「……なァ、セルゲイ」 「なんだいグレン」 「なんで、女同士で集まると、急に入り辛ェ空気になるんだろうな……」 「ほんとだよねえ。ルナちゃん、ぜんぜんこっちに気付いてないよね」 「まあまあ、あの年頃の子はみんなあんな感じですよ。こんなおばさんですみませんが、お相手してくださいね」 「おばさんだァ!? あんたは若いしキレイだぜ? 俺が保証する」 「そうですよ。カザマさんは二十代後半って言っても通じると思いますよ」 「まあ。セルゲイさんもグレンさんも、ふたりともお優しい」 「お優しい、じゃなくて本当のことでしょ。君は美しいよ、ミヒャエル」 「まあ、クラウドさんまで。ほんとに軍事惑星群の方は、口がお上手ですこと」 「なんでこんなに集まってンだ? 宴会ならそういやいいのに」 アズラエルが膳を突きながら言うと、バグムントがアズラエルのコップにビールを注ぎながら、説明してくれた。肝心のクラウドは、グレンと何やら楽しげに話している。アズラエルは驚いて、箸の先から豆を取りこぼした。 いつからこんなに仲良くなった、こいつら。 「俺もさっき呼ばれたんだよ。なんだか知らねえが――ZOO・コンペティションをやるとかで」 「なんだそりゃ」 さすがになんだそりゃと言いたくもなる。 「VIP船客のお呼びだぜ? 下々の船内役員にお断りする権利はねえよ。ましてや、ルナちゃんのためとあっちゃァな」 「ルナのため?」 「何も聞いていないのですか」 自分もなんでこの場にいるのか、よくわからないと言いながら、チャンもビールを飲んでいた。 「クラウドさんと、サルディオネさまのご計画のようですが。ルナさんはもとより、グレンさんも関わりがあるということで、私も呼ばれたのでしょうかね……。とにかく、そのZOO・コンペティションというものを行うには、その場の全員が打ち解けていないといけないそうなのです。でなければ難しいと、サルディオネ様は仰います」 「打ち解けて……?」 「ええ。同じ動物同士のコンペティションは比較的容易、しかし雑多な動物ばかりの場合、よほど仲のいい仲間たちでないと、コンペは難しいと。ですが今回は、その雑多な動物同士でコンペを行わねばならないと」 サルディオネだか何だか知らないが、L03関連は、理解の範疇を超えていることが多い。 「チャン、俺は動物じゃねえ。おまえもだな?」 「アズラエルさん」 チャンは眼鏡をクイ、と上げた。 「わたしも頭が固いですが、あなたも大概ですね。サルディオネさまのZOOカードの占いはご存じでしょう? おそらく、そのことを言っているんだと思います。――が」 今度は、チャンが、ビール瓶の口を、アズラエルに差し向けてきた。 「これはあくまでもわたしの予想なので、本当のところは。……まァ、ただ酒飲めるんだから、いいことにしましょう」 「そういうとこ、おまえも傭兵だよな」 バグムントが茶化したが、チャンは眉を上げてみせただけだ。 「グレンさんに関わりがなくても、ルナさんのためというだけでも、ご協力は致します。わたしは役員ですから」 「なあ――じゃあ、おまえらもその、ZOOカードとやらがあるのか?」 ZOOカードに名が出たから、この二人も今ここに呼ばれているのだろう。 いい年した男三人集まってする会話だろうか。占いとか動物園とか。アズラエルは心底ためいきをつきたくなったが、一応聞いてみた。 「おまえはねえのか」 バグムントが意外だという顔で言った。「あのな、サルディオネの嬢ちゃんがいうとこによると、ZOOカードがねえやつは生きてても死んでるのと同じ事って、」 「失敬だな。俺のもあったよ」 「あったのか。そりゃよかった。生きてンだなおまえも。で、なんだ?」 「アホらしくて言えるか」 「言わなきゃ、俺のは教えな〜い」 てめえはアホか。ガキか。三十後半のオッサンのセリフかそれが。 「俺のは、――傭兵のライオンだとよ」 「傭兵のライオン?」 「いかにもと言えば、いかにもですね」 チャンがフッと笑うのに少しカチンときて、「じゃあおまえのはなんだよ」と言ってやると、 「わたしは“英知ある椋鳥”です」 キラリンと光った眼鏡の奥が、すこし自慢げだ。どうやら気に入っているらしい。 