「何で君はそう、自分の命をないがしろにするんだ!!」

 「ないがしろにしたつもりは、」

 「ないって言えるのか!! 君の命を、どれだけの人間が心配して、惜しんで、守っていると思ってるんだ!」

 「クラウド、あのな、」

 「君が死んだら、泣く人間のことを考えたことはないのか!?」

 「……」

 「ルナちゃんも、ルーイもセルゲイも、カレンも――エレナたちだって!」

 グレンは観念したように天井を仰ぎ、右手で自分の顔を拭った。決まり悪げに。

 「ミシェルも――チャンも。――たぶん、俺も泣く」

 グレンは目を見張った。

 「君はそうだ。昔から――自分が死ねば、何でも解決すると思っている」

 

 ――昔? 

昔って、いつだ。そんな話をしたことがあったか?

ほとんど口を利いたこともないのにか。

 そんな昔と言える過去には、俺はこいつとはそう親しくなかった。

 コイツと顔を付き合わせるようになったのは、宇宙船に乗ってからだ。

 

 「……残される人間の悲しみを、考えもせずに」

 グレンの頬に、しずくが落ちる。クラウドが、泣いているのだ。またしても仰天したグレンは、思わず身を起こした。「――おい」

 クラウドはグレンを離し、鼻を啜った。よろよろと、ティッシュ箱からティッシュを掴みだして鼻をかむ。

 「俺、おまえと昔、死ぬだのなんだの、そんな大層な話したっけか」

 「……」

 クラウドは涙目でグレンを睨み、「なんだかよくわからないけど、」グレンと距離を置いて胡坐をかく。

 

 「……さっき真砂名神社に行ってから、なんとしても君を一度は殴ろうと思ってたんだ」

 なんだそりゃ。

「冗談抜かすな。それじゃ俺がアズラエルを通りすがりに殴るのと、何の違いがある」

 アズラエルの復讐だとでも、言うつもりだろうか。

 「ハッ! 君と一緒だ。理由はある」

 「じゃあ理由を言え、理由を」

 「……あれだけ死ぬなと言ったのに、君は死んだ」

 「……なんだって?」

 俺は生きてるぞ、グレンは言いかけたが。

 「忘れたふりはするな。君も夢に見ただろう? ――俺と君は従弟だった」

 

 グレンの脳裏に、断片的に失われていたパーツが、パチリと嵌められる。

 

 『俺は、もうこれ以上仲間の死を見たくない。……グレン、頼む。早まらないでくれ』

 

 「――あ」

 

 ……そうだ。俺が見ていたのは、第二次バブロスカ革命の時代の夢。

 だがまだ、あの奥殿で何をしていたかが、思い出せない。

 あそこには、なにがあったっけ。

 

 「……俺も見たんだ」

 クラウドの声に、はっとグレンは顔を上げる。

 「夢で、か?」

 「違う。真砂名神社の階段を上ってるときに」

 まるで、映画でも見ているように、鮮明に見えたのだという。最初は目を疑ったが、同じシーンをくりかえし上映されているうち、思い出した。

 自分のひとつ前の前世が、『クラウド・D・ドーソン』という名だったことも。

 

 まさか、自分が憎むべきドーソン一族のひとりだったなんて。クラウドは皮肉な笑い方をした。

 「俺が一緒にいたサルーディーバは、ミシェルの前世だろうと、薄々思ってた。やっぱり、彼がミシェルの前世で、百五十六代目のサルーディーバだったんだ……」

 クラウドはふたたび、派手に鼻をかんだ。

 

 「俺はそれで、――君に告げたかったことも思い出した」

 「告げたかったことってなんだ」

 クラウドのパンチが、今度はグレンの胸へ。まるで威力はないそれが。

 「君はひとりじゃない」

 「……」

 「孤高のトラなんて、もうやめてくれ。俺は――俺も皆も、君をひとりにするつもりなんてない。君がドーソン一族だということで、負い目を感じるなら、」

 

 グレンの目からは、涙は溢れていなかった。だが彼は、真摯に聞いていた。

 涙も出ないほど、グレンの心を凍りつかせてしまったのは誰だ。

 鉄でコーティングさせて、不可侵にしてしまったのは。

 ――その中の一人に、自分も入っている。

 自分は前世、きっと、グレンの傍にいるべきだったのだ。

 

 「俺も少なくとも、ドーソン一族だったときがある。……同罪だ」

 「……」

 「自分を断罪するなら、俺もいっしょに裁け。……殴って悪かった」

 「なんでおまえが泣くんだ」

 グレンが苦笑している。

 いいんだ。もう泣けない君の代わりに俺が泣く。そういうと、グレンは大声で笑った。

「ありがとう、クラウド」

 泣く代わりに、彼は笑った。眠ったままのミシェルも、微笑んでいるように見える。

 「君に戦うべきものがあるなら、俺も一緒に戦う」

 クラウドは、グズグズと泣いた。

 「だからもう――簡単に、死ぬなんて口にするな」

 「――分かった」

 

 ――君へ。

 告げたかった。

 

 どうして君は、ひとりで断罪し、ひとりで命を絶ったのだろう。

 君はロメリアの後を追った。

ロメリアを一人で逝かせたくないとずっと言っていた君が、役目を果たし終えたならそうすることはどこかで分かっていた。

それがきっと答えだったのだろうけど、でも君には、死んでほしくなかった。

君を信じていたのはロメリアだけじゃなかっただろう?

 俺と君は、仲がいい従弟だった。

 L18から遠く離れたL03で、君を失った喪失感はすさまじかったけれども、俺にはサルーディーバがいた。

 ロメリアを失った君の喪失感は、俺の喪失感とは比べ物にならなかったのか。

 今ならわかるかもしれない。

 俺もミシェルが死んだら、きっとそうしてしまうかもしれない。

 だけど違うんだ。

 分かるだろう? 生きなければ。

 だって、俺を愛しているのはミシェルだけじゃないから。

 アズもルナちゃんも、家族も、そしてもしかしたらエーリヒも泣くかもしれない。

 そう思ったら、生きなければと強く思うんだ。

 

 「おまえが正解だ」

 グレンは肩をすくめた。「もう言わねえよ。関係ないなんて、……二度とな」

 

 俺の想いはきっと、ロメリアとも一緒だ。

 ロメリアはきっと。

 

 ひとりじゃないと、伝えたかった。――君へ。