七十六話 陽気な天使の贈り物




 

 うさぎさん、うさぎさん。

 

 ルナは夢の中で寝ていた。夢の中で、椿の宿の布団で寝ていた。たったひとりで。隣にアズラエルはいない。だれか、ルナを呼んでいる。

 

 うさぎさん、うさぎさん。

 

 ルナは自分が呼ばれているのだとは思ってもみなかったのだが、いつかのうさぎ・コンペの時のように、手がもっふりとしたピンクの毛皮に覆われているのを見て、慌てて飛び起きた。うさぎさんって、あたしか。

 めのまえには、イケメン天使さん。

金髪の短い髪。白い衣装、大きな真っ白い羽根。昔絵本で見た天使。キラキラ光るステッキを持っている。いやに部屋中明るいと思ったら、この天使さんの天使の輪とステッキが眩しすぎるからだった。

ルナは、この天使を見たことがある気がした。

 

 「……ニックさん?」

 

 そうだ。コンビニの店長さん。天使はしーっと指を口元にたて、こう言った。

 

 うさぎさん、コンビニの、ひみつのおへやに入ったら、一番右の、上から三番目の写真をおねだりするんだよ。

 

 写真? 

ルナはぽかっと口を開け、意味も分からずにうんうんと頷いた。

 

 みんな、ほかのものに夢中になっちゃって、きっと気づかない。だからうさぎさんが忘れないようにね。

 

 そういうと、天使さんはキラキラのステッキを一度くるりと回した。そうすると、部屋がキラキラの星でいっぱいになって、ルナの上に降り注ぐ、降り注ぐ。雪崩のようにそれはキラキラと降り注いだ。その眩さに、うわあ! と感嘆の声を上げていると、パチッと目が覚めた。

 

 ルナの隣にはアズラエル。部屋は「桜」の部屋。……うん、確認しました。

おはようございます。

 椿の宿の夢にも慣れたものだ。ルナはしゃきん! と起きて朝のうさぎポーズを決め、てててーっと窓際によってざっ! とカーテンを開け、てててーっともどってアズラエルの上にどかんとダイブした。全身全霊を持って。アズラエルの口から「ゲフッ」という哀れな悲鳴。

 「朝だよっ! 起きろアズっ!!」

 

 

 ZOO・コンペが盛大に(?)執り行われた次の日、ルナたちはアズラエルの車であのK07区のコンビニに向かっていた。ZOO・コンペで、灰色ウサギが教えてくれたプレゼントをもらいに行こうという話になったのだ。例のごとく、アズラエル一人が行かないと言ったが、今回はルナの味方が多かった。クラウドがルナの味方に回っては、もはやアズラエルは敵ではなかった。

コンビニに向かうメンバーはアズラエル、ルナ、クラウド、ミシェル、そしてグレン。

セルゲイもさっき一緒に宿を出てきて、先に車を出した。意外とセルゲイはスピード狂だ。彼の車はもう後姿も見えない。

彼はコンビニには寄るが、日中ひとりになるエレナがなんとなく心配なので、椿の宿にはもどらずにいったん帰ると言った。

チャンとバグムントは、仕事があるからと朝食後にすぐ帰ったし、カザマはサルーディーバのところへ寄ると言い、昨日から椿の宿を出ていた。

 

 それにしても、みんなはあれから爆睡状態で、一回も起きずに朝まで寝た。アズラエルもコーヒーを飲んだ後、頭痛がすると言ってめずらしくずっと寝ていた。なのでルナはサルディオネと二人でおしゃべりしたり、大浴場ではしゃいでみたり、ふたりでテレビを見て爆笑したりしたのだった。夕食ついでにちょっとお酒を空けながら、サルディオネの、アントニオとの恋バナを聞いたりなんかして。深夜過ぎにサルディオネは中央役所から呼び出しがあり、「ええー!? 今からァ?」とぶつくさ言いながらも出ていった。「サルディオネ」という役職はほんとうに大忙しだ。

 ルナも仕方なく、アズラエルの隣にもどって眠りについたのだった。

 

