「――始める前に、あたしはルナ、あんたに謝らなきゃならない」

 

 花桃の部屋一面に、ZOOカードが敷き詰められ、そのあいだを赤外線のような色とりどりの糸が――目に痛いほどにあざやかな、触れられない糸が通っている。それを囲むようにして、今日『選ばれたメンバー』は座っていた。

 クラウド、ミシェル、グレン、セルゲイ、バグムント、チャン、カザマ、――そしてルナ。

 ルナは一番奥の上座に、そしてその真正面となる位置にサルディオネが座り、側面に皆が座る。

 

 「あたしはあんたに言わなかった。――ウサギのカードを持つものは、必ず悲劇的な死を迎える、ということをね」

 

 ルナだけではない。ミシェルも口を覆い――カザマとクラウド以外の全員は、驚愕してサルディオネを見つめる。

 

 ――ウサギのカードを持つものは、必ず悲劇的な死を迎える、だと?

 

 「おい、そりゃどういうことだ!」

 グレンが叫ぶ。だがサルディオネはそれを制するように手を上げた。

 「だから今からその説明をする。……きっかけはクラウドさんだ。クラウドさんは、色んなことを調べた末に、ウサギのカードの事実に気づいてしまった。

あたしは最近、ずっと真砂名神社にいて、先日グレンさんと会った。グレンさんが椿の宿に戻って、そのことをクラウドさんと話したきっかけで、あたしが椿の宿に呼ばれた。前々から、クラウドさんとあたしはゆっくり話したかったし、クラウドさんもそうだった。お互いの情報をあますところなく知らせ合って、情報の共有をしたかった。それで今回のZOO・コンペを開くに至った。そこまではOK?」

 「……ああ」

 グレンが浮かせた腰を、座布団の上に落ち付けた。

 

 「ルナ」

 サルディオネはルナに話しかけたが、ルナは蒼白になっている。無理もない。自分のカードは、必ず悲劇的な死を迎えるカードだと言われて、動揺しないわけがない。

 

 「ルナ、……正直言うと、だからあたしは言いたくなかった。このことはとても誤解を生みやすいことだから。あんたは普通より感じやすいし、うさぎ・コンペの夢も見た。これはだから、最後まであたしの胸にしまっておくべきことだったけれど、クラウドさんが知ってしまったからには、ここで説明しておかないと、ますます誤解を生むような表現であんたに伝わってしまうかもしれない」

 「……」

 「うさぎのカードが悲劇的な死を迎えるカードだということは、クラウドさんはマリーから聞いた。そうだね?」

 「うん、そうだよ」

 「――それは確かに間違っていないが、正解とも言い切れない。マリーは下級予言師だったし――、たしかにあたしとマリーで、このZOOカードは作った。だけどマリーは、圧倒的にZOOカードに関しての咀嚼が浅い。頭のいい子なんだけど。自分がうさぎのカードと言うこともあって、そういう風にしか見れなかったんだな。まず先に、お詫びするよ。みなを――ルナをびっくりさせたことを」

 

 サルディオネが手を回すと、ルナの身近にあるカードの大群が、一斉にきらめきを増した。色とりどりのウサギが描かれている、カードたち。

 

 「ウサギたちのカードをよくご覧。ルナ」

 まるで、イラストの中のうさぎたちが生き物のように、動いている。

 「紫のうさぎがいるね?」

 ルナが頷くと、サルディオネはそのカードに向かって命令した。

 

 「高貴なる母うさぎよ、月を眺める子うさぎに己を示せ」

 

 ルナは目を丸くした。そのカードに描かれた、綺麗なL03のベールをかぶった、赤ちゃんを抱いている紫色のうさぎが、ルナに向かってお辞儀をしたのだ。

 

 『わたくしは高貴なる母うさぎ。名前はメリッサ・J・アレクサンドロワ』

 

 「メリッサだ!?」バグムントが素っ頓狂な声をあげる。「メリッサって、あいつか?」

 「そう。あたしの担当役員の」

 サルディオネが言うのに、セルゲイとチャンは顔を見合わせた。さっき、メリッサの話をしたばかりだ。

 

 「高貴なる母うさぎよ。己の最早捨てた名を述べよ」

 サルディオネの声に、ウサギカードは少し悲しげな顔をすると、『……わたくしの捨てた名は、清らかな生贄うさぎ』とためらいがちに言った。

 

 生贄。セルゲイの頭に、さっきチャンから聞いた話が蘇る。チャンも同様だったようだ。紫のウサギのカードに釘付けになっている。

 

 「高貴なる母うさぎ。おまえはもう死ぬ運命にはないのだな? それを高らかに宣言せよ」

 サルディオネがそういうと、カードは薄紫の綺麗な光をキラキラと煌めかせる。ルナがおもわず、うっとりしてしまうほどの。

 

 『わたくしの運命は変わりました。夫のお蔭で、チャンのお蔭で。皆様方のお蔭で。この宇宙船のお蔭で。わたしのうさぎとしての使命は、これからわたしが担当する船客のために、わが子のためにあります。わたしは生きることを、もはや“諦め”たりはしないでしょう』

 

 紫のウサギのカードはそう言うと、やがて静かにカードの群れの中に戻った。

 

 「……今のを聞いたかい? ルナ」

 「……え? え、う、うん……」

 ルナはカードの美しさに、ぼうっと見惚れてしまっていた。確かにちゃんと聞いていたけれども。

 「どう思った?」

 「どう思ったって――」

 

 生きることを諦める? ルナはそれが気になった。

 

 「そう。なんにだって理由がある。どうして、悲劇的な死を迎えねばならないのか? 根本はそこだ。うさぎのカードが悲劇的な死を迎えるのには、理由がある」

 

 サルディオネがぴっと指を立てると、一枚のうさぎカードが、スポットライトを浴びて輝く。

 「うさぎのカードはさ、みんな優しくて、自己犠牲的な性質を宿してる人間が多い。だからかならず、だれかのためにその人生を捧げてしまうのさ。あるいは国に、ひとびとの幸せのために、あるいは隣人のために、家族、恋人、友人のために」

 「だれかの、ために?」

 「そう。うさぎのカードは、かならずその人生をだれかのために使う。だけど、それゆえに、その命まで捧げてしまうことがとても多いの。そしてそれを美学だと思ってしまううさぎが、大多数なんだ」

 「……」

 「悲劇的な死を迎える、とだけいえばうさぎだけに限らない。ほかの動物だって悲劇的な死を迎える者はいる。だけど、うさぎはそういった運命の場合、命をかけたときに簡単にその命を諦めてしまう者が多いんだ。ヘビとかなんか、やたら粘るけどね。意地でも死んでたまるかって運命を覆そうとする。でも、うさぎはそういう粘り強さに欠けるんだ。ま、そうじゃないうさぎもいる」

 

 スポットライトを浴びたうさぎは、ルナがいつか、うさぎ・コンペで見たグレーのしましま、おじいさんうさぎ。

 

 『わたしは記録する灰色うさぎ。生前の名はエリック・D・ブラスナー』

 

 軍事惑星群出身者だけが息をのむ。あの「バブロスカ〜革命の血潮〜」を書いた、革命の志士が。

 彼らが、傭兵の認定制度を軍に認めさせたのだ。傭兵にとっては、憧れの象徴だ。バグムントもチャンも、食い入るようにカードを見つめている。