七十五話 ZOO・コンペティション
「いやだ」 『……アズ。頼むから、わがまま言わないで戻ってきて』 「イヤだと言ったら、イヤだ!!」 『ルナちゃんのためでも?』 「てめえ、それを言やなんでも承諾すると思ってンな? 今回ばかりは聞かねえぞ? 俺は断固としてもどらねえ。俺はルゥと旅行なんだ。邪魔をするな!!」 アズラエルはガシャンっ!! と電話機が破壊されなかったのがおかしいくらいの勢いで、受話器をもとの位置に戻した。ホテルのフロントの従業員たちが怯えた目でこちらを見ていて、アズラエルは舌打ちした。 荒れるな、落ち着け俺。ここを追い出されるならともかく、宇宙船追い出されちゃたまらねえ。 目線の下には、心配げな顔のうさぎ。 「……どうしたの? 今のクラウドからだったでしょ? ミシェルがどうかしたの?」 「どうもしねえ。ミシェルは寝てる」 「クラウドなんて言ったの?」 「ハッピーな旅行をしろだとよ」 「アズが嘘をついたぞ!!」 「……あァ。嘘だ。嘘で悪かったな。でも俺は椿の宿なんぞに帰らねえぞ。またややこしい話を始める気だ」 アズラエルとルナは椿の宿を出、リゾート地であるK08のホテルに着いていた。やっとルナと二人きりのハッピースプリングデイズが始まると思いきや、次の日には、フロントに呪いの電話がきた。出ると、クラウドが今すぐ椿の宿に戻ってこいと言う。あの厄介な高性能GPSは、いつのまにかクラウドの手に戻っていたということだ。自分たちの居場所はすぐに割れる。送り出しておきながら、なんのつもりなのか。 アズラエルがイライラしていると、ふたたび電話が鳴る。クラウドに決まっている。アズラエルは仕方なくもう一度出た。アイツのしつこさは承知している。出るまで、何度もかけてよこすだろう。 「――なんだよ。……って、コラ!!」 アズラエルが電話に出た途端、すきをついて、子ウサギがアズラエルのジーンズのポケットに突っ込んまれていた、車のカギを取り上げた。アズラエルも隙だらけだったと言えばそうなのだが、まさか、超大ボケ低速うさぎに隙をつかれるとは。 「ちょっと待ってろクラウド! ――ちくしょう!!」 ルナウサギはてってってって! と一生懸命走って駐車場に向かおうとするが、たちまちアズラエルに捕獲された。ルナにウサ耳があったなら、両耳をまとめて握られているような捕獲の図。 「ルゥ」 アズラエルは脅した。 「なんのマネだ」 「……椿の宿に戻ろうよ、アズ」 「ダメだ。あそこは戻るべき場所じゃねえ。あそこに戻るくらいなら、ウチ帰るぞ」 チビウサギを捕獲してフロントに戻ると、フロント中の電話が鳴り響いていた。アズラエルは凶悪な顔で受付の電話を取る。アズラエルのこの顔だけで、宇宙船降船が決定されそうだ。クラウドが電話の向こうで、不敵に笑っている。 「アズ、楽な方を選べ。これから一か月俺にストーキングされ続けるのと、今すぐ椿の宿に来ることとな……!」 アズラエルは、恐ろしい笑顔で受話器を叩きつけて破壊した。ホテルのキャンセル料と一緒に、電話の弁償代も払って出たのは、言うまでもない。 苛つきながら椿の宿に着いたのは、夕刻。相変わらずこの宿ときたら閑古鳥で、三日もしないうちにまた宿に来たアズラエルたちは、客だ客だと大歓迎された。 なんでこの宿、こんなに人がいなくてやっていけるんだ。この宇宙船内だからだろうな。 アズラエルはウェルカム・ドリンクにも手をつけず、深々とため息を吐く。 あ、また幸せが逃げた。 「皆さん、もうお集まりですから」 仲居の言葉に、ルナもアズラエルも首を傾げる。皆さん? 通されたのは、あのだだっ広い櫟の部屋で、襖を開ける前からとても賑やかなのが、アズラエルには気にかかった。開けて後悔した。やっぱり来るんじゃなかった。 膳が並べられたその部屋は、宴会の真っ最中だったのだ。メンバーが増えている。クラウドにグレン、目覚めたミシェル、サルディオネ、セルゲイ、そしてカザマ。おまけにチャンとバグムントまで。なんで増えてんだと、喉からこれでもかと怒りが飛び出しかけたが、「お〜う、やっと来やがったか。遅えぞ〜」と、すっかりできあがったバグムントに毒気を抜かれる。 ルナまっしぐら。ミシェルのもとに駆け寄っていく。「ミシェル起きたの!」「うん。寝過ぎたせいであったま痛いけどさ」「良かったあ〜! ほんと、どうなるかと思ったよ!」 猫にまっしぐらに向かっていったうさぎはもう、恋人のことなど眼中にない。 アズラエルはクラウドを絞め殺したかったが、今はダメだ。目撃証拠が残る。 仕方なく、アズラエルの席にと、設えた膳のまえに座る。アズラエルの席は、バグムントとクラウドの間で、向かいがルナだった。ルナの隣はミシェルとサルディオネ。サルディオネはグレンと何か話していたが、ルナの顔を見つけてすぐ寄ってくる。 「ルナ!」 「アンジェ! 久しぶりっ!」 ふたりで手を取り合って飛び跳ねる。「――て、アレ?」 ルナは気づく。「アンジェ、おっきくなった?」 サルディオネはフッフーン、と、鼻から大きく息を吐いて、胸を張った。 「うん! 巨大化したよ! 遅ればせながらの成長期だね!」 サルディオネは、すでにミシェルとも打ち解けているらしく、「まあまあ座りなよ」と、ミシェルと二人で、両側からルナの手を掴んで座らせた。ルナはめのまえのお膳を見て、よだれを流しそうになった。不機嫌アズラエルとここまで一気に車を飛ばしてきたから、まともにお昼を食べていなかったのだ。 「おいしそーな料理だね〜」 「うん。今夜は宴会ってことで、昼間っから予約しておいて、用意してもらったのさ」 「マジでこのお刺身、旨かったよルナ」 ミシェルのお膳は、ほとんど食い尽くされていた。 「ルナさん、何飲みます?」 カザマがカクテルの缶やら、ビールの缶やらを回してくれた。ルナが柑橘系カクテルの缶を空けると、それを待っていたように、珍しくクラウドが、音頭を取って言った。 「とりあえずこれで、メンバーは揃った。サルディオネさんの話によると、今夜はまず皆で打ち解けようということだから、――まあ、打ち解けるも何も、みんなバーベキューパーティーのときのメンバーだしね。今夜は楽しもう! とにかく乾杯!」 「カンパーイ!!」 「かんぱあい!!」 あちこちで、グラスとコップの鳴る音が響く。ルナも、みんなとコップをぶつけあった。 「そいでさ、ルナ、聞いて聞いて! あたし今朝目ェ覚ましたんだけどさ、」 「うんうん!」 「あたしもルナに話したいこといっぱいあるよお〜!!」 「さっきさー、あたしもアンジェと喋ってたんだけど……、あ、アンジェでいい?」 「いいよ! だって同い年じゃん!」 |