最初はセルゲイが撮った。コンビニを背景に真ん中にニック、グレンとアズラエルと、ルナとミシェル。次はニックが、セルゲイを入れて撮る。ニックはすぐ、写真を人数分プリントアウトし、みんなに配った。 「素敵だな。いい記念だ」 ニックが嬉しそうにしているのを見て、クラウドが尋ねた。 「君、コンビニに寄る人と、いつもこうやって写真撮ってるの?」 「いやまさか。みんなじゃない。こうして仲良くなれたら、撮るけどね。――そうだ」 ニックは、思いついたように言った。 「いいもの、見せてあげる」 その声に、ルナの見えないウサ耳がぴょこん、と立ったのは言うまでもない。 ルナがついに、秘密の小部屋に入るときがやってきた。 コンビニの「STAFF ONLY」のドアを開けた先は、何のことはない、スタッフ・ルームであり、ニックの休憩所だった。べつに、「秘密の部屋」でもなんでもなかったのだが、みんなはドアを開けたとたんに目を見張った。 そこには、ドライフラワーやら額やらでコラージュされた写真が、真正面の壁一面に貼り出されていたからだ。 「すげえな」 グレンが、壁一面を埋め尽くしている写真たちを眺めながら呟いた。 「写真も、こうやって飾るとすてきね」 ミシェルが、古い雑貨でセンス良く飾られた写真を見て言った。たくさんの写真たち。最近のと思われる色鮮やかなものから、かなり赤茶けてしまったものや、色あせてしまったものもある。 「ふふ、これはね、なんと三十年前の桜」 「ええっ! ウソ!!」 ミシェルが眺めていた写真を囲むようにして飾られた、花びらのドライフラワー。これ以上劣化しないよう写真ごと額に入れられているが、そこからほんのりと、桜の香が香るような気さえした。 「綺麗だね……」 写真は桜の木をバックに撮られた、恋人同士の写真だ。 「これらはみんな、仲良くなったお客さんとの記念写真。写真撮れるほど仲良くなれるなんて滅多にないけど、百年分ともなればけっこうな枚数になるよ」 それはそうだろうな。誰もが思った。百年前なんて、もはやアンティークの領域だ。 「コイツは、どのくらいまえの写真だ」 アズラエルも、人の顔がだいぶ薄くなってしまった写真を見つめながら聞いた。ルナもアズラエルに抱っこしてもらいながら、その高いところにある写真を見た。 「ああ、この写真は、六十年くらい前かな」 「六十年まえか……俺は生まれてもいねえぜ」 「そうだね。このひとたちはすごく面白い夫婦だったな。普通に喋ってるだけでもコメディみたいなふたりだったよ。L79から来たんだ。旦那さんがずっとL8系の炭鉱にいたんだって。苦労続きで新婚旅行できなくってさ、遅ればせながらの新婚旅行だってこの宇宙船乗ったの。二人とも地球にはいかなかったけど、降りた後もしばらくメールのやり取りしてたよ」 ニックは写真の夫婦の説明をしてくれた。六十代くらいであろう、仲のよさそうな夫婦が歯を全開にした笑い顔でピースをしている姿。二人ともガニマタ。たしかに、ユーモア満載の顔をしている。 「今も交流あるの?」 ルナは何気なく聞いて、後悔した。 「まさか! ……彼らはもう亡くなったよ。だって、六十年前だもの」 ニックの明るい声に、一抹の寂しさが翳った。 この写真の夫婦は若くはない。この時点で六十年前だったのなら、もう生きているわけはなかった。ルナは言葉に詰まり、おもわずもう一度写真に目をやった。 「こっちは楽しそうな集団だね」 セルゲイが、若者ばかり十人も集まった写真を見て言うと、ニックはそちらへ寄って行った。「ああ、それはね、劇団のひとたちで――」 寿命が、三百年。 ルナは、それがどれだけ途方もないことなのか、想像できなかった。ニックとルナたちは時の流れが違う。