あなたは〜♪ 鉄の心臓♪ つめたい鋼の心臓♪ 溶かすことができるのは、わたしだけ♪

 

 「その歌、聞いたことあるぞ」

 微妙な音程で口ずさんでいたのは、グレンのまえを歩くサルディオネだ。

 「うん。何年か前に流行ったよね」

 「L03でも、その歌流行ったのか」

 「あ〜、無理だろうねそれは。あたしはL52の学校で過ごしたから、知ってるの」

 グレンの声に、少し驚きが混じる。

 「そうなのか。道理で、あんたもL03の人間にしちゃ、冗談がきくと思ったよ」

 「環境が人を育てるとは、よく言ったもんだよね」

 「……」

 L52で暮らした学生時代があったとしても、L03で生まれた自分は、三つ子の魂百まで。このあいだ、アントニオに愛されるまで、サルーディーバのことをいえないほどのガチガチ頭に戻っていた。

 

 「なあ、あんた」

 グレンが不意に、思いついたとでもいうように言った。

 「あんた、……もうちょっと、背が低くなかったか?」

 サルディオネはそれを聞くと嬉しそうに振り返り、いたずらっぽく笑った。グレンは、彼女のそういう顔は悪くないと思う。綺麗、とは違うが、可愛い。

 「ふっふっふ。気づいた?」

 「ああ。まさか、伸びたのか? 身長」

 「うん。二十歳目前で伸びるなんてね。遅ればせながら成長期かも」

 サルディオネは実際、百四十八センチしかなかった。それがこのところ、急激に身長が伸びている。……まるで、今更大人になったようだと、サルディオネは思っていた。

 「姉さんも身長あるだろ? だからあのくらいは伸びるかも」

 「今何センチなんだ」

 「百六十一センチ! ルナを越したよ」

 

 きっと誰も信じない。アントニオに抱かれた後に、身長が伸び始めたなんて。

 とにかく、――アントニオとの初エッチのあとは、恐ろしく自分が変化していった。

 

 「そりゃ、良かったな」

 「っていうかさ、あたしのことはあんたでもサルディオネでもなくって、アンジェって呼んで」

 「アンジェ?」

 「あたしの本名は、アンジェリカ・D・エルバっていうんだよ」

 「アンジェリカか……」

 「分かってるよ。似合わない名前だって言うんだろ、」

 「そんなこと言ってねえじゃねえか。じゃあ、サルーディーバさんはなんていうんだ?」

 「姉さんは、本名はない」

 ぴたりと、サルディオネは止まった。

 「本名がないって言うのはおかしいね。姉さんは、生まれた時からサルーディーバだから、サルーディーバって言う名前しか持ってない」

 「……」

 

 サルディオネは、ふたたび歩き出す。グレンも特に答えずに、後を追った。彼女はてってって、とリズムをつけて階段を下りながら、

 「ねえ。全然関係ないこと聞くけどさ、」

 「なんだ」

 「たとえばアズラエルがいなくってさ、あんたとルナが付き合ってて、あんたは発情期とする」

 「……発情期?」

 「たとえばの話! ――で、ルナとやりたくってやりたくってしょーがないときに、ルナが逃げちゃったとする」

 「……なんか、あり得そうな展開なのが嫌だ」

 「たとえばだったら! で、居場所は分かってて、何回も電話かけてもルナは出ない。あんたならどのくらいでキレる?」

 「一日」

 「早すぎ!! マジで?」

 「だって、ルナは俺の女なんだろ? で、俺がヤリたくってしょーがないときに逃げたんだろ? じゃあ、地の果てまで追いかける」

 なぜだか、サルディオネがぞっとした顔をする。

 「じゃ、じゃあさ、あんたにそれなりの理性があったらって話で――、」

 「俺に、まるで理性がねえって言い方だな、おい。ルナが俺の女だったらって話だろ? 俺の女なのに、なんで逃げる?」

 「そ、それは――いろんな事情が裏にあり、」

 「じゃあ、捕まえて抱いて、満足してから事情を聴く」

 「え。えっち優先……?」

 「ったりまえだろ。ヤリてえんだから」

 

 肉食獣系カードの思想は、どこまでいっても同じか。狩って、食う。それしかない。サルディオネは遠い目をした。

 ――だれかさんも、トラだ。その思考回路は基本的には一緒だ。表に出しているか、そうでないかの違いだけで。

 

 「あのな、――なにが理由で聞いてんのかわかんねえが、自分の女が逃げたら、俺ならますます欲情するぞ?」

 「……へ?」

 グレンが、野獣系の笑みを受かべてにやりと笑う。

 「狩猟本能を刺激されるっていうか、な。……捕まえて、どうやって食ってやろうって考えるだけで、ゾクゾクする」

 「――!!!」

 サルディオネは、グレンのエロい笑みではなく、とある人間の笑みを思い出してぞっとした。

 「だからな。一日でキレても、追い詰めるのに十日かけるとかな。……そのあいだ、俺のこと考えてブルってる子ウサギちゃんを想像すると――、」

 「想像、すると?」

 「……ビンビンに立っちゃうな」

 「……セクハラ」

 サルディオネの冷たい目線にも、グレンの鉄の心臓はビクともしなかった。

 

 最近、ルナの大変さが分かってきた気がするよ。