ルナがびっくりして、ぴょこん! と見えないウサ耳を立てた。そのウサ耳がぷるぷると震えている。グレンの言葉は、バグムントもチャンも思っていたことだった。だがカザマは首を振った。

 「いいえ。メルヴァ様が軍人であったとしたならその手段をとったでしょうが、メルヴァ様は軍人ではありません」

 宇宙船役員に、もとL03の王宮付き近衛兵がいる、とカザマは言った。

 「彼とも相談したのですが、私たちは、メルヴァさまが暗殺と言う形でルナさんを殺すことはないと考えています。それはメルヴァ様の育ったL03の環境と教育が、そうさせるのです。もしルナさんをその手にかけるとしたなら、代々メルヴァのみが使うとされる聖剣で、一突きに胸を刺し貫く。真砂名の神の名のもとに」

 「そんなおおげさなことしてる余裕ねえだろ、メルヴァにゃ、この状況は圧倒的に不利だぜ」

 メルヴァが襲ってくるかもしれない、ということをこちら側が知っているのなら、ルナの警備はこの上なく厳重になる。メルヴァのそのやり方は、傭兵や軍人、あるいは警備星の特殊部隊に囲まれたルナの傍近くまで、近づかねばならない。まず、不可能だ。

 「ええ。しかしメルヴァ様はL03の神官。もとより飛び道具は使いませんし、かならずやその手でルナさんを抹殺しようと考える。メルヴァ様の性格からして、どんなに憎い敵にも敬意を払いますし、ましてや他人に任せることもあり得ないです。その手段以外の方法で、ルナさんを殺そうとは思わないはず」

 「オイオイ、断言しすぎだ。ほかの可能性ってモンもな、」

 「もしメルヴァ様がルナさんを、グレン様が言ったような手段で暗殺するのなら、とっくに実行されていてもおかしくはないです」

 

 「……。……それは、カザマさんの言う通りかもしれません」

 チャンはカザマに同意した。

 「L03の記事はすべて読んでいましたが、彼は恐ろしく頭の切れる男のようです。シエハザールと言う、王宮付き護衛兵の長官も側近として付いている。彼もまた、頭脳明晰の誉れが高かったと書かれていた。彼らの作戦はひどく合理的です。L03の革命の顛末を見ていてもそう思う。メルヴァは、グレンさんの言うような、軍人としての合理性も持ち合わせている。ですが、その手段でルナさんを追ってはいない」

 「そうです。ルナさんを暗殺するのなら、メルヴァ様がL系全土の指名手配犯になるまえに実行するはず。今のような状態では、もはや彼本人が宇宙船に乗ることも叶わないですし、ルナさんの警備は厳重になる一方。メルヴァ様にとって、ますます不利になっていくばかりです」

 「……」

 バグムントはぐうの音も出ず、タバコを携帯灰皿に押しつぶした。

 

 「ですから、おそらくメルヴァ様は時を待っているのです。彼が何をたくらんで潜んでいるか――それが分からないから恐ろしいのです。いまE.C.Pの依頼で、警備星の特務機関がメルヴァの行方を追っていますが、居場所がわかりません。先日メルヴァだと思ってL18で捕まえたのは、エミールという少年でした。……ニュースになっていないだけで、そういった影武者が、あちこちで見つかっています」

 ルナは思い出していた。アズラエルとホテルで見たニュースを。

 「エミールはメルーヴァさまの革命団の幹部でしたから。もしかしたらメルヴァさまの居場所を知っているかもしれません」

 

 「――まあ、そういうことだね」

 サルディオネが右手を上げる。「そろそろ、ZOOコンペ始めていいかな」

 「あら、すみません」

 カザマが口に手を当て、引っ込んだ。話が脇道に逸れすぎたのを、サルディオネは嘆息しつつ引き戻す。

 「その話はまたあとで。……これ以上ルナを怯えさせるのもいいことだとは思えないね」

 みんなはっとしてルナを見る。ルナは見えないはずのウサ耳をぺったりと萎れさせ、お口はとがり、涙目にさえなっていた。

 

 「ルナさん、ごめんなさいね」

 あわててカザマはルナに駆け寄って、その頭を撫でた。話しすぎたという自覚はあるようだ。グレンもセルゲイも、さっきからルナの傍に寄りたいのだが、なぜか腰が座布団に縫い付けられたように動かない。ここから動くなと言われているようだ。

 

 「ルナちゃん、だいじょうぶ。この宇宙船はL系惑星群のどの星よりも安全なところなんだから」

 「そうだ。それに、俺たちだっているだろうが」

 お前の周りは軍人ばっかだぞ、とグレンは口角だけを曲げて笑みをつくった。セルゲイもグレンも、ルナを抱きしめたくてもここから動けないので、せめて言葉で元気づけるだけだ。