ニックは、いったい、何人の友人との別れを経験してきたのだろう。 ニックたちの住むL02の星が閉鎖的なのは、そういう理由もある。 ルナたちとは寿命が違いすぎるからだ。あきらかに、ルナたちのほうが先に死ぬ。彼らは、ほかの星の人の仲良くなっても、彼らが先に死んでしまうことを知っているのだ。 それは――とても寂しいことだということも。 不思議な感じ。 ルナはたくさんの写真を眺めながら思う。 三十年前、五十年前、六十年前、九十年前。……いろいろな年齢の男女が写真に写っているが、どの写真にも、ニックが「変わらない姿」で映っている。 今より若くもなく、年をとってもいず、ルナの目のまえにいるニックと、何一つ変わらないニックが。 ニックの時間は、百年前で止まっているような気がする。 ルナがニックを眺めていると、その奥にグレンの姿を見つけた。彼は一枚の写真の前で、立ちすくんでいる。 「――おい」 みんなが、グレンの発した声に引きつけられた。 「これは……なんだ」 グレンが見つめていたのは一つの写真だ。二組の、若い男女が映っている写真。ニックが駆け寄ってきて、その写真を一緒に見て言った。 「ああ、それね! ――この人がお医者さんでね、すごく明るいひとだったんだよ。僕に負けず劣らずお喋りでさ、で、このひとが奥さんになる人で、L44の娼婦さんだったんだって。あ、この黒髪の女の人もね。で、このひとが軍人さん――、」 「ああ、知ってる」 グレンは、食い入るようにそれを見つめていた。 「俺の両親だ――」 「えっ!?」 ニックは、驚いたようにグレンを見た。 ルナもアズラエルと一緒に、グレンのもとに駆け寄った。駆け寄ろうとしたが、ルナを抱えたアズラエルが突然止まったので、ルナも必然的にそこで止まることになった。アズラエルも、一枚の写真に目を奪われたのだ。 アズラエルの足を止めた写真を、ルナも見た。 (軍人さん?) それは、このコンビニを背景に撮った写真だった。 写真の中でニックと笑っているふたりは、軍人の恰好などしていなかったが、ルナが軍人かと思ったのは、右側の人がピースの代わりに右手をピッと帽子に当てていたからだ。まるで軍人の敬礼のように。だが写真の二人は軍人と言うには小柄で、ニックより背が低くて、百七十センチもあるだろうか。やせぎすで、ずいぶん穏やかな顔立ちをした二人。 「知りあい?」 いつのまにかニックが隣にいた。 「彼らはユキトとエリック。L18から来た軍人さんだよ。もう五十年も前になるかな」 「ユキトと――エリック」 アズラエルは呆然とニックを見、それから写真に目を戻す。ルナも口をあんぐりと開けた。これは――。じゃあ、この写真は。 「ユキト、爺ちゃん……」 アズラエルがポツリとつぶやいた言葉に、ニックは、今度はとても穏やかな目で微笑んだ。 「意外とあったんだよ、こういうこと」 部屋の中央のソファに全員集まり、ニックが段ボールを漁るのを眺めていた。グレンとアズラエルは、さっきの写真をプリントアウトしたものを、食い入るように見つめている。壁の写真はだいぶ色あせてしまっているから、ニックが昔のデータを探して、新たにプリントアウトしてくれたのだ。 「この人自分のおじいちゃんだとか、おばあちゃんだとか。……縁だよねえ。数十年経って、僕は一緒に写真を撮った友達の孫に会うわけだ」 僕だけの、特権みたいなものだよね。ニックはそう言って笑った。 「まあ、この部屋まで入ってもらうほど仲良くなれることも少ないんだけど。……あ、あった、あった」 ニックは段ボールからDVDの束を取り出し、数字を探している。 「違うな、これじゃないな」
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