「ビショビショで気持ちわりーんだよ……、でっ!!」

 奥殿の外へ大股で歩いていってポロシャツを絞っていると、うしろから木の棒のようなものでパコーン! と叩かれた。木の棒は、モップの柄だった。グレンの後頭部を叩いたのは、さっきお茶を持ってきてくれた宮司だ。両手にモップとバケツを持った宮司が、ガニマタで仁王立ちしている。

 「とんでもないやつじゃ! 奥殿に土足で上がり込むわ、れでぃのまえで裸になるわ、」

 「上だけだろ! 下は脱いでねえぞ!?」

 「すっぽんぽんになっとったら、ワシがおまえを宇宙船から降ろしとるわい! 罰として、この奥殿の床、ぜんぶ掃除していきなされ!」

 「全部だと!?」

 ここの拝殿だけでも、けっこうな広さだ。宮司は、グレンの手にバケツとモップを押し付け、

 「真砂名の神も呆れてござるわ。ぜんぶ神さんが見とるでの、ズルはなしじゃぞ」

 グレンはモップを手に、大きなため息を吐く。

 「自業自得だね、グレンさん」

 サルディオネの馬鹿笑いが、拝殿に響いた。

 

 

 グレンを奥殿へ置いていったアズラエルたちは、金網を抜け、階段上の拝殿まで戻った。そのあたりまで来ると、雨は小雨になった。この程度の雨ならば、拝殿で雨宿りするより、一気に椿の宿に戻ろうという話になり、彼らは階段を駆け下り、まっすぐ椿の宿へ走った。

 

 「まあまあ! こんなに濡れて!」

 おかみの驚きようも、無理もない。全員、プールにでも飛び込んだようなありさまだ。

 「真砂名神社でいきなり豪雨が。……そうですか、それは大変でしたわね」

 ここは山のふもとで、山の天気は変わりやすいですから、とおかみは言い、バスタオルを出してくれた。椿の宿のあたりは、雲が覆っているくらいで、まだ雨は降っていない。地面も乾いている。だが、真砂名神社の奥殿がある山のほうは、まだ厚い雲が覆い、雷の音もいくばくか聞こえる。

 男たちは外でシャツを絞り、ルナもスカートのはしっこを絞って、バスタオルで水分を拭きとって中に入った。クラウドたちは、まだチェックインまえだった。予約はしていたので、着替えてからチェックインする旨を告げ、クラウドはミシェルを抱いたまま、ルナたちの櫟の部屋へ入った。

 クラウドが畳の上へミシェルを寝かせると、ルナが直ちに叫んだ。

 「はい! 男の人たちはお外へ出てください!」

 「……え?」

 「だって、ミシェル着替えさせなきゃ。風邪ひいちゃうよ」

 「あ、ああ分かった。……おい、出るぞクラウド」

 「え? 俺も?」

 「そうです! クラウドも出ます!」

 ルナウサギにぐいぐい押され、アズラエルとクラウドは櫟の部屋の外に出された。

 「いいってゆうまで入ってきちゃダメだよ!」

 うさぎはぴしゃりと襖を閉めた。

 「――ちょっと待って。なんで俺も? 俺はいいじゃないか、」

 「クラウド、諦めろ」

 食い下がるクラウドの肩を、ぽん、と叩いて慰めるアズラエルがいた。

 

 「さて、うっわー、びっしょびしょだ」

 ルナは、ミシェルを、この部屋にあるルナ用浴衣に着替えさせるつもりだった。

 「はい、ルナちゃん。このユカタかな?」

 「うん! これです……」

 ニックがルナに畳んである浴衣を渡してくれる。

 「これでしゅ……。……?」

 「……」

 

 「やあ★ 僕も追い出されちゃったよ♪」

 満面の笑顔で襖をあけて出てきたニックに、アズラエルとクラウドは声を揃えて突っ込んだ。

 「おまえが一番最初に出ろよ!!」

 

 

 ルナはどさくさまぎれに残ったニックを追い出し、ミシェルの身体を拭き、浴衣に着替えさせた。自分も濡れた髪をタオルでまとめ、自分の服に着替えてから、襖をあけた。

 「いいよ。入って」

 クラウドはいなかった。チェックインと、着替えを済ませに行ったらしい。

 いちいの部屋から見える山の雨雲は、ようやくこちらの方へ流れてきていた。いまにも降り出しそうな予感だ。部屋は暗く、もう日が沈んだような感覚になる。

 ニックは、アズラエルの分の浴衣を借りた。アズラエルも自分の服に着替える。

 ルナは、ミシェルの髪をタオルで拭き、それからニックに布団を出してもらって、ミシェルを寝かせた。

「ルゥ。雨で冷えたろ。風邪ひくまえに、ひとっ風呂浴びてきたらどうだ」

 「え? ――うん、」

 ルナはミシェルの枕元から離れようとしない。ミシェルの寝顔を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。

 

 「――やっぱり、あたしのせいかなあ……」

 「あ?」

 アズラエルも、タオルで頭をがしがし拭いている。

 「……ミシェルさっき、ギャラリーで……、」

 「ああ……、」

 ついに、ここでも雨が降り出した。さっきのような豪雨ではないが、ざあざあと強く降る気配はする。

 「なんでもかんでも、お前のせいってこたねえだろ、」

 「……」

 ニックは机の上に肩肘をつき、ふたりを穏やかな目で眺めている。

 

 「……関係ないヤツが口を挟んで悪いんだけど、」

 ニックが言った。

 「ミシェルちゃんがこうなったのは、ルナちゃんのせいではないと思うよ? ――たぶん、先ほどの男性は、ミシェルちゃんの前世のひとつだと思うんだけれども、よほど大物の前世が出てきたんだね。だからミシェルちゃんの肉体は驚いて、気絶してしまった。でも、だからといってこのまま目覚めないとかいうわけじゃない」

 ニックは、ミシェルがあそこで喋っていた内容に関しては、言及しなかった。

 「心配しないで。すぐとは言わないけれども、彼女はちゃんと起きるから」

 「……」

 半分涙ぐんでいたルナは、ニックの言葉に、こくんと頷いた。

 

 「ニック、おまえもその、なんだ。真砂名神社で起きる不思議な現象の意味、分かってんのか」

 「うん。そりゃあね、僕だって、宇宙船役員やって長いもの。あそこはいろいろあるさ」

 

 「ミシェルの具合、どう?」

 浴衣に着替えたクラウドが、自分たちの部屋のカギを持って入ってきた。

 「どうってことはねえ。グウスカ寝てるよ」

 クラウドも枕元へ寄って、ミシェルの額に手を当てた。

 「熱はなさそう」ほっとした声で言う。

 「ルナちゃん。さっき雨で冷えたでしょ? 温泉入ってきたら?」

 クラウドも、アズラエルと同じことを言う。ルナはぷるぷる首を振った。

 「あたしもミシェルの傍にいるよ」

 男三人は、顔を見合わせた。

 「ミシェルは大丈夫だよ、ルナちゃん。……ただ一つ、心配なことはと言えば、」

 クラウドは両腕を組んで、嘆息した。

 「ルナちゃんみたいに、一週間寝込んで起きないとかね。なんとなく――そっちの心配はあるかも」

 「ええ!? 一週間だって?」

 さすがにニックは驚いて、大声を上げた。

 「たしかにこの椿の宿は、不可思議な夢を見るって有名だけど、一週間はないよ」

 「……だけど、このチビウサギは寝込んだぜ? 一週間な」

 アズラエルがルナに向かって顎をしゃくると、ニックはしばらくの沈黙の後、呟いた。

 「君たち、――何者なの?」