「これがユキトおじいちゃんなの?」

 「……ああ」

 「ホントだね。アズの言った通りだ。少年みたいなひとだね」

 ルナが一緒に写真を覗いて尋ねる。アズラエルは、椿の宿であの“夢”を見たことを少し感謝していた。ツキヨとユキトの出会いの夢を。あの夢のおかげでユキトの顔だちが分かったわけだ。あの夢を見ていなかったら、この写真には気づかなかったかもしれなかった。

 

 写真は、ニックを挟んで左側にユキト。右手の敬礼をしている灰色の髪の男が――おそらくエリック。一緒に地球行き宇宙船に乗ったことは、ツキヨから聞いて知っていた。

 「この人がバブロスカの本書いた、エリックさんか」

 セルゲイもクラウドも、アズラエルから写真を回してもらい、感慨深く眺めている。グレンもその写真を見、「……式典の写真と違うな」と呟いた。

 

 「え? エリック君って本を書いたの?」

 ニックは知らないらしい。クラウドが苦笑して聞き返した。

 「彼らとは、宇宙船降りたあとメールの交換とかはなかったの?」

 ニックはDVDを探しながら、残念そうに言った。

 「なかったなあ……。けっこう彼らとは仲良かったんだけど。よくコンビニにも遊びに来てくれてね。僕も、街に出たときなんか彼らの家に遊びに行ったりしたんだよ。落ち着いたら手紙をくれるって言ったけど、結局来なかった」

 「――バブロスカ革命のことは、知らないの?」

 クラウドの質問に、ニックはきょとんとした顔をした。

「え? 何? ――革命?」

 

 ……クラウドの簡潔な説明のさ中、ニックはDVDを探す手を休めて話に聞き入った。話が終わると、その長い睫毛を伏せて、哀悼の意を示した。

 「そうだったんだ……。そんな事情が……」

 ニックの目は赤かった。

 「それじゃあ、連絡を取るどころじゃないよね……。そうか、そうだったんだ。ユキト君もエリック君も、僕たちは故郷でやるべきことがあるって、いつもそう言ってたんだよね。軍人さんだったもの、きっとなにか大事なことだったんだろうとは思っていたけど……まさか、革命を起こそうとしてたなんて」

 急に思いだしたように、ニックは呟いた。

「じゃあ、ツキヨちゃんはユキト君とは結ばれなかったのかな」

 

 「ツキヨおばあちゃん!!」

 ルナが絶叫した。「ううん!? ツキヨおばあちゃんとユキトおじいちゃんは結ばれたよ!」

 「孫がここにいる」

 そう言って、アズラエルは自身を指さす。

「君が孫!?」ニックは呆気にとられていたが、やがて顔を綻ばせ、赤くなった目を擦った。

 

 「そ、そうか――そうかあ……。よかったなあ。そうか、結ばれたんだね……良かったなあ……」

 

 それからアズラエルをじっと見、「君は、あんまりユキト君には似ていないね。どちらかというと、ツキヨちゃんのほうの血が、色濃く出たみたいだ」と言った。そしてグレンのほうを向いて、

「君は誰の子か、すごくよくわかる。……バクスター君にそっくりだもんね」

そう言って、グレンを複雑な表情にさせた。

「でも、グレン君はジュリちゃんにも似ているよ。その優しい口元とかなんか、」

「な、なんだよ」

ルナが近くに寄ってきてじいっとグレンを見るので、グレンは思わず口元を隠した。それを微笑ましい目で見ながら、ニックはDVDを探す作業に戻り、独り言のように呟き続ける。

 

 「地球に着いて、帰りの宇宙船でね……。ユキト君は言ってた。地球で運命の人に出会ったんだけど、僕はやらなきゃいけないことがあるから彼女とは一緒になれないって。そう、寂しそうに言ってたんだ。ツキヨちゃんは地球行き宇宙船の船客を、最初に出迎える宿泊所の人なんだよ。だから、船内役員ならみんな知ってる。彼女が特別便で、ユキト君を追いかけて地球を出たって聞いたときは――驚いたなあ」

 ニックは手を休め、追憶に浸り、また違うダンボールに手を伸ばした。

 「ユキト君はバブロスカ革命で――そうか。エリック君もこのあいだ亡くなったんだね。釈放されてほんとうによかった。――ツキヨちゃんはそれで、元気なの?」

 ルナはミシェルと顔を見合わせ、

 「ピンピンしてるよ! 毎年町内会のマラソンに出るし!」

 「へえっ。そうか、すごいなあ。今いくつくらいなんだろう? どこに住んでるの、今は」

 「L77だよ。でね、七十七歳!」

 「そう。……うん、そっか。あの星は治安もいいしね。安心だな」

 そう言いながら、ニックは相変わらず写真を凝視しているグレンに話しかけた。

 「セバスチアン君とバクスター君たちの話は?」

 グレンは少し目を上げ、「……聞かせてくれ」と言った。

 

 「うん。彼らはね、よくK05区の温泉街に来てたんだ」

 「温泉街?」

 「あの辺は天然の温泉が湧いているから、湯治に来る客が多いんだよ」

 「湯治?」

 ルナとミシェルは分かったが、男四人には湯治とはなにかを一から説明せねばならなかった。

 

 「――つうとなんだ。病気に効く湯が沸きだしてるってことなんだな?」

 グレンの質問にニックが頷く。

 「ジュリちゃん――グレン君のお母さんだね。大変な病気を患ったんだよね。退院した後も、医者の勧めでよく温泉に通ってた。君のお父さん――バクスター君がよく車で連れてきてたんだよ」

 「そうだったのか……」

 「君のお父さんは無口な人でね、あんまりお喋りな僕が好きではなかったみたい。でも君のお母さんはいつでも優しく、僕の相手をしてくれた。――君たち、夏祭りのこと知ってる?」

 「え!? 知らない! 夏祭りなんてあるの!?」

 ミシェルの歓声に、ニックは笑って頷いた。

 「あるよ。あ、そっか。まだ君たちは宇宙船に乗って二年目の夏は迎えてないもんね。……宇宙船では夏祭りが二年目と三年目にあるんだけど――その夏祭りの花火を、二年目のをね、彼らとここで見たんだよ。――あ! あった、これだ!」

 

 ニックは「夏祭り」とマジックで書かれたディスクを見つけ、それを機器にセットした。大きなテレビ画面に、画像が映る。

 「ああ、えっと、ちょっと待ってね」

 リモコンで早送りする。画面には、知らない若者たちと、ニックが花火を背景にはしゃぐ光景が映し出されていた。早送り。画面の人物がつぎつぎ変わっていく。そして。

 

 『あまり騒ぐな! 喧しいんだ、貴様ら二人揃うと!』

 

 鋭い声に、ルナとミシェルは飛び跳ねた。画面越しでも「すみません!」と土下座したくなるようなきつい響き。だが、画面に映っているニックともう一人の若者――セバスチアンはすっかりできあがっているのか、『バクスターの怒りんぼ〜』と肩を組んでヘラヘラ笑っている。最初の、厳しい声の主を、グレンが聞き間違えることはなかった。

 

 「親父……」グレンが呟く。

 

 『そんなに怒らないでバクスター。いいじゃない。今日は無礼講でしょ』

 

 柔らかな声。だれかを撫でるような、優しい声。ジュリの声だった。この声を聞いたとたんにグレンの喉が鳴った気がした。「――グレン、」ルナが声をかけたが、グレンはまっすぐに部屋を出ていった。