「英知あるムクドリィ?」 そういえば、このチャンと言う男は白龍グループの幹部の息子で、白龍グループの紋章は椋鳥だったなと、アズラエルはぼんやり思い出した。 「で、バグムント、お前は?」 「俺はよ、“義理堅いドーベルマン”だとよ」 アズラエルは、遠慮なくビールを吹いた。笑いのためにだ。バグムントが、ドーベルマン。そういえば、面長な顔が犬に似てる気がして、大笑いしてやった。 「ピッタリだ! おまえ、傭兵時代もボディガードばっかやってたんだろ!? ワンワンって!」 「言いやがったな若造!」 バグムントのこめかみに青筋が立ち、アズラエルの首をホールドする。 「うぐっ! て、うがっ! ちょ、ぐふ!」 傭兵人生最前線を退いたとはいえ、バグムントのバカ力は健在だ。アズラエルがもがいても、まったく首のホールドが外れない。 「生意気な若造にゃ、口のきき方ってのを教えてやらなきゃな」 ギリギリギリと締め上げられ、顔色の出ないアズラエルの顔が真っ赤になってきたところで、やっとチャンの制止が入り、解放してもらえた。 「ZOO・コンペだか何だか知らねえがよ……」 アズラエルは噎せながら自棄酒を呷り、またゲホゴホとやった。 「俺とルゥの幸せな時間を邪魔していいってこた、ねえだろ!」 「おう。飲め飲め。不満は酒で洗い流せ! それが傭兵だろ!」 バグムントに注がれるまま、アズラエルはありったけの酒を身体に入れるのだった。 「アズが起きないって?」 次の日の朝、ルナはZOO・コンペティション会場に設定された花桃の部屋に行き、クラウドにそう告げた。ルナはアズラエルと「花梨の部屋」に泊まったのだが、昨日さんざやけ酒を呷ったアズラエルは、珍しく悪酔いしたのか、起きてこなかった。アズラエルは基本的にザルなのだが、昨日は気分悪く酒を呑んだからだろう。 「まァいいよアズは。“ライオン”は俺がいるしね。ルナちゃんはいてね。今回の主役なんだから」 「うん。クラウド、朝ごはん食べた?」 「え? ルナちゃんまだ食べてないの? 十時から始めるって言ってたから、食堂で何か食べてきたら?」 今回は、部屋へ朝食を運んでくれるのではないらしい。ミシェルはもうクラウドと済ませていたし、カザマとサルディオネの姿はなかった。セルゲイとグレンもまだ起きていないらしい。ルナは仕方なく、ひとりで食堂へ向かった。 だれもいない食堂には、チャンが座って新聞を読んでいた。ルナはチャンと二人きりで話したことはない。怖そうな人なのでちょっと緊張したが、彼もまた、ルナのために昨日から来てくれたのだ。ルナは「おはようございます!」と同じテーブルに座った。 「ああ、ルナさん。おはようございます」 グレンたちといるときは厳しい顔をしているが、眼鏡の奥の神経質そうな目を少し緩めて、チャンは挨拶してくれた。 「よく眠れましたか」 新聞を畳んで、チャンは言った。彼は今、食事を終えたところのようだ。 「はい! よく眠れました!」 「そうですか。ここは不思議な夢を見るって評判なんですがね。その夢のせいで、夜中に起きてしまう人がたくさんいるそうです」 「……チャンさんも、見ました?」 「いいえ。私は夢の類は滅多に見ませんし。それに、摩訶不思議なことっていうのは、あるとは思うんですが、私には縁のないことだと思っていますから」 チャンは意味深に言った。 「……たった一つのこと以外は」 たったひとつのこと? すぐに、ルナのまえに朝食が運ばれてくる。ごはんにお味噌汁に、焼き魚に、このあいだ出されたのと同じ、典型的な和食。チャンの前にはコーヒーが置かれた。 朝食を持ってきてくれた仲居さんにも、「大丈夫でしたか? よく眠れました?」と聞かれる。たしかに、ルナはかつてここで一週間も寝ていたわけだし。(たまに起きたけれども)仲居さんはルナのことをしっかり覚えているようで、気にしてくれたのか。 仲居さんにも、チャンにも説明するように、ルナは言った。 「昨日はぜんぜん夢を見ませんでした」 それは本当だ。この椿の宿に来て、初めてではないだろうか。夢も見ずぐっすり眠ったのは。仲居さんがそれはよかった、とルナのために緑茶を注いでくれ、彼女が席を離れると、ルナはすかさず聞いた。 |