お医者さんの恰好をしたパンダが、わたわたとサルディオネの手に縋りついた。あれはセルゲイ。ルナは動物たちが可愛くて、ますます身を乗り出した。どの動物も、高さ十五センチほどのぬいぐるみサイズなのだ。

 

 『我々は、たしかに月を眺める子ウサギとは近しい関係ですけれども、今のところめぼしい情報はないのです』

 『あたし、ガラスで遊びたいの。でもやりたいことがいっぱいあります』

 ガラスで遊ぶ子猫が、とてとてサルディオネの傍へ寄ってきて、全然関係ないことを言いだす始末だ。サルディオネはうんざりして、大きなため息を吐く。

 「……やっぱ、違う動物同士のコンペは難しかったかもな……」

 彼女には珍しい、後悔の言葉が口をついて出る。

 

 『そうそう』

 耳をやっと離してもらったトラは、軍服の襟を直した。

 『鷲たちが騒いでいるんだ』

 「――ワシ?」

 『そうだそうだ!』

 消えていた椋鳥が、再び現れて叫んだ。

 『蛇たちも騒いでいる! あれはちがうものだとな! 不吉だ!』

 「不吉?」

 サルディオネが椋鳥に耳を傾けると、パンダが口を挟む。

 『まだ時期尚早なんですよ。革命家のライオンの発表会はまだ先だ。キリンさんも救ってもらってからです。月を眺める子ウサギは忙しいんですよ。キリンさんも救わなきゃならないし、七色の子猫も待ってるし。たぶん傭兵のライオンが、こぐまの話ももってくるんじゃないかって、』

 

 「ちょっとお待ち!」

 サルディオネが叫ぶ。「発表はひとりずつ! 何のためのコンペだよ!?」

 

 『蛇でもなく鷲でもない者が現れたんだ! いやきっと現れる!』

 椋鳥が、小さな羽根を懸命に羽ばたかせて叫ぶ。

 「それは、“蛇の皮を被った鷲の子”のことか?」

 『そう! 不吉!』

 ZOOカードの群れが、ざわざわとし出した。

 『なまえに二匹も動物の名が入るなんておかしい! 蛇はあれはへびじゃないと言っているし、ワシも仲間じゃないと言ってる。あれはなんだ?』

 「そいつが何者か、おまえたちは知っているの?」

 『そんなやつ知らない。でも不吉』

 椋鳥は、両羽根でばばっと顔を隠した。ルナはさっきからこの椋鳥が可愛くて、おもわず笑ってしまった。これがチャンとは思えない。

 

 「パンダのお医者さん、あんたの意見は?」

 『ですからね、まだ時期尚早だと言ったんです。なんだか革命家のライオンが良くないという話ですか? 彼は踊っていますよ。革命家のライオンたちはおかしなことをしてますよ。同じ踊りを繰り返してるんです』

 「同じ踊り?」

 『ええそうです。みんな揃って――忠誠を誓う青うさぎと、忠誠を誓う黒いクマと、たくさんの動物たちとで繰り返しくりかえし、毎日おなじ踊りを踊ってるんです』

 「踊ってる……」

 『もっと踊らなきゃいけないんですって。発表会の本番まで、練習はまだ続きます。月を眺める子ウサギが、発表会のヒロインだと言ってましたが、何か関係が?』

 「いや――。いつごろ発表会だとは、言わなかった?」

 『言いませんでしたね』

 「それを見たのか?」

 『私なんか見ませんよ。傭兵の大きなクマが、踊りを教えたんですよ。息子の傭兵のライオンに教えたんです』

 『傭兵のライオンが、俺に教えた』

 孤高のトラがまた胸を張って、そう言った。そうして、なぜだかトラは、カードを離れてルナのほうにやってきて、ルナの膝に飛び乗った。

 『俺は強いぞ。心配するな。守ってやろう』

 えっへん! とでも擬音が付きそうな威張り方。ルナは耐え切れずに大笑いした。これがグレンだと思うと、腹を抱えて笑いたくなる。

 

 『何で笑うんだ! 俺は本当に強いぞ! ライオンなんか噛み砕いてやる!』

 『聞き捨てならないな! トラの分際で!』

 クラウドの前の、眼鏡をかけたライオンが怒る。

 『貴様、ライオンの誇りを傷つけたな!』

 『群れでなければ行動できない貴様らなど、誇りも尊厳もない』

 

 トラとライオンは仲が悪いのだろうか。ルナはけんかを止めようとして身を乗り出しすぎて、ちょっと高めの場所から座布団ごとずべっと畳に突っ伏した。その勢いでトラを下敷きにしてしまい、トラがわたわたとルナのしたで暴れた。

