「あたしもおんなじこと、思わず口走っちまったよ。だけど、考えてみりゃ、サルーディーバのいうことはもっともだったんだって」

 アリシアも、嘆息した。

 「第三次バブロスカ革命が終わって、やっと傭兵の認定制度ができたから、傭兵もまともに教育受けられるようになったろ? 第二次って、第三次の前だろ。

 あのころは、まだまともに教育受けてない、管理もされてない傭兵ばっかりだったわけだ。となると、ドーソンぶっ潰したとしたら、L18の治安も崩壊するわけ。またろくでもない、悪党の傭兵たちが跋扈し始めて、逆に白龍グループのひとたちが今度はL20やL19に討伐されるだろうってさ――第一次の二の舞ってーの? また傭兵が憎まれる時代になっちまうって、――そう考えると、やっぱり時期じゃなかったんだ」

 「でも……、」

 「サルーディーバはこうも言った。ドーソン一族はたしかに悪だ。だけど、L系惑星群の治安の維持には不可欠なんだって。

 たしかに、あれほど戦に強い一族はいねえよな。よく考えりゃァさ、ドーソン一族がいなかったら軍事惑星群そのものがバカな傭兵に乗っ取られて、L系惑星群の軍事制度じたいが崩壊してたってこともありうるわけだろ? 下手すりゃL系惑星群の原住民に、地球から来た人類が追い出されるか、皆殺しにされるかってとこまでくるわけだ。

 悪いけどさ、ロナウド家って政治的には頭はいいけど、戦争ヘタだもんなあ。マッケランも強い女はたくさんいるけど――その、やっぱ戦争強いとはいえねえし。怒るなよ? だって、ほんとのことじゃん。女は戦争向きじゃねえんだよ。で、アーズガルドはお人好しばっかで目立たねえし。

 でもドーソンは自分らが汚えから、ひとの汚さも知ってる。人の欲をうまくコントロールするよ。卑怯なことも平気で出来る。人が足りねえときに、現地で金ばら撒いて兵隊雇って勝つわけだろ? 原住民に、仲間の原住民を殺させるんだ。卑怯だけど、戦争ってそんなとこあるだろ。戦争に関してはできるやつが多いんだ。

 バブロスカ革命でも、ぜんぶの要求を蹴ってるんじゃねえ。認定制度にしろ、傭兵グループの創設にしろ、時代にあった、旨いとこは認めてるわけだ。絶対に権力は手放せねえから、邪魔な革命の志士を処刑しては来てるけど、要求は呑んでる。

 たまに度の外れた欲深のバカが出ては来るけど、――こないだバブロスカ裁判のやり直しさせた奴みたいにさ。……だけど今の軍事惑星群作ったのがドーソン一族って言っても、だれも否定できねえ。そうだよね?」

 「それは――」

 確かにミラは、否定できなかった。しかし。

 

 「あんた、傭兵のくせにドーソン擁護するわけ!?」

 「いやー、四名家のマッケランの口からそれを聞くとは思わなかったわ」

 アリシアはすまし顔で酒を呷った。

 「そうじゃなくてね、あたしだってドーソンは嫌いさ。だけど、これから先の世の中はそうじゃないって。もっと大御所から世の中見て行かなきゃならないんだって! そうじゃないやつは乗り遅れるよ! ドーソンがクソとか言ってる時代は過ぎたってンで――、」

 毎度のことながら脇道に逸れようとしたアリシアを、ミラは慌てて引き戻した。

 「だ、だから、椋鳥の伝説って?」

 「あ、ああ。忘れるとこだった」

 アリシアはえーと、と思い出すために天井を見上げ、

 「だからさ、最初に戻るけど。老舗グループ三社は、その“本物の椋鳥の紋章”を持つヤツを待ってるんだよ。そいつがいなきゃ、動かない」

 

 

 「――本物の、椋鳥の紋章を持つ者?」

 オトゥールは思わず復唱した。

 「それはいったい、何者なんです」

 

