チャンですら、話がうまく処理できずに混乱している。バグムントが、ついにタバコに手を伸ばした。 「待ってください。その日記をユージィンが調査って――L18に関係あるのですか」 「そう。「マリアンヌの日記」には、L18を――というより、ドーソン一族を壊滅においやる秘策が書かれている」 「秘策――だって?」 「しょうがないな。あんまり、ZOOカードつかってる間は人の名前出したくないんだけど……ルナの前世の一つは、第二次バブロスカ革命の首謀者、ロメリアなんだよ」 「なんだとう!?」 バグムントの絶叫。無理もない。第一次、第二次バブロスカ革命は、そのすべての詳細が謎だ。首謀者の名すら残っていないのだ。 「待ってください。どこにそんな証拠が。ロメリアなんて男は、記録に残ってない」 「ないさ。ZOOカードには出てくるけれど」 「適当なことを言わないでください。あなたは、それがL18にとってどれほど重要なことか、分かっていないでしょう!」 「……」 「L03の予言者の証言は、その予言に従う確たる証拠があってこそ、法的な場に出せる。……予言だけでは意味がない!」 「確かにそうだけど」 「あなたはたしかに高名な占術師だ。だが、それが本当だと――ロメリアと言う男が、第二次バブロスカ革命の首謀者だと、断言できるのですか!」 「……」 チャンが燃え盛るような目で、サルディオネを睨み据えている。一歩も引かないという構えだ。 「それがあなたの思い込みであれば――傭兵すべてを敵に回しますよ」 「チャンさん」 カザマが、なだめるようにチャンの肩に手をおく。 「分かりますか? 今軍事惑星は決定的な証拠を欲しがっている。ドーソン一族を最終的に追い落とすためには、第三次バブロスカ革命の事実だけでは足りない。第一次と第二次の証拠も必要なんです。だがそれがない。L55は、おそらくその証拠がないと、ドーソン一族の高官たちを、あの牢獄の星から呼び戻します。今、L系惑星群は戦火が拡大化している。そんな最中なのにL18が混乱している。戦火がこれ以上拡大するようなら、罷免したドーソンの高官を呼び戻すしかない。彼らが戻ってきたら、すべてはもとの木阿弥だ。――いや、もっとひどいことになる。彼らは、自分たちを更迭した人間を、次々に死に追いやるでしょう。傭兵への抑圧は――もっとひどくなる」 「チャン、落ち着けよ」 バグムントが抑えにかかるが、チャンの口舌は止まらない。 「決定的な証拠を、あなたが出せるんですか!? 出せないなら、中途半端なことはやめてください! ますます混乱に陥るだけだ!」 「おい、落ち着けボウズ」 バグムントが、火をつけていないくわえ煙草を噛みしめて、強引にチャンを座らせる。 「らしくもねえ。そう熱くなるな」 そしてサルディオネに向かって、手をひらひらと振った。 「悪いな嬢ちゃん」 「いいや。あたしが悪かった。デリケートな話なのに、軽くいいすぎたよ」 サルディオネが嘆息して、首を振る。 「あたしはなにも、軍事惑星群の証拠のために、バブロスカ革命の話を持ち出したんじゃない。ZOOカードが教えてくれる以外は、あたしはバブロスカ革命のことなんて、ちっとも知らないんだから。そうじゃなくて、ルナの前世がマリーと関わっている。そこから今回の、ルナが命を狙われるって話に発展したと、言いたかった」 「……すみません。多少、熱くなりました……」 チャンは座ったが、まだ感情の乱れは落ち着いていない。チャンにしては珍しいことだった。妙に緊張した空気が漂ったが、サルディオネは構わずに言葉を続ける。 「そのロメリア、だけどね。――彼の意志は、軍人と傭兵の差別をなくし、だれもが手を取り合えるL18を作ることだった――マリアンヌは、前世できなかったこと――ロメリアを助けることだけれども――今度こそ、それを実行しようとした。ロメリアの生まれ変わりであるルナを、助けようとした。マリアンヌは人生のほとんどを、その日記を書くことに費やしてきたんだよ」 「その“マリアンヌの日記”ってのは、いったいなんなんだ」 グレンが尋ねたが、 「あたしも、読んだことないんだよ」 サルディオネは、少し悔しげに首を振った。 「マリーは、あたしにも姉さんにも見せてくれなかった。ただ、メルヴァには見せたらしい」 「内容が分からなけりゃ、どうしようもねえわな……」 「でも、さっきドーソン一族を壊滅においやる秘策があるって――」 ミシェルの言葉に、サルディオネは頷いた。 「マリーは、あたしと姉さんに、それだけ教えてくれたんだ。そういった大切なことが書かれている記録で、だからこれはただの日記じゃない。誰の目にも触れさせてはいけない。来たるべきときが来るまで、封印しておかねばならない。