アズラエルはあまりスピードを出さなかったので、二時間弱でコンビニに着いた。開店はしているようだが、駐車場にあったのはセルゲイの車だけ。ほかの客の車はない。相変わらず、どうやって経営を維持できているのか疑問が残る来客数だ。アズラエルはコンビニまえに車を停めると、エンジンを切った。すかさずルナが車の外に飛び出して、伸びをする。

 「寒いねえ!!」

 「ルゥ、風邪ひくぞ」

 アズラエルが、羽織っていたジャケットを頭からばさりと被せて来たので、ルナは「ばふ!」とヘンな声を上げた。グレンはすでにタバコに火をつけ、一服やっている。

 

 「観光バスが一、二――五台は置けるスペースなのにな。この駐車場が埋まることってあんのか?」

 「ないんじゃないか? K05区からここまで、三台くらいしかすれ違わなかったろ。でも、ここにコンビニがあるって、便利と言えば便利だよね」

 トイレもあるし、軽食もあるし。クラウドが景色を眺めていると、セルゲイとニックがコンビニから出てきた。熱々のコーヒーを入れた紙コップを持って。

 

 「やあやあ! 待ってたよ〜! 千客万来!!」

 ニックはコーヒーを零すほど大はしゃぎしながらこちらへやってき、コーヒーを車のボンネットに乗せると、代わる代わる全員と握手した。

「嬉しいよ! ほんとに遊びに来てくれるなんてさ!」

セルゲイが苦笑している。

 「ニックは、喋り出したら止まらないんだ。みんなが来るまで、ずっとしゃべり通し」

 いつのまにかセルゲイは、「さん」づけせずニックと彼を呼んでいた。

 「いやあ、セルゲイ君は聞き上手だからさあ、ついつい止まらなくなっちゃって!」

 「L02の連中って、みんなおまえみたいにお喋りなのか?」

 「きっと僕だけだね! 昔っから口縫い付けるよってよく親に言われてたから!」

 「……そりゃよかったな。縫い付けられなくて」

 グレンがコーヒーを呷りながら半分皮肉で聞いたが、ニックに皮肉は通じなかった。

 

 ニックは全員にコーヒーを配った後、コンビニ横のプレハブ倉庫から、パラソルのついた丸いテーブルといすを持ち出してきた。

 「あっと、外は寒いかな? 中にする?」

 「あたしたちはだいじょうぶだよ。今日、すっごく天気いいし。寒くなったら中入らせて」

 ミシェルがいうと、男たちも「平気だ」と言った。ルナはと言えば、ぼうっと宙を見ている。いつものことなので、ミシェルが「ルナもいいよね?」と聞くと、ルナは「うん」と返事をした。

かくて、野外で宴会は始まった。ニックは図太いグレンが「だいじょうぶなのか?」と心配するほど、店の中の酒やら食べ物やらを持ち出して、ルナたちに振る舞った。

 「まあ食べてよ。酒も遠慮せず呑んで」

 「いいのかよ。店のモンだろ」

 「だってこんなこと、一年に一度あるかないかだし、いいんだよ!」

 僕のおごりだから飲んで。そう言われたあとは、男たちは遠慮しなかった。次々にビール缶を空け、話は弾んだ。一度腰を落ち着けて話すと、ニックは楽しいお喋り相手だった。急いでいるときに話しかけられれば鬱陶しいだけだが。

 

 彼らは山中のコンビニの、だだっ広い駐車場で好き放題騒いだが、だれの迷惑にもならなかった。隣人はいないし、客も来なかった。二時間ほどの間、一度だけタクシー運転手がトイレを借りに寄ったくらいだ。道路にすら、車の姿は見えない。

 このコンビニは恒常的にヒマだということが、ようやくみんなにも実感として分かってきた。

 

 それにしても。

 

 アズラエルはさっきから、ルナがソワソワ、ソワソワしているのを横目で眺めながらビールを呷っていたが、やがて我慢も限界、小声で窘めた。

 「ルゥ」

 アズラエルには見えないウサ耳が、ゆらゆらと忙しなく揺れている、そんな感じ。

 「いい加減にしろ。少しは落ち着け」

 