 「それはあたしも知らない。……あたしが知ってるほどのやつだったら、ここでこんな話はしないさ」

 ミラの言葉に、オトゥールは顎に手をやって深く考える姿勢をした。

 「……その、“本物の椋鳥の紋章を持つ者”が現れなければ、傭兵グループは動かないと、そういうわけなんですね?」

 「呑み込みの早いやつで嬉しいよ」 

 ミラは笑った。この若者は、理想主義者というだけでなく、理解およばぬ話を最初から蹴るような頭の固い男でもなく、要点は即座にわかる現実主義者らしい。

 

 「父が何度出向いても、相手にされないわけがようやくわかりました」

 話は聞いてもらえる、だが、計画に乗るとは言ってもらえない。

ヤマトが、白龍グループが動いたら動くと言ったわけもやっと腑に落ちた。ヤマトも、「白龍グループに」椋鳥の紋章の持ち主が現れると知っている。白龍グループが動いたら、それはその「持ち主」が現れた時。それが合図なのだ。

そして、メフラー親父の言葉の理由も。

 メフラー親父は「まだ、時ではねえ」と言って、最初からバラディアの計画を聞かなかった。だから、アダムも動かない。けれど「まだ、時ではねえ」というのは、メフラー商社もその「椋鳥の紋章の持ち主」を待っているのだとすれば納得できる。

軍事惑星群の四名家のように、はるか昔から、この古い傭兵グループ三社はつながりがある。おそらく、動くときも同時に――。

 

「ありがとうございます。ミラ大佐」

オトゥールは右手を差し出した。ミラは力強い手で、その手を受け取ってくれた。

「父に代わって、お礼申し上げます。……これで、真っ暗だった道に光明が差しこんだ」

「この話はあたしも又聞きだからね。ほんとうかどうかは、知らないよ」

「いいんです。何も手がかりが掴めないよりは、ずっといい。――それに、その紋章とやらに、」

オトゥールは、立ち上がった。

「少し、心当たりがあるんです」

「ほう?」

ミラは面白そうににやりと笑った。

「まァいいさ。いずれ分かる話だ。――次回の訪問を、あたしは楽しみにしているよ」

オトゥールはすこし驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。

「はい。……ありがとうございます」

 

 

L19への帰路を急ぐ宇宙船の中では、オトゥールの秘書が引っ切り無しに動き回っていた。予想外にミラとの会合が長引いたために、今後の予定合わせに難儀しているらしい。次回は余裕を持って、時間配分をせねばなるまい。

この宇宙船はロナウド家の自家用で、周囲をL19の軍機が守っている。警備は中も厳重。自分の後部座席とまえに座っているのは強面の傭兵。ボディーガードだ。オトゥールは、茶褐色の髪でサングラスをかけた傭兵を見て、ふとアズラエルを思い出した。

そういえば。

(地球行き宇宙船を守っている軍機は、今年はL20だったな……)

無論、地球行き宇宙船も、常に軍機に守られながら航海している。年度ごとの交代で、今年はL20。だが、来年L18にその順番は回ってこないだろう。回ってきても、おそらく軍機は出せない。L19がその肩代わりをせねばならないだろう。L18が動けない弊害は、もうそんなところまで現れてきている。それに呼応するように、世論は、L11に投獄されている将校たちをL18に戻せと言う声が高まっている。

 

焦ってはならない。

オトゥールは、何度も自分にそう言い聞かせた。

 

まさかドーソン一族は思ってもいないだろう。ロナウド家が、罷免されたドーソン一族の穴埋めに、傭兵を使おうとしているなどとは――。

だが、真実はそうだ。

バラディアは、アダムをはじめ、常々傭兵にしておくには惜しい人材だった彼らを将校にして、新しい軍事惑星群を作ろうとしている。そしてそれが、容易なことだとは思っていない。バラディアもオトゥールも、生涯をかけた使命になるだろうことは、重々