 「さっさとZOO・コンペを始めるよ。こんなんじゃまた夜になっちゃう」

 サルディオネは言い、ぱん! と両手を重ね合わせた。床一面に敷かれたすべてのカードが輝きだす。

 

 「眠れ。――そして目覚めよ」

 

 サルディオネが右手をすっと下ろすと、ふわりと空気の層が上に押し上げられた感がした。それを合図に、ボーン、ボーン、と壁掛け時計が鳴った。ルナにだけは分かった。あの掛け時計は、ルナが最初、この宿で夢を見た時にあったものだ。

 

 カチカチカチカチ。ボーン、ボーン、ボーン……。

 

 その時計は、壊れているかのように振り子も動かなければ、秒針も動いていない。なのに音だけが鳴る。秒針を刻む音と振り子の音が重なるように繰り返し、繰り返し響く。ルナは初めてまともに、あの時計を見た。とても古い時計だ。百年も眠っていて、いま目覚めたかのような。

 

 急に、みなの首がかくん、と前に垂れた。眠ったのだ。一人残らず――。ミシェルもクラウドも、グレンもセルゲイもチャンも、バグムントも皆。起きているのは、カザマとルナと、サルディオネだけ。

 

 「目覚めよ」

 

 サルディオネがもう一度声をかけると、眠った彼らのまえに、一枚ずつZOOカードが並ぶ。そのカードから、さきほどのウサギたちのように、動物が浮き上がる。

 「うわあ」

 ルナは身を乗り出して、その光景を見つめた。

 

 「さあ諸君。ZOO・コンペティションを開催しよう」

 サルディオネの一声で、チャンの前の椋鳥が、片羽を上げて言った。

 

 『私は英知ある椋鳥。チャン・G・レンフォイ』

 「最初は椋鳥からか。ではどうぞ」

 『最近、行方不明の椋鳥がいる。彼はボタンを探し回っているようだ』

 「――それが、月を眺める子ウサギが、革命家のライオンに襲われる危機と何か関係が? 今度のコンペは、それが議題だが」

 『……おそらく関係がある! ボタンが見つかれば、彼は動くんじゃないだろうか』

 「動くって?」

 『彼が動かねばなるまいよ。彼が動かねば、椋鳥たちは動かない』

 「意味が分からない。もっとちゃんと説明してくれ」

 サルディオネが促すが、椋鳥はピイ! と一声鳴いて、『これで終わりだ!』と消えてしまった。

 

 ルナは呆気にとられて、その様子を眺めていた。あのうさぎ・コンペのときもそうだったが、動物たちはずいぶんフリーダムだ。謎かけのような言葉を残して消えてしまう。ルナの夢の中でも、動物たちはそうだった。ちゃんと説明してくれない。

 

 「……ほかに、だれかいないか」

 サルディオネも苦労しているようだ。サルディオネは毎回、この謎かけのような動物たちの言葉を拾い集めて、推理しているのか。ルナは少し同情した。さっきの灰色うさぎや、ルナのお兄ちゃんの黒ウサギは、まともに話してくれる方だったが、全員そうとは限らないのだろう。うさぎ・コンペの時も、一部のうさぎ以外は、もきゅもきゅだのきゃいきゃいだの、全く話していることが分からなかったし。チャンは人間の時は(?)理路整然と説明してくれるのに。どうしてZOOカードの彼はそうじゃないのだろう。

ルナの心配どおり、サルディオネは頭痛を押さえるように顔をしかめて促すが、ほかの動物たちは黙っているばかり。

 

 「真実をもたらすライオン。おまえは革命家のライオンと同じライオンだろう? なにかないのか」

 『私の出番は、まだだいぶ先』

 クラウドのカードのライオンは、そう言ってあくびをする始末だ。

 

 「義理堅いドーベルマン、なにかないか」

 『ないな。俺が担当役員だったら、とりあえず守ってやるんだが。俺の役目じゃないようだ』

 

 バグムントのカードのワンちゃんも、そっけない。サルディオネはついに頭を抱えた。

「何日も前から言ってたよね? おまえたちZOOカードに。今日ZOO・コンペするからってさ!」

 

 『ZOOの支配者よ』

 「……何かね。孤高のトラ」

 『ないものはない。ここで発表することなどまったくない。つまりは』

 グレンのまえにいる銀色の、孤高のトラは威張って言った。

 『あなたは呼ぶ動物を、間違ったと言える』

 「――はあ?」

 サルディオネはマヌケな声を上げ、孤高のトラの耳を引っ張った。

 『何をする! やめんか!!』

 「ZOOの支配者にいい度胸じゃないかっ! 呼ぶ動物間違えただって!?」

 『お、落ち着きなさい! ZOOの支配者よ、彼の言うとおりです』