。ベンは淡々と、眉間を狙って撃った。狙いは正確だった。額のド真ん中」

「襲われそうになって、慌てて銃を抜いたなら、狙い通りには撃てない――」

「そういうことだな」

「アズ、かまってなに」

アズラエルは、ルナの口と耳を塞いだ。

「おまえのボディガードに適任って意味が分かるだろう。ヤツは、常に慎重に状況を見定める。そして、忍耐強く機会を待つ」

「そして適応能力が優れているうえ、いざとなったら身体が反射で動く――なるほどな。アズラエル、ルナが窒息するぞ」

ルナがもがいていたので、アズラエルはルナの口から手を離した。

「アズはあたしを潰したり窒息させる気だ!」

そういってルナはグレンの膝に逃げ込んだが、珍しくアズラエルは文句を言わなかった。

 

「グレン、できるなら、その喧しい子ウサギを黙らせろ」

 「話についていけなくて拗ねてんだよ――ウサギちゃんは。とりあえず、ベンのことは分かった」

 宇宙船に乗ってくるとは言っても、来年のことだろ、とグレンは言った。

 「さっき中断した話の続きをしよう。良かったな、ウサギちゃん。やっと話に参加できるぞ」

 ルナはグレンのお膝の上で、バンザイと両手を上げた。アズラエルは眉間を押さえた。

 「ルゥ、おまえ、いくつになりましたか」

 「二十歳!!」

 「おめでとう。今年からはもう少し大人になろうな」

 ルナはまたぺけぺけと暴れかけたが、今度はグレンががっしり捕まえていたので、身動きが取れなかった。

 「オトゥールの野郎、即効切りやがって。バラディアさんのことを聞こうと思ったのにな」

 「ああ。エーリヒが、そっちに行ってるかってこともな」

 グレンとアズラエルは、薄情な友人はさておき、ルナの夢の話を解決しておくことに決めた。この子ウサギは、話に参加できていないと、ちょこまかとうるさいし。

 

 「ルゥ、さっきの質問の続きだ」

「ええと、どこまで聞いた。――そうだ、エーリヒは、椋鳥の紋章とやらを調べてたんだな?」

 「うんそう。いっぱい本漁って、やっと見つけたーって大喜びしてたの」

 「で、ヴァスカビル家の紋章だって?」

 グレンが腕を組んだ。

 「L18じゃ、ヴァスカビルって姓は珍しくもなんともねえ。将校を出してる家柄でも、いくつかは聞いたことがある」

 「たしか、同級生にも先輩にも後輩にも、ヴァスカビルっていたな」

「そのなかに、椋鳥を紋章にしてるおうちはあるの?」

 ルナの問いに、グレンは首を振った。

 「ねえよ。――第一、良く考えても見ろ。名家が椋鳥なんか家章にするか?」

 「……それもそうだな」

 アズラエルも納得したようだ。ルナだけがわからなかったので、「なんで?」と聞いた。