 ルナは眉をへの字にしてアズラエルを見上げたが、やっと貧乏ゆすりをやめてから揚げをひとつ、口に入れた。ふたつ、みっつ……。から揚げをみっつ一気に頬張ったところでルナのほっぺたは限界を迎えた。もぐもぐ、もぐもぐ。クラウドがそんなルナを見て「……カオス」と呟く。

 「ルナちゃん。落ち着いて食べなよ? から揚げまだあるからさ」

 ニックにまで落ち着けと言われてはルナも末期だ。

 

ルナがソワソワしている理由は、分かっている。ルナはおそらく、ZOO・コンペの時エリックうさぎに言われた、このコンビニでもらえるプレゼント(それはグレンとツキヨに当てられたものだが。)が気になって仕方がないのだ。それに、秘密の小部屋にあるという写真も。

それは、ルナが今朝見た夢だが、まさかルナが夢で見たからといって、ニックに秘密の小部屋なんてものがあるか? なんて聞けるわけがない。秘密と言うことは、隠してあるのだ。隠してあるものを、人は容易に教えたりなどしない。それに、プレゼントと言うからには、ニックが自発的に「なにか」をこちらへくれるのが妥当だ。プレゼントとは、こちらがくれと言ってもらうものではない。

ルナの気になる気持ちもわかるが――それにしても、気にし過ぎだ。

 

「――ルゥ。そのうち分かるんだから、いい子にしてろ」

うさぎちゃんは、口をから揚げでいっぱいにして、返事はしなかった。今日は酒も進んでいないようだ。ルナはまだ口の中がなくならないうちに、四つ目を押し込んだ。「ルナ、おまえどうしたんだ?」さすがにグレンも驚いて聞いたが、ルナは首を振るだけで答えなかった。アズラエルは、ためいきをつくほかなかった。

 

 「へえ〜……、バーベキューパーティーかあ。いいなあ……」

 

 このあいだのバーベキューパーティーの話題は、やはり誰かが持ち出した。ニックは、宇宙船役員も交えたパーティーなんて珍しいとしきりに言い、ひどく羨ましがった。参加した宇宙船役員はみんなそう言っていたが、やはり珍しかったのか。

 

 「おまえも来いよ。今度やるときはちゃんと呼ぶからよ」

 アズラエルはなんとなくそう言ったのだが、ニックは目をまん丸くして、「……いいの?」と聞いてきた。

 「ああ。来たらいいじゃないか」

 セルゲイも言う。「大歓迎よ」ミシェルも頷いた。このテーブルの人間は、招待客が増えることに、だれも反対しなかった。

ニックは俯いた。この騒がしい男が急に黙ったと思ったら、目が潤んでいるのだった。

 

 「宇宙船サイコー!!!」

 

 いきなりニックが飛び上がって叫び、その辺を走り回った。みんな、呆気にとられてその様子を眺めるだけだ。

 「ガブリエル天使の祝福がっ! みんなにっ! ありますようにー!!!!!」

 言ったかと思うと、左右のポケットから花びらを鷲掴みにして取り出し、ばら撒いた。

 「うわあ!」

 ミシェルが叫ぶ。終わりかけた桜の季節が返り咲いたようだ。花びらは桜の花びらではなかったが、赤、白、ピンク、黄色――ニックのエプロンからは溢れんばかりに色とりどりの花びらが出てくる。

 「どうなってるの!? そのポケット!」

 ルナもミシェルもニックに駆け寄ってポケットを覗き込んだが、普通のポケットだった。とても、あんな量の花びらが入っていたとは思えないような。

 「ふふふふふ」

 ニックは含み笑いながら二人を抱きすくめたので、男たちからブーイングが上がる。それも気にせず、ニックは自身も花びらまみれになりながら、涙ぐんだ目を拭った。

 

 「最高の気分だ! いやあ、今日ほど宇宙船役員やっててよかったって思ったことはないよ! 百年近くやってるけど、今日が最高の日だね!」

 「百年!」

 そうだった。コイツの寿命は三百年あるんだった、とみんなが思い出したときだった。ニックは花びらを出したポケットから今度はカメラを取り出し、

 「みんな、記念撮影しない?」そう言った。