「たしか、あんたカレンと同い年だったね」

 「……ええ」

 「カレンに会ったことあるっけ」

 「いいえ、一度も」

 「そうだよねえ。もう軍事惑星群の四名家はバラバラになっちまって、嫡男同士が会ったこともないっていうんだから、おかしな時代になったもんさ。少なくとも、あたしのババアの代までは四家合同の例会があって、少なくとも嫡男や跡継ぎ同士は顔あわせてたもんだよ、小さいころから定期的にさ。軍事惑星群の代表一族の嫡男同士が、顔も見たことないなんて、あり得ない話だよ。そこまであたしたちはバラバラになっちまったんだ。いつのまにか」

 

 オトゥールは、答えられなかった。ドーソンの嫡男であるグレンや、その親族のレオンたちとは、学校が同じだったから必然的に出会うことになった。

 アーズガルド嫡男のピーターは、L22の学校だったから、あまり面識はないが、彼が「傭兵擁護派」だということが分かったときから、オトゥールから働きかけて、親しくなった。だが、やはり学生時代をともに過ごしてきたグレンたちと比べると、当主になってから知り合ったせいか、距離はなかなか埋められない。

カレンもそうだ。マッケラン家の跡取りである彼女とは、住む惑星も学校も違うため、まったく面識がなかった。

言われてみれば、ミラの言う通りかもしれなかった。軍事惑星群を束ねていく四家の跡取り同士が、一度も会ったことがないなんて。なのに、今さらになって結束を求めている、おかしな話と言えばそうかもしれなかった。

 

 「……今度のドーソン家の跡取りは、めずらしくまともそうな奴だったね。グレンだっけ?」

 「はい」

 「アイツがドーソンを継げば、すこしはまともになってたか? ……いや、そういうわけにもいかないわな。一族ってのは、一人がまともでも足引っ張るやつが多ければ総崩れだ。そういやアイツも、軍法会議で佐位剥奪されて親父と一緒で流刑になったんだっけ?」

 「――でしたが、幸か不幸か、地球行き宇宙船に乗りまして」

 

 「地球行き宇宙船?」

 

 窓の外ばかりを見て話していたミラが、オトゥールのほうを見た。夕焼けの逆光のせいかもしれなかったが、彼女がひどく老けて見えたのでオトゥールはすこし驚いた。たしか四十九歳あたりであったろうが、まるで十も年を取ったような疲れた顔だった。

 きっと彼女の過酷な運命が、彼女の寿命を早送りさせたに違いなかった。

 彼女――ミラの姉であり、カレンの母でもあったアランの悲劇的結末が――。

 

 「ああ、地球行き宇宙船――ああ、そうか。そうだったね。カレンの奴が、グレンと会ったってンで――一度寄越したね、メールを。そういえば。そうだそうだ、それであたしはびっくりしたんだ。でも楽しそうにやってたし、心配ないってセルゲイさんからも電話来て――、一緒に暮らしてんだったな。不思議な話だなあ。ああそう、地球行き宇宙船……、」

 ミラは寸時、ほんのすこしの時間、夢見るような顔になった。

 夢か。そうかもしれない。夢のような宇宙船であることは、オトゥールも世間のうわさから知っていた。だが、あのアズラエルやグレンが、その夢のような宇宙船で夢のような暮らしをしているというのは、どうも想像できないのだった。

 

 「あの宇宙船――奇跡が起こるって話だね」

 「奇跡?」

 「どんな奇跡かってのは知らないね。だけどうちの遠い親戚で一度乗ったことある子がいてね。まあ、普通の星とかわんない生活できるって。いろいろ便利らしいね。ほら――、L6系とか、あの辺みたいに。おっきなショッピング街とかあって不自由なく生活できるって。金もくれるらしいじゃないか。その子は親が身体悪くしたから、乗ってしばらくしたら下りてねえ、――奇跡っていや、グレンの親父も乗ったんだよ、あの宇宙船にさ」

 「ほんとうですか」

 それは初耳だった。バクスター・T・ドーソンにも、オトゥールは一度もあったことがなかった。会ってみたいと思った時には、彼はすでに僻地に飛ばされてドーソンの監視下の元、容易には近づけなくなっていた。

 

 「そうそう。奇跡っていや、――そうかもしれないよねえ。あのバクスターがさ、あの宇宙船から下りて帰ってきたら人が変わったようになったってンだからさ」

 「人が――変わったように?」

 「アイツも、ほんと典型的なドーソン一族だったんだよ。バクスターの親父が――そう――あの悪党だったからね――第三次バブロスカ革命の時の首相。バクスターも傲慢でさ、あたしは若いときヤツに会ったことがあるけど、ひと目見て嫌いになったね! ネジまがった性格が顔にすっかり出てやがるのさ。――そんなアイツが、あの宇宙船乗って帰ってきたらすっかり角が取れてまあるくなっちまって――不気味だった」

 「……」

 「娼婦を妻に、なんてね、昔のアイツじゃ考えられない話さ。ドーソン一族以外は人じゃないって顔してたアイツが、息子をほかの星の夫婦に預けたりなんかね――奇跡奇跡って、親類の子はどんな奇跡が起こったなんて具体的には言わなかったけど、バクスターをみてりゃ、あの宇宙船は本気で奇跡を起こすんだってさ、信じたくもならァな」

 

 なぜミラは、こんな昔話を? 

 オトゥールには分からなかった。さっきから彼女のする話は本題とは関係ない話ばかりだ。だがオトゥールはつきあった。彼女の意図をさぐるように。

 バクスターの話から、グレンの母親の話に飛んで、それからまた地球行き宇宙船の話になった。彼女は実に楽しそうにその宇宙船の話をする。もしかしたら、彼女は乗りたかったのだろうか。そう尋ねようとしたら、彼女のほうから言った。

 

 「あたしはね、今でも後悔する。――姉さんを連れて、地球行き宇宙船にでも乗ってりゃよかったんだってね」

 

 オトゥールは、頭をガツンとやられた気分だった。踏み込めなかったタブーの話を、まさかミラから持ち出すなんて。

 

 「マッケランなんていったってね、一族なんてさ、いっぱいひとはいるんだよ。あたしや姉さんが、ひとりかふたりがいなくなったって、機能していく。もうそういう風になっちゃってるんだよ。ドーソンなんざ、あんなにひとがいても、あがいても滅びるときは滅びる。あたしらひとりかふたりの存在意義なんて関係ないんだ。世襲制とか関係ねえんだ。跡継ぎがいたって滅びるモンは滅びる。いなくたって続いてくもんは続いてく。そんなことが、若いころには分からなかった」

 ミラの独白に、オトゥールは一切口を挟めなかった。

 「あたしはマッケランの跡継ぎなんてならずに、自分の思いに従って地球行き宇宙船に逃げ込んでりゃ、姉さんは生きていれたかもしれない。カレンだって、あんなふうにゃならなかったかもしれない。でもあたしは、責任感に従ってマッケランを選んだ。姉さんと姪っ子を見捨ててね……過ぎたことだけど」

 ミラはオトゥールに向き直り、防弾ガラスでできた窓から離れて、席に戻ってきた。

 

 「――なんであたしが、今日、あんたにこんなことを話すか分かるかい」

 「いいえ……」

 「姉さんが死んだのが、二十四歳だからだよ」

 オトゥールは言葉を失ったが、ミラの表情には、深い悲しみ以外なにもありはしなかった。

 

 「――当時、地球行き宇宙船のチケットがあなたに届いたんですか」

 やっと口にしたオトゥールの言葉に、ミラは首を振った。

 「来るわけない。そんな都合のいいことがあるわけないよ。だけどあれはオークションで買えるだろう? 落札なんか簡単にできるんだよ。そうだろう? あんただってそうだ。アレが買えないほどあたしらは貧乏じゃない。金はあるのに、あたしは買えなかった」

 「それは……、」

 「姉さんがあんなになっちまって、マッケランの当主になるのは、あとはあたししかいなかった。放り投げていくことはできなかったじゃないか。それに、姉さんを宇宙船に乗せるにしても、あんな状態の姉さんを他人に任せることもできないし、ましてやひとりにもさせられなかった」

 オトゥールは、それには答えられなかった。

 冤罪でL11の流刑星に投獄された姉アランを、地球行き宇宙船のチケットの特別措置で救いだし、宇宙船にともに乗りたかった、とミラは言っているのだろうか。

 ミラは後悔しているのか。だから、チケットを買ってまで、カレンを地球行き宇宙船に乗せたのか。けれどミラは、公式にはカレンを跡継ぎだと発表している。自分の娘ではなく、姪のカレンだと。ミラの真意は、やはりオトゥールにはつかめなかった。

 「悩んでいる間に姉さんは、カレンを産んで、そのまま死んじまったからね」

 コクリ、とオトゥールは唾を呑んだ。ミラはふっと笑った。

 

 「――あんた、またおいで」

 「え?」

 「今日で二十四回目。あたしのところに通い始めてさ。……今まであたしはあんたの話を聞いてきた。これからはしばらくあたしの話を聞いておくれ」

 「……はい」

 ミラは、多少はこちらに心を開いてくれたのだろうか。おそらく、交渉は進展しているのだ。オトゥールは今日初めて、手ごたえを味わっていた。

 そして、ミラと言う女性に好感を持ち始めていた。それは一方的なものではなく、互いに、ということであったかもしれない。