グレンがサルーディーバを追いかけて、ひと悶着起こしていたころ。

 雨のなかを駆け抜けて宿に逃げ込み、着替えて人心地ついてから、ルナとアズラエルとクラウド、ニックはいろいろな話をした。グレンはそれを、クラウドの口から聞いた。

 「ニックは長寿の宇宙船役員だから、この船に入って長いってだけで、真砂名神社のことにも詳しいってわけじゃないみたい。ルナちゃんが一週間ここで眠ってたってことを聞いて、目を丸くしてたよ」

 「……」

 「俺も、君が帰ってくるの待ってたんだ。聞きたいことがあって」

 「聞きたいこと?」

 「大体予想つかない? ――さっきミシェルが言った言葉」

 

“いよいよ、さだめは動き出す。百三十年の時を経て。――グレン君”

“忘れてはいけない。君の役目は、終止符を打つことだ”

 

“鍵を、大切にね”

 

 「……」

 グレンはビールを一息に空けた。

 「まさか、ミシェルが君を名指しでね。妬けたよ」

 「妬くほどのことか。ぜんぜん色っぽい内容じゃねえのに」

 「まあね」

 クラウドの口調は、本気で妬いているのではなさそうだ。グレンは言った。

 「意味は半分、分かるような気がする。俺もこの椿の宿で夢を見た。……さっきの真砂名神社の奥殿に行って、”何か”を見た。鍵とやらの答えもそこにあるんだろう。――だが断片的にしか思い出せねえ」

 クラウドも、ビールを一口飲んだ。ビールを、自分の考えと一緒に咀嚼し、飲み込むように。

 「鍵って、……君なにか、鍵を持ってるの」

 「いいや」

 「さっき、ミシェルの口をついて出た、男の声はいったいだれなんだろう」

 「百三十年前のサルーディーバ」

 「……なんだって」

 「百三十年前のサルーディーバだ。それはまちがいない」

 クラウドは、常に立ち上げているノートパソコンに名を打ち込むと、検索する。すぐにこたえは出た。

 「百三十年前――っていうと、百五十六代目か」

 膨大な資料が検索できる電子辞書のページには、写真付きで百五十六代目のサルーディーバのデータがある。グレンも覗き込んだ。

 

 「――ああ、コイツだ。コイツを、もっと若くしたような奴が、俺のめのまえに立ちはだかって、」

 「なんとなく。……なんとなくだけど、ミシェルに似てる気がしない?」

 グレンはそれには同意しなかった。飲み干した缶を放り投げ、畳に仰向けになった。

 「ちくしょう! なんだってンだ。この宇宙船に入ってから、説明のつかないことばかりで参るぜ」

 それを、クラウドはさっきの言葉への同意と受け取った。クラウドは、ものすごいスピードでそのデータを読みながら、グレンに話しかける。

 

 「もちろん君は――百五十六代目のサルーディーバなんか、知りもしないよね……」

 「あたりまえだろ。……そりゃ、俺はL03に行こうとしてたからな。サルーディーバのことは多少調べた。だが、百三十年前なんて――、」

 「L03に? 君L03に行こうとしてたの? なんで?」

 クラウドが振り返り、グレンは寝そべったまま、天井を見上げながら答える。

 「そりゃ、サルーディーバに命助けてもらった礼を言いに行こうとしてたんだよ。俺もL18も、L03もいろいろあったからな。行くとしたら俺が地球行って、そのあとだろうと思ってはいたけどな。そのころだったら、状況も落ち着いてンじゃねえかって。でも、偶然サルーディーバがこの宇宙船に乗ってたから――ああ、」

 グレンは、飛び起きるようにして胡坐をかいた。

 「そういや、さっき目的は達成した。サルーディーバに、直接礼は言えた」

 「ええ? ほんとに?」

 「ほんとに。さっきオクデンでサルーディーバにあったんだよ。……まあ、端折るが、いろいろあって、サルーディーバと宮司と、サルディオネと茶ァ飲んできた」

 「茶ァ飲んだって……。……ものすごく端折ったな。まさか、話が弾んでこんなに長くなったわけじゃないんだろう?」

 「話なんて弾むかよ。気が小さくてシャイな俺は、サルーディーバのまえじゃロクに喉を通らなかったぜ」

 「どうかな。君のせいで、サルーディーバをはじめL03に、L18の軍人がこんなに粗暴で荒っぽいのばっかりだって思われなきゃいいんだが。――サルーディーバに会っただって?」

 「ああ。……端折らないで話すとだな、俺がサルーディーバを見つけて、思わず追いかけたらよ……、」

 

 グレンの説明に、クラウドの眉が次第に険しくなった。彼は、グレンの端的な説明をとりあえず最後まで聞き、最終的に、怒りをあらわにした。

 「君は実のところ、バカだろ」

 グレンは青筋を立てて深呼吸し、

 「まあ大体、言われるとは思ったけどな」

 「言われる? 言うに決まってるだろ! 君は――、」

 「いやだから、過ぎちまったモンはしょうがねえだろ……、」

 「ちょっと黙れよ!!」

 クラウドが声を荒げるので、グレンはびっくりして口を噤んだ。

 「ああ、言ってやるよ! ルナちゃんやセルゲイや、カレンやルーイの代わりにね! 君は、自分がどんな立場か本当に分かってないな! 宇宙船を降ろされた君はL18へ強制送還だ! だとしたらどうなる!? 君の命はもうないものと思えって、チャンにも言われてただろう!?」

 「……」

 グレンは、苦虫を噛み潰した顔をした。これと同じ説教を、今度はきっと、チャンから聞かねばならない。セルゲイに伝わったら、セルゲイからもだ。

 

 「おい――そう怒るな」

 グレンは、火に油を注いだ。

 「おまえが怒ることじゃねえだろう。俺が死んだって、おまえには関わりがな――、」

 左頬が、瞬間的に熱くなって、身体が傾いだ。殴られたのだと気付いたのは数秒たって、だ。左頬が、ジンジン熱い。だが、クラウドのパンチは、大して効かなかった。胡坐をかいた体勢が揺らいだだけだ。

 「……いてェな」

 それだけしか零せなかったのは、あまりに驚いたからだ。怒りすら湧いてこない。グレンは呆気にとられていた。

 「俺も痛いよ! 拳も、心臓もね!!」

 「クラウド、ミシェルが起きる、」

 「起きないよ! もう限界だ!! まえから腹が立っていたんだ、君のその、自分の命の扱い方!! その軽さ!」

 「――!!」

 グレンは胸ぐらを掴んで引き倒されていた。もう一度でも、二度でも、いつ殴りかかってもおかしくないクラウドが、めのまえにいた。

 クラウドは殴らなかったが、グレンが息苦しいほどには、シャツの胸ぐらを掴みあげた。