「あのな、軍事惑星群じゃ、ムクドリってのは嫌われてる。害鳥なんだよ」

 「害鳥?」

 「そう。害鳥。作物を荒らしまくるから。ただでさえ軍事惑星ってのは、土地の環境が厳しくて、作物が育たない。八割がたほかの星からの輸入で賄ってる。だから、昔はよく食糧不足の危機があった。椋鳥の大量発生で作物が全く取れなくなって、輸入も間に合わずに、地方で餓死者が出たときもあってだな。……だから、そんな害鳥を家章に掲げる家なんて、よっぽどひねくれた家だぜ。「うちは害鳥です」って宣言してるようなもんだろ」

 「……そうなんだ」

 「ドーソン一族の紋章はワシ。アーズガルドは鳩。ロナウド家と、――さっきのエーリヒの、ゲルハルト家はタカだ。ロナウドとゲルハルトは、濃い親戚筋だから、ゲルハルト家は鷹を紋章に掲げることを許されてる。マッケラン家は白鳥。軍事惑星群の名家がそろって鳥を家章にしてるから、ほかの家はよほどのことがなければ――この四家に許されたってことでもないかぎり――鳥は家章にはしない」

 「……」

 「ルゥおまえ、さっき白龍グループの紋章が、椋鳥だって言わなかったか?」

 「ゆった。バラディアさんがね、白龍グループのアジトに旗が掲げられてるの見たって」

 「――アレ、椋鳥だったのか。小鳥の類だとは思ってたが、」

 「アズ、見たことあるの?」

 「ああ。メフラー商社も同じだからな」

 「ほんと!?」

 ルナは驚いて、大声を上げた。

 「メフラー商社も椋鳥の紋章!?」

 

 「うちは白龍グループみてえに大々的に飾ってねえけど、家章の旗はある。だけど、あの鳥が何かなんて、考えたこともなかったぜ。一度っきりしか見たことねえし、普段はしまってあるからな。ついでに言や、白龍とヤマトとメフラー商社がおなじ紋章だったはずだ」

 「――老舗傭兵グループがそろって椋鳥って、何か意味があるのか?」

 

 グレンが誰に言うともなく、疑問を口にして考え込んでいると、アズラエルが口を挟んだ。

 「ロビンが、その紋章をタトゥにして、左の肩に彫って――あ」

 グレンもアズラエルも、同時に口を開けた。

 「アイツ、アイツの苗字、ヴァスカビルだ……」

 「ええっ!? ――じゃあ、」

 ルナの思いついたことは、別だ。

 「“羽ばたきたい椋鳥”って、もしかして――ロビンさん?」

 「なんだ? 羽ばたきたい椋鳥って」

 今度分からないのはグレンだったが、ルナとアズラエルの中では、さまざまな線が繋がった。

 

 ミシェルの夢の中で、ボタンを探していた大きな小鳥。

 あれは、エーリヒが持っていたあの紋章を、探していたのではないか。

 

 「まさか――ロビンさんが?」

 「いや、でも……ロビンはメフラー商社に格別な思い入れがあるからな。アイツは孤児だったらしくて、メフラー親父に拾われて、親父とアマンダに育てられてきたんだ。だから、メフラー商社の紋章をタトゥにしてるだけで、特別な意味はないはずだが……、」

 「でもさ、あたしたちの身近にいる人で、ほかに“羽ばたきたい椋鳥”にぴったりくるひとはいないよ?」

 「おい。だから、羽ばたきたい椋鳥ってなんなんだよ」

 痺れを切らしたグレンが割って入ると、ルナはアズラエルと顔を見合わせ、嬉々とした表情で言った。

 「グレンにね、ZOOカードのこと教えてあげる!」

 話がだいぶ脇道に逸れそうな予感がしたアズラエルは、ふたたび眉間を押さえることになった。

 

 

 ――ルナたちが、椿の宿でやいのやいのと騒いでいたころと、前後する。

 話のネタになったロビンは、ラガーにいた。そろそろ日付も変わりそうな深夜。

 珍しく、一人で。

 

 「おまえがひとりっていうのは、明日宇宙船が小惑星に激突するかもしれねえって、考えていいのか」

 ラガーの店長は、彼のために戸棚に置いてあるウィスキーを、いつものようにロックにして、彼に出した。

 店は今夜もにぎやかだ。薄暗い店内にジャズが流れ、大人の時間はこれから。

 ロビンは、人がまばらなカウンターに腰かけ、眩しいネオンに目を細めた。今日の彼の恰好は、サイケな柄のTシャツにジーンズ。例の椋鳥のタトゥはほんのわずか、見えている。ごつい指輪をいくつもつけて、軽い兄ちゃんにしか見えない彼は、ボトルキープのウィスキーを受け取った。

 

 「そりゃまあだって、瓶がホコリかぶるまえに飲みに来なきゃ」

 ロビンは口当たりのいい酒を一口含み、口の中で転がす。

 「誘える女がいなくてもおまえは来るんだな。アズラエルあたりが知ったら怒るぞ。おまえ、アイツの誘いは全部断ってるんだろう」

 「あたりまえだろ、なんで俺が男と飲まなきゃいけないんだよ。まあ、ナンパOKの時ならよかったけど、アイツ最近、ナンパ乗らないからな。アズラエルがミシェルとルナちゃんを連れてくるなら飲みに行ってもいい、俺はそう言ってる」

 「おまえもそろそろ、だれか真剣に好きになったらどうだ」

 「俺はミシェルが好きなんだけど?」

 「人の女じゃなくてだ!」

 「かてえなあ、オルティス。人の女でも、好きなもんは好きなんだよ」

 「そのわりにゃ、おまえ、あのバーベキューパーティ以来、会ってんのかミシェルちゃんと」

 「会ってないね」

 「ほんとに、おまえって人間はよくわからねえよ」

 「そうか? 俺は分かりやすい行動取ってるつもりなんだがな」

 「どこが分かりやすいんだよ」

 「ミシェルちゃんは、クラウドと付き合ってる。思いのほかラブラブときた。今は俺が割り込んでったって、馬に蹴られて怪我するだけさ。男と女はいつも順調ってわけじゃない。必ず隙ができるときがくる。その時が狙い目だ」

 「おまえ、グレンと同じこと言いやがる」

 ラガーの店長が吐き捨てると同時に、ひとりのセクシーな女がロビンの肩を撫でていった。ロビンがその女を目で追うと、女はロビンを振り返って悩殺しながら、暗がりの席にひとり、足を組んで座る。じっとロビンの目を見つめてくる。目をそらさずに。

 

 「おい、誘われてるぞ」

 「分かってる。オルティス、彼女にもう一杯。俺のおごりで」

 「……OK」

 ラガーの店長は、いつものことだと肩をすくめ、彼女の飲んでいるハイボールを作ると彼女の席に持っていく。ロビンと女性はしばらく見つめ合っていたが、ロビンがバイバイ、と手を振ると、女性は長いタバコを指先につまんで、苦笑した。

 「おい」それを知らぬのはラガーの店長だけ。「行かねえのか」

 「あのさ、俺にだってひとりで飲みたいときくらいあるんだよ」

 「……マジで明日、小惑星に激突するぜ」

 「俺が女といねえのは、そんなに不吉か?」