「それに、思い出したらいい情報を流してやるよ。――そう、今日はね、それがある」 ミラはマッケラン家の当主の顔に戻った。 「あんたの親父は、老舗の傭兵グループに出向いているそうじゃないか。――今回の計画とやらに関係あるのかね?」 オトゥールは詰まった。温かくなった胸が一転して冷えた。まさか、マッケランがそんな情報を掴んでいるとは。ミラがまだ、確実に協力するとは言っていない手前、このことを明らかにするのはまずい。しかしマッケランが知っているということは、ドーソンもすでに掴んでいるかもしれなかった。父が危ない――。 ミラはオトゥールの迷いを即座に見抜き、「うん、まあ、どうでもいいよ」と言った。 「それが真実かどうかはどうでもいい。だけどね、あんた、軍人が傭兵を動かそうなんて――金の絡んだ取引じゃなくてさ――熱意で動かそうなんて、そんな甘い考えは止した方がいいと思うがね」 傭兵は基本的に軍人が大嫌いだ。しかも、軍事惑星群創設の四名家は特に。 オトゥールたちも、それを知らないわけではない。 「あんたの親父がそんな甘い人間じゃないことは分かってる。老舗のアジトに出入りできるだけでも大したもんさ。――だけど、まるで話は進展しない、そうじゃあないか? あたしとあんたのように」 「……そうです」 オトゥールは思わず言った。父のほうの説得も、なかなか功を為さない。昔から家族ぐるみで父と懇意にしているアダムでさえ、父の言葉に頷かないのだ。なにかある、父はやっと最近、そう感じている。 彼らが頷かない裏には、なにかある。それは決して、ロナウド家や父を信頼していないということではないのだ。計画が無理だと感じているのでもない。そうならば、最初から訪問は拒絶される。バラディアの訪問自体が拒絶されているわけではないのだ。ミラと同じだ。 彼らは、奥に、なんらかの真意を隠しているのだ。 「まさか」 オトゥールは腰を浮かせた。 「まさか、――ドーソンがすでに手を回し……」 「バカ。それはないさ」 ミラは高笑いした。 「傭兵に取っちゃ、ドーソンは天敵だろ。あんたらロナウドのほうが幾分かマシってだけだろうけど、まさか、ドーソンに売るはずはない」 そうじゃなくて、とミラは前置きした。 「こりゃあね、あんたの親父の話が進展しないこととは関係ないかもしれない。でも、関係あるかもしれない。――単なる昔話なんだけどさ」 ――それは、ミラとアリシアの話から始まった。 傭兵グループ、「ブラッディ・ベリー」のボス、アリシアは、ミラとはL20の軍事学校の同級生だった。彼らは軍人と傭兵の間柄だったが、親友と言ってもいいほど仲が良かった。L20はL18ほど、軍人と傭兵の立て分けが厳しくはない。厳しくはない、といっただけで差別は厳然としてあった。L18ほど極端ではないというだけだ。 学生時代、アリシアとミラの交流は、マッケラン家には大目に見られていた。子供だからと言う理由だ。傭兵とマッケラン家の淑女(?)が仲良くすることを、よく思わない親族は多かったが。 ミラがマッケラン家の当主になってからは、ミラ自身がマッケラン家で意志が通る立場になったために、一族に妨げられていた交流はふたたび活発になった。そのころにはアリシアのブラッディ・ベリーも名を上げ、組織的にも拡大化し、L20や軍事惑星内の軍部からの依頼は多くなり、大物傭兵グループの長として、マッケラン家との関わりも深くなった。 そして、プライベートにおいても、アリシアとミラの交流は長く続いていた。 アリシアはとにかく――実に人懐こい性格だった。人好きのする性格で、友人も多ければ、年長者にもよく可愛がられる。ブラッディ・ベリーがメフラー親父の手助けで開設したのはそこそこ有名な話だが、彼女は白龍グループの総帥にも可愛がられていた。白龍グループには出入り自由だったし、行けば必ず総帥と茶を飲んで帰ってくる――まるで身内あつかいだった。 そのアリシアが、ミラとたったふたりで、ミラの自室で呑んでいたときに、零した話がある。 