 『俺を潰すな!』

 グレンを潰せることなど、ルナには今生ないだろう。ルナは大喜びでトラを抱き上げて頬ずりすると、またトラがもがく。

 「かあわい〜い!!」

 『うさぎの分際でなにをする! 噛んでやるぞ!』

 「あたしが噛んじゃうぞっ!」

 『うわー!』

 ルナが銀色トラのあたまをかぷっとやると、トラが悲鳴を上げた。

 

 「ルナ! ルナ、そこまで!!」

 サルディオネが、腹を抱えて大笑いしていた。トラのぬいぐるみの頭に齧りついているルナ。写真にでも残して置きたい光景だ。カザマも笑いを堪えている。

 「やっぱり最初は無理かと思ったけど、けっこういい情報が手に入ったな。今日はこれでやめよう」

 サルディオネが笑いながら右手を挙げかけたとき――。

 

 『待ってください!』

 

 一匹の黒ウサギが、現れたのだ。

L03の民族衣装をつけた黒ウサギ。ルナも見誤るはずがなかった。

ジャータカの黒ウサギ。

 

『本来ならば、わたしはここに来れる立場ではありません。呼ばれてもいないのに……申し訳ありません』

『そうだ! おまえは呼ばれていないぞっ!』

『呼ばれておらぬものは来てはいかん』

椋鳥とドーベルマンが断固として言ったが、サルディオネが制した。

「構わん。許そう。――何か意見が」

『はい』

『そうだ! このZOO・コンペにはぜんぶのトラを呼ぶべきだったのだ! そしてライオン団と戦争を起こし――』

「うるさいのトラちゃん。また噛んじゃうよ」

ルナが言うと、トラはやっと静かになった。

 

「ジャータカの子ウサギ。なにか言いたいことがあれば言いなさい」

サルディオネが促すと、ジャータカの子ウサギは一礼をしてから、言った。

『はい。ZOOの支配者様。このZOO・コンペはすこし早すぎました。月を眺める子ウサギからのお言葉です』

「早すぎた? 月を眺める子ウサギがそう言ったの?」

『はい。月を眺める子ウサギが、七色の子猫を助け、キリンさんを助け、行方不明の椋鳥さんのボタンを見つけたのちに、もう一度開かれるとよろしいと仰っていました』

『行方不明の椋鳥!』

椋鳥がバタバタバタ! と騒がしくなった。

『椋鳥! 椋鳥! 椋鳥! 月を眺める子ウサギは、ボタンの場所を知っているのか!?』

 

『いいえ』

ジャータカの子ウサギは、冷静に首を振った。

『月を眺める子ウサギは、ボタンの場所は知りません。ですがきっと、彼女はボタンの秘密を見つけるでしょう。わたしは謝らねばなりません。わたしは拷問にかけられたときに無意識に喋ってしまったのです。“椋鳥の墓”のことを』

謝るように、彼女は項垂れた。

『羽ばたきたい椋鳥がボタンを埋めた墓のことを、わたしは喋ってしまいました。私は脳裏に浮かぶものを、苦痛の中で無意識に喋ってしまったようなのです。カサンドラがあとから教えてくれました。私は、そのお墓に何が埋められているか知りませんでした。わたしを拷問したあの男は、墓に“マリアンヌの日記”の原本が埋められていると思って、探しに行ったのです。でも出てきたのは日記ではなく、錆びたクッキーの缶とボタンだけ』

 

『……かわいそうに!』

とつぜん椋鳥は、羽根で顔を覆ってオイオイと泣いた。

『我々は、あなたが喋ってしまったことを怒らないぞ! あなたは苦しかっただろう!』

『お嬢さん、災難だったな……』

ドーベルマンやトラ、ライオンたちも、ジャータカの子ウサギに深く同情して、静かになった。ジャータカの子ウサギも涙を拭いながら話す。

 

『クッキーの缶とボタンは誰かが持っていきました。わたしにはゆくえが分かりません。きっと椋鳥が探しているボタンとは、それのことでしょう。彼女が言うには、羽ばたきたい椋鳥は自分が持っている“写真の切れ端”の正体もわかっていないというのです』

「写真の切れ端?」

『私にはさっぱり……。でも月を眺める子ウサギが、羽ばたきたい椋鳥を助けるキーワードは“パズル”だといいます』

「パズル?」

『はい。写真の切れ端もパズル、そしてすべてのパーツを台にはめる――そのパズルをするのも、月を眺める子ウサギだと』

「月を眺める子ウサギはどこへ?」

『遊園地にいます。あなたが以前頼んだ、黄色と茶色のまだら猫を探しに行ったのです』

「……そうか」