謎の男だけど。たまに無精ひげ剃らずに店に出てるけど。ヘラリとした笑顔が、マヌケに見えるけど。

彼は頼もしい――はず。

 

「これからのL03を引っ張っていく人間は、辺境の惑星群から外でなきゃダメだって、アントニオはよく言ってた。それって、あのころから、今の革命の結果を予感してたのかな……」

サルディオネは宙を見てすこし考え込んだが、すぐに意識はパフェに戻った。

「……ほんとはさ、マリーもあたしと一緒にL5系の高校に行くはずだったんだけど、メルヴァがマリーと離れたくなくてゴネてさ、結局なしになった。マリーも行ってたら、何か変わったのかなって思うとこあるけど、もう過ぎたことだもんね」

「……」

「ルナはさ、マリーを恨んでないの?」

「へ!? え? あたし!?」

 

いきなりマリアンヌの話になり、ルナは戸惑う。カザマもサルディオネも、いつのまにかすっかりパフェを食べ終わり、ルナを凝視していた。ルナと言えば、半分くらい残ったグラスの中身を見つめながら、恨んでいる? 一度は自問してみたが、答えは決まっていた。

 

「い、いやあ――……恨んでるってことは、ない、なあ……」

 

「カサンドラ」というふたつ名を持つマリアンヌと言う女性のことは、アズラエルから聞いていた。拷問されていたと聞いて、ルナは身震いしたものだ。ルナの育ってきた近代的な日常とは、まったく違う世界の出来事。それが急に身近な人間から聞かされて、そのリアルさに怖くなったのを覚えている。それと同時に、なんて惨いできごとだろう、とその人に同情すら覚えたが、恨む、という感情は、頭の中も心の中も、どこを探しても出てこなかった。

アズラエルはカサンドラのことを話すとき、機嫌が悪そうだった。あまり話したくないことの部類に入っていたようだが、それは残酷な話をルナに聞かせたくない、というより、アズラエル本人が、そのカサンドラと言う人物を疎んじているように、ルナには思えたものだ。カサンドラと言う人物を説明する、アズラエルの口調のとげとげしさから。

アズラエルは、マリアンヌさんを記憶の奥深くで、恨んでいたんだろうか。

 

「あたしは、そのマリアンヌさん? とは、……えっと。直接――今世はってことね。会ったことないし。それに、やっぱり……あの、その、あの、――あの、こと……、」

「……マリーが、L18でひどい目に遭ったこと?」

サルディオネの小さな声に、ルナの眉もへの字になったが、コクリとうなずいて続ける。

「そんなめに遭ったひとのことを、恨めないよ……。かわいそうだとは思っても」

死人に鞭うつっていうんだよ、そういうのは。

ルナが口早に言うと、サルディオネはなぜか「……ありがとう」とさっきと同じくらいの声で小さく呟いた。

 

なぜ、ありがとうと言われるのか、ルナには分からなかった。

 

過ぎたことだ。

 

たとえ過去、ルナを何度も陥れたとしても、ルナはたった今、彼女を恨む気にはなれない。昔は昔、今は今。それに彼女はいま一生懸命ルナを助けてくれているのだと。それに――、

 

「……あたしと、アズやグレンやセルゲイたちがこうして生まれ変わりを繰り返す原因を作ったのがマリアンヌさんだとしたら、あたしは恨むどころか感謝するよ」

 

カザマもサルディオネも、驚いた顔でルナを見つめた。

 

「あたしは今、とっても幸せだもん。彼女は今こうして、あたしがアズやみんなといるきっかけを、作ってくれたってことにもなるんだよね」

 

そうだ。――最初は恨んだかもしれない。憎んだかもしれない。けれど、マリアンヌが自分たちに影響を及ぼしたのは、たった三回程度のこと。それ以上にルナたちは繰り返し出会って、互いを知って、愛した。

 

きっかけはマリアンヌだったかもしれないが、そのあとはずっとルナたちの物語だったのだ。途中でやめるのも、続けるのもルナたち次第だった。

 

――ただの恋じゃない。こんなに深くて長い愛を、経験できたことが。

 

今は、幸せだと思う。

 

「こんなにじょうねつてきな恋、リサだってできないよ。……だったら、感謝こそすれ、恨むなんてことはないよね」

 

マリアンヌがいなかったら、今のあたしはいない。

 

べ、と舌を出すルナに、サルディオネは小刻みに肩を震わせていたかと思うと、突然がばっと抱きついてきた。

「ルナ! やっぱあんた大好きだー!!!!!」

二人で吹っ飛んで、椅子からずり落ちるところだったというのに、カザマはおかしげに笑っているだけだ。おまけに。

 

「……おい。ひとの女に抱きつくなクソガキ」

 

機嫌の悪そうな声がしたかとおもうと、アズラエルがのっそり立っていた。

「メチャクチャ濃いコーヒーくれ」とカウンターに叫んだあと、空いている席に座り、半分寝ている目でサルディオネを睨みつける。サルディオネはますますルナに引っ付き、アズラエルにべええ、と思い切り舌を出した。さっきのルナより、よほど派手に。

「女にまでヤキモチ妬くたあ末期だな、アズラエル」

「うっせえ。離れろ」

アズラエルの脅しにも屈せず、サルディオネはニンマリと笑った。

「ルナー! 来世はあたし男になるから、アンタの彼氏にしてね!」

ルナが何か言う前に、アズラエルが目を剥いた。「バカ言え! ルゥは永遠に俺のモンだ!」

「てめーがバカ言えよ。長年恋人やってきたんだからそろそろやめとけよ! 次世代に譲れ!」

「次世代ってなんだ。意味わかんねえんだよ! L03の言語は!」

「うっわー、学のない傭兵! 最低……」

「ンだとコラ」

 

子どもみたいな言い争いを続けるふたりに、ルナはカザマと一緒に笑うことにした。

 

とりあえず、平和なのでよかったです、とルナは、椿の宿で買った絵ハガキにそう書いたのだった。

 

ツキヨおばあちゃんに届くのは、まだちょっと、先だけれど。