「椋鳥の伝説」の話だ。 「これさ、老舗グループだけに伝わってる話なんだって。しかも、代々総帥とか、ボスの一族だけに」 「……そんな話、あたしにしていいのかい」 ミラは窘めた。アリシアは口の軽い女ではない。酔った勢いとはいえ、零していい話とそうでない話の区別はつくはずだが。 「この話はだいじょうぶだよ。第一、みんな本気にしないさ」 アリシアは酒を呷り、 「それにもしかしたら、いつかあんたも関わることになるかもしれないし」 そう言って、躊躇なく話しはじめた。 「ほんとのところ、第二次バブロスカ革命のときに、傭兵の老舗グループ三社は――ええと、白龍とメフラー商社とヤマトね、……軍部ひっくり返すつもりだったんだって」 「そりゃ――本当かい」 ミラは呆気にとられてアリシアを見つめた。 「第二次バブロスカ革命って学生運動だったんだってね。ドーソン一族に反抗してた、アカラ第一軍事学校の教師たちが、バブロスカ監獄に投獄されて、それを生徒会長たちが助けに行ったんだって」 「はあ!? そんなことどこで知ったの!」 第二次バブロスカ革命の概要は誰も知らない。そんな革命があったことは皆知っているが、内容はまるで空白なのだ。それは軍事惑星群全土の人間がそうだ。 「――は。そうか、あんた軍人だもんね……。傭兵はさ、そのくらいは知ってるやつ多いよ。老舗グループに長くいるやつとか、身内とかはたいていね……。大っぴらに話せることじゃないし、それ以上のことは知らないけどさ。まあでも軍人は知らなくて当然かも」 ミラは、自分がそれを知らなかったことを少し恥じたが、アリシアは責めている節はなかった。 「無理じゃなかったんだってさ。状況から言っても。学生運動が首都中に飛び火して、首都の軍事学校の生徒ほとんどがドーソンをぶっ潰すってんで白熱して。地方でも旗上がったって。それで、そこに老舗グループも参加すればたぶんぶっ倒せたって。人数的にも、一時は軍部圧倒したって」 本当かよ。ミラは酒を呑むのも忘れて呟いた。 ほんとうだったらすごいことだ。ドーソンが転覆していたかもしれないなんて。 「でも――しなかったんだろ? それを……」 そうだろう。ぶっ潰せていたなら。 ほんとうにそれができていたら、いまドーソン一族はなかった。 「うん。しなかったんだってさ。……こっからが、信じられない話」 アリシアは、ふたりしかいないのに、急に声を潜めた。 「サルーディーバが、やめろって言ったんだってさ」 「は?」 サルーディーバって、あのL03のサルーディーバか。 生き神と呼ばれている――。 「そのころのサルーディーバって、けっこうL03の外に出て、あちこち遊説してる人だったんだって。今のサルーディーバって、一生L03から出ないような、マジ像とかじゃねえのってひとばっかじゃん。ほんとにいんのって話。でも、当時のサルーディーバってそうじゃなくて、よくL18にも来てたんだって。ドーソン一族もよく星賓として招いてたって。で、白龍グループの総帥も、会ったんだな」 ミラは息を呑んで、話の続きを待った。 「ちょうど、その第二次バブロスカ革命起きる直前だな。で、そのときのリー爺さんは、サルーディーバに聞いたわけ。革命起こすか起こさないか――成功の確率はどうとか――、で、サルーディーバはやめろと言った」 「……」 「この革命は失敗するから、やめろと言ったわけ。それに、今ドーソン一族をぶっ潰しても、L18が混乱に陥るだけだから時期じゃないとサルーディーバは言ったんだな。そして、こう予言したんだ。必ず、ドーソン一族は滅びる日が来る」 「滅びる日が来るって?」 「ああ。そう言ったんだ。……百年以上? も経ったら、本物の椋鳥の紋章を持つものが、アジトを尋ねてくるだろう。そのときこそ、真に傭兵グループが動く時だと」 「本気かよ」 ミラは思わず言った。「本気でそんなこと信じて、革命取りやめたのか!?」
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