サルディオネと、メルヴァの赤い糸は桃色の糸。初恋の域を出ていなかった。サルディオネのほうから伸びる糸はほんのりとピンクで、子供のような淡い恋心に、サルディオネは思わずカードののったテーブルを、ひっくり返しかけたことがある。 今は、メルヴァのほうからの糸は、薄汚れていた。 サルディオネを利用しようとしている醜い心のせいで、糸まで褪せていた。 (……メルヴァ) いまは、メルヴァをあれほど強く思う気持ちはない。ピンクの色褪せを見たくなくて、サルディオネはメルヴァのカードをしまった。 ツアオとの糸は、相変わらず赤い。ツアオが、離れていてもサルディオネを心配しているのが見て取れた。 ――ツアオは、あなたが好きなのですよ。 昔、姉にも、マリアンヌにもよく言われた。ツアオは、ずっとサルディオネを苛めていた。ブスだのチビだの、トラウマをしっかり植えつけてくれたのはツアオだ。 こどもは、好きな子ほどいじめて構いたくなる、というのを、知ってはいても、自分には絶対当てはまらないと、そう思っていた。 だが、今なら素直に思える。――姉とマリアンヌの言い分は当たっていたのだと。 朱の混じった、赤い糸。夫婦になるには、最適の赤。 メルヴァの婚約者になったことは、だれかしかを通じてツアオの耳に入った。そのころからだ。ツアオがサルディオネを苛めなくなったのは。 ツアオなりに、初恋を超えて、自分を愛してくれていたのだろうか。 そうして、淡い気持ちになったサルディオネは、今の恋人であるアントニオのカードを見て、びっくり仰天してあわててカードを箱にしまった。 アントニオの「高僧のトラ」のカードは燃えていた。すなわち、サルディオネと繋がる糸も。 あのはじめて寝た日から、サルディオネは言葉通り、リズンに通った。一週間ほど泊りがけでいたこともある。リズンに来たサルディオネに、最初はアントニオは困惑した顔をしたが、それが迷惑におもってではないことは、明らかだった。 最初は、遠慮がちにサルディオネを抱き始めたアントニオだが、日を追うにつれて困惑はなくなり、恋人同士と言って差し支えない関係になった。 アントニオが、溺れるようにサルディオネを抱くのが、嬉しかった。好きな男に愛されるのは心地いい。 (でも、なんか最近、おかしいと思ったんだ……) アントニオは最近弱っている。メルヴァから、自分たちやルナを匿っているせいだ。必要以上に、宇宙船内すべてに気を張り巡らせていなければならないため、かなり消耗している。 今は、神官が百五十人ほど集められて、アントニオの代わりをしている。百五十人もいなければ、アントニオの代わりは務まらない。もちろんリズンも休業中だ。 サルディオネは、アントニオの体力的なものを心配しているのではない。 アントニオが弱れば、「太陽の神」が表に出てきてしまう。 燃えていたZOOカードがいい証拠だ。今はほぼ八十パーセント、太陽の神が表面化している。 体力的なことはいっさい心配ない。メルヴァに対するなら、太陽の神のほうが有効なことは確かだ。太陽の神が常に出ていれば、メルヴァなど相手にならない。だが――。 (アイツを、封じていなきゃいけないって意味、分かるよ) サルディオネは赤面した。夜の神などまだいいほうだ。夜の神は、妹にしか目が向かないし、じつのところ、大変に紳士だから。 (だから、ルナに会いたかったのに。ルナ、今どこにいるんだろ) ――あの、傍若無人な帝王に、一回好き放題にされてみればわかる。 サルディオネの部屋にも、何度も電話が入っていた。アントニオから。いや――正確には太陽の神から。まだ電話ですんでいるのは、いいほうなのだろう。しばらく、真砂名神社から出られない。アントニオがなんとか、太陽の神を押さえつけるまでは。 よりによって、自分がトラに追いかけられて、かくれんぼをする羽目になるとは。そもそも、“彼”がサルディオネひとりだけで、足りているとは思えない。 ララには、「あっはっは! たまには足腰立たなくなるまで求められてみなよ! 女の本望だろ!」と笑われたが、それどころではない。 (ルナ〜! 肉食系エロ魔人から逃げるにはどうしたらいい?) ルナほど、“そっち”の経験が多い友人はサルディオネにはいない。 さっき、もうひとりの「トラ」である、グレンがいったことが本当ならば。 サルディオネは急に降ってわいた悪寒に、身体を震わせた。 グレンが椿の宿に着いたときには、もう小雨もあがっていた。 まず、自分の部屋に行き、宮司から借りた作務衣から私服に着替えた。そしてフロントに作務衣を出しに行く。クリーニングにだしてもらうためだ。 フロントへ行くと、なんといおうか、予想通りチャンから電話が入っていた。俺は観光客だぞ、俺の休日はどこにあるんだと嘆息しながら、後で電話するとフロントには告げた。 内容など分かりきっている。さっき、奥殿でしでかした重大な失態のことだろう。 (マジでヤバいかもしれねえな……) 今回ばかりは。 降ろされたとしても仕方ないだろう、と半ばあきらめの境地で、ルナたちがいた「いちいの部屋」をノックする。 「誰?」と、ルナではなくクラウドの声がした。 「俺だ」 クラウドが、襖をあけた。部屋の中には、ミシェルが寝ているだけ。アズラエルはともかく、ルナもいなかった。 「おい。俺の鉄の心臓を溶かすハニーはどこへ消えた?」 「雨に打たれすぎて頭湧いたの」 仲直り(?)したはずなのに、クラウドの辛辣さは何も変わっていない。 「ミシェルはだいじょうぶか? ――つうか、ルナはどこに行った」 「ミシェルなら大丈夫。ちょっと熱があるけど、微熱だし。ルナちゃんとアズなら、君がいないあいだに、さっさとチェックアウトしてよそへ行ったよ」 「なんだと!?」 「怒るなよ。まあ気持ちはわかるけど」 ルナが、こんな状態のミシェルを置いていくはずもない。あの性格だから、心配して、つきそうと言い出しただろう。おそらく強引に、アズラエルが連れて行ったのだ。 「君の想像は正解。……だけどさ、俺もいいって言ったんだよ。俺だって、ミシェルと二人きりでいたいし、」 「あー……、」 「ニックも明日から仕事だからって、帰った。まあ、入んなよ」 部屋は、ミシェルのために薄暗くしてある。クラウドは備え付けの冷蔵庫から缶ビールを出して、グレンに放り投げた。 グレンはプルトップを開け、座り込む。 「おまえ、別の部屋予約してたんじゃなかったのか」 「うん……。でも結局アズたちはチェックアウトしたし、ミシェルはここに寝てるし。宿泊客ほとんどいないから、わがままを聞いてもらえた」 結局、クラウドとミシェルは、この部屋に宿泊することになったのだそうだ。 「ミシェル、ぜんぜん起きねえのか」 「起きない。爆睡だよ」
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