 サルディオネもカザマも、昨夜のうちにいなくなってしまったので、今朝、コンペの説明をしたのはルナだ。みんな、ルナの説明にはとてもたくさんの疑問符を飛ばしたが、半分は理解してくれた。元から理解しがたいことだったが、ルナの説明のためにさらに理解不能な出来事になり、最終的に、ひとりずつサルディオネに連絡して内容を聞くという結論に至った。結果、うさぎのほっぺたがぷっくりして話し合いは終了したのだった。

 

 「俺はおまえが天使に見えたぜクラウド」

 「気色悪いこと言わないでくれる?」と、クラウドが車の中でかける音楽を選びながら顔をしかめたが、アズラエルはご機嫌だ。

 「てめえのお蔭で、悪魔の食いモンを見ずに済んだ」

 「和定食、そんなに嫌だったの? だったら最初からフロントでそう言えばよかったのに。聞かれなかったはずないと思うけど」

 

 今回は、クラウドが事前に気を利かせてくれていたため、アズラエルとグレンと、セルゲイとクラウドの朝食は、パンと目玉焼きとベーコンにコーヒーといったメニューだった。

椿の宿にチェックインした際、アズラエルはグレンとケンカ真っ最中だったため、朝食の指定はルナがしたのだ。部屋に案内してくれた男性は、ウェルカム・ドリンクを持ってきたときに、「朝食はどのようになさいますか」とちゃんと聞いた。店側に罪はない。椿の宿は、客の食文化に合わせて朝食の指定が可能なのだ。ルナは嫌がらせのために、全員和定食にした。アズラエルが納豆を忌み嫌っていることを知っていて。グレンの場合は「なんでもいい」といってしまったために、椿の宿の名物である和定食になっただけである。

 

 「ナットウ嫌いだったっけ? アズ」

 ジャズを選んでかけたクラウドは、アズは多少腐ったもの食べてもおなか壊さないのに、とミシェルとルナから大ブーイングを受けるセリフを吐いた。

 あれは、発酵食品なのです! くさってないです! ルナの毅然とした抗議。

 「ありゃァ、人類の食いモンじゃねえ」

 クラウドのセリフには、グレンが返事をした。ちなみに後部座席にクラウドと女二匹、運転席アズラエルに助手席グレンという、なんともひと悶着起こりそうな布陣である。

 

 「俺食えるよ、ナットウ」なぜか自慢げにクラウドが言った。

「マジかよ!!」

 前方座席のふたりが後ろを向く。

 「ちょ! アズは後ろむいちゃダメ!!」

 うさぎの抗議は当然のことだ。

 

 「クラウドは醤油入れ過ぎなのよね。絶対高血圧になるよ」

 「アレで味消してるんだよ」

 「味消したら何の意味もないじゃん!!」

 「アレを一口でも口に入れることができるってだけですげえよ……。おまえやっぱただもんじゃねえな……」

 グレンの感嘆に、クラウドはなぜか鼻高々だが、女二人は囁き合った。

 「たかが、なっとうのはなしだよね……」

 

 軍人が三人そろっているとも思えない会話をとりとめもなく続けながら、車は山中の曲がりくねった道を、途中で二三台の乗用車と、大きな観光バス一台とすれ違いながら走った。

 「あっ! イタチ! あれイタチじゃない!?」

 急にミシェルが叫んで、窓を全開にした。残雪の残る山中の冷たい空気が一気に入り込み、ルナはぶるっと震えた。

ミシェルが叫んだほうをルナも見たが、見えなかった。「イタチか知らねえが、なんかいたな」軍人の動体視力はさすがだった。アズラエルもグレンも、見たようだ。ミシェルは目をぱちぱちさせ、イタチがいたほうを眺めている。

 「野生の動物もいるなんて、ほんと、この宇宙船てどうなってるんだろーね」

 「ほんとだな。いったい誰が、どんな目的で作ったんだろう……」

 ミシェルの言葉に、クラウドも、窓の外の景色を眺めながら呟く。

 「さっき、野ウサギ注意って看板もあったぜ」

 「ホントに!?」

 アズラエルのセリフに、ルナとミシェルは、今度はその看板を目を皿のようにして探した。