そう真砂名の神が仰った。たったひとり、この日記を読める人間のために、これはあるのだと」 クラウドが静かに目を閉じ、バグムントがタバコを咥えたまま、宙を仰いだ。サルディオネは言葉を続ける。 「マリーはそして、最後にその身ひとつでもって、L03の罪を贖って死んでいこうとした――それが皮肉なことに、メルヴァの怒りを煽った」 メルヴァは、マリーがルナを、三度陥れたことも知っていた、だからマリーは償うのだと、マリー自身の口から何度も聞いていた。マリーは決して、メルヴァがルナを恨むことがないようにしたかった。だけど……。 「メルヴァは、マリーを愛してた。でも、マリーは実の弟だったというだけでなく、メルヴァの思いを受け入れなかった。――L03の地方じゃ、兄妹婚なんて珍しくもない。だから、メルヴァとマリーはその気になれば結婚できた。ほんとはよくないけどね、血が濃すぎるって、もう地球時代から、親族婚は危ないって科学的に証明されてるけどさ。でもマリーは、メルヴァの思いを受け入れなかった。それはなぜか。ロメリアと同じ理由だ。マリーは最初からルナ、この人生はあんたに捧げる人生だとわかって生まれてきていたからだ。だから、恋も絶対しなかった。シエハザールに愛されていることを知っても、メルヴァの思いを知っていても、答えなかった。メルヴァは、愛するマリーは、あんたに人生を捧げたがために、自分に振り向いてくれないことを知っていた。そこへ、マリーの無残な死。メルヴァは、そのむごい死さえもあんたのせいだと思い込んだ。あれは違うんだ、あれはあんたに捧げたものじゃなくて、一緒に来たみんなを助けようとしただけだ、ルナ」 「うん……」 「マリーの命も人生も、すべてあんたのためにあるのだということを」 「……」 「重いよね。ほんとうにごめん。だけど、もうメルヴァは止まらない。あんたの命を奪おうとする。だけどあたしは、あんたを守りたい。絶対に」 だから、ZOO・コンペを行うことにしたんだ、とサルディオネは言った。 ZOOカードの動物たちは、みなの魂、そして深層心理を表している。意外なところから、意外な情報がもたらされることも多い。 「……ミヒャエル、なんで特派のおめえさんが、L77の嬢ちゃんの担当役員なのか、やっとわかったぜ……」 バグムントは腕を組んで、大きく嘆息した。 「この嬢ちゃんがメルヴァに命を狙われるってことは、この宇宙船の“高等予言師”たちが、予知してたってことなんだな?」 「その通りです」 「――それはいつごろの時期です」 チャンの質問に、カザマは「分かりません」と答えた。 「いつメルヴァが、どんな方法でルナさんを殺害しにくるかは、一切分かりません」 千年に一度現れる、革命者メルヴァは、その役割ゆえに、サルーディーバをもしのぐ予言師としての能力を持って生まれてくるという。そのため、いくら高等予言師と言えど、メルヴァの運命や行動を、読むことはできないのだった。 「まさか、この宇宙船に乗り込んでくるわけじゃねえだろうに」 「いいえ、その可能性もありました。最初は、ヴィアンカがメルヴァさまの担当役員だったのです」 「なんだって!?」 ヴィアンカから話を聞いていたクラウド以外は、全員驚いた。 「カザマさん、それ本当!?」ミシェルの叫び。 「本当です。――本当は、宇宙船のチケットが抽選で当たったのは、メルヴァ様だったのです。ですがメルヴァ様は、マリアンヌ様をお助けするために、そのチケットを使いました。ヴィアンカに、マリアンヌ様をL18から救出するように依頼し、その際傭兵をひとりボディガードにつけたのです。ロビン様がその傭兵。ですからメルヴァ様は、もう宇宙船のチケットでは、この宇宙船には乗れませんし、そしてL55が、L系惑星群全土の指名手配に踏み切りましたので、一級犯罪者ですので。どちらにしろ乗船は、もはや不可能です」 「だとしたら――ルナちゃんを狙うとしたら、宇宙船が寄る惑星群だな……」 「ええ。私どももそう見ております」 カザマは頷いた。「これは予言師の言葉でなく、特派で見ている可能性ですけれど」 サルディオネが宇宙儀の図を広げた。以前ルナが見とれてしまった、真っ暗な宇宙に、たくさんの星々がキラキラ輝いているシステム。 「地球に着くまでに、補給だけでなくリリザのように、宇宙船のお客様がリゾートのために降りる星はあと三つあります」 リリザクラスの大きな惑星を、カザマは指示した。 「マルカ、E353、アストロス……。おそらく、メルヴァが企てるとなればいずれか」 「ルナを殺すだけでいいんなら、」グレンが口を挟んだ。 「この宇宙船に別人に成りすまして乗り込んで、一発銃弾打ち込めば終わっちまうんじゃねえのか」 |