あたしのZOOカードは、勝手にどこかへ行っているらしい。

 

ルナは、トラの耳を噛み噛みしながら思った。トラが『噛むなー!』と暴れているが、無意識でやっているルナは気づきもしない。

『俺の耳が涎まみれだ! この赤ん坊のような女を何とかしろ!』

 

サルディオネは、トラの悲鳴をすっかり無視して言った。

 

「――分かった。ありがとう、ジャータカの黒ウサギ。今後もおまえはどのコンペの時も出入り自由とするから、何か情報があったら教えてくれ。これからも月を眺める子ウサギを助けてやって」

『はい、ありがとうございます。ZOOの支配者よ』

ジャータカの子ウサギは、やっと微笑んだ。そして、掻き消えるようにいなくなった。

 

「終了だ。――眠れ。そして、目覚めよ」

 

サルディオネが右手を挙げ、そして下げると始まったときのように空気の層が浮く。ZOOカードがざざざ、と中央に集まり、サルディオネが指をパチン! と鳴らすと全員が目を覚ました。

 

ZOO・コンペが終わった。掛け時計が、ボーン、ボーン、と鳴って終了を知らせる。

 

「……――っ!」

 

チャンが、グラグラする頭を一度振った。バグムントも目を二三度パチパチさせ、こめかみを押さえる。みんな似たような動作をしたあと、同じように、「……なんだったんだ?」と呟いた。

 

「終わったのか」

ものすごく疲れた声で、グレンが言った。

「俺は、なんだか涎まみれになった気がするんだが――ンなわけねえよな……なんでだろうな」

グレンの頭に疑問符が浮いていたが、ルナは反省もしなかったし教えてもあげないことにした。トラちゃんの耳を噛んだことは、心の中で謝ろう。

 

「なんだかすごく疲れた。今すぐ寝たい気分」

セルゲイも、ぼんやりとした顔で言う。

 

「終わったよ。とてもいいコンペになった。あんたたちはたぶんひどくくたびれたと思う。隣室に布団が用意してあるから、寝ていったほうがいいよ。ご協力どうもありがとう」

サルディオネが慰労すると、グレンが、

「おいおい。俺たちに説明はなしか? コンペっていったいどんな話になったんだ。俺たちが寝てる間に、何があった」

「ちゃんとあとで説明するよ。まずは体と脳を休めてクリアにしなよ。みんな、思ったより疲弊してるはずだよ、たった三十分のコンペでもね」

「三十分?」

チャンが言った。

「三十分しか経っていないんですか?」

「ほんとだ……」

クラウドが腕時計を確かめ、唸った。

「三日ぐらい寝てた気がする。それも、インフルエンザで高熱出して、うんうん唸りながら寝た三日間てとこ」

「あたしもうダメ」

ミシェルが前のめりに倒れて、あっという間に寝息を立てはじめた。起きたばかりなのに。

「だから、みんな休んで。話は元気になってから。いいね」

 

サルディオネの言葉が終わらないうちに、バグムントもグレンたちも、フラフラと立って隣室へ移動し始めていた。クラウドもミシェルを抱きかかえて、自分もふらつきながら部屋を出ていく。

 

カザマとサルディオネと、この部屋に残されたルナは、座布団を一緒に片付けた。サルディオネは、床一面のZOOカードを、指を鳴らして一気に箱へしまい入れると、

「あたしらは、お茶でもしようか」

と言って立った。

 

 

三人が移動した場所は、椿の宿の食堂だ。ルナはそこで、裏メニューのパフェを、カザマの注文のお蔭で食べることができた。サルディオネもパフェの存在は知らなかった。このパフェは常連しか知らない、メニューにはないひと品。役員しか知らないでしょうね、しかも辺境の惑星群担当の――とカザマは言い、サルディオネはパフェに舌鼓をうちながら呟いた。

「宇宙船の船客ってさー、自分の担当役員と船乗ったらあと会わないもんね。絶対損だと思う。役員と仲良しになってたら、いいことだっていっぱいあんのに」

たとえばこういうパフェ食えるとかさ、と笑う。ルナも、実にそう思った。

至って普通のチョコレート・パフェだったが、ルナはパフェを食べるのは久しぶりだったし、なんとなく、いっぱい考えて疲れた後だったので、アイスと、甘いチョコレートソースと、生クリームの組み合わせが殊の外幸せに感じた。

「ああー♪ イイ♪ 疲れた脳に染みわたる、この至福の味♪」

本当にサルディオネは、サルーディーバと全く性格が違う。話しているとよけいにそう思う。シナモンやレイチェルたちと、なんら変わるところがない。L03の人間であることを、いつもルナは忘れそうになる。

 

「だってあたし、L5系の高校入ってたからね」

「ええ!? そうなんだ!」

「あら、そうだったのですか」

「アレ? ミヒャエルは知らなかったんだっけ?」

言わなかったっけかな、とサルディオネは首を傾げ、

「アントニオのお蔭だよね。あの高校の三年間は貴重だったあ。あたしがマトモな感覚――まあ、ウチの星のほかの連中よりはさ――持ってんのって、絶対あの三年間のお蔭だと思ってるもん。姉さんの蟄居の話がなかったら、大学まで行けるはずだったの。アントニオが、お金出して行かせてくれたんだよ」

「へえ……」

アントニオが。

一見お調子者のお兄さんにしか見えないアントニオだが、その実、とても面倒見がいいのはルナも分かってきていた。リズンではよくサービスしてくれるし、バーベキューパーティーのときも、一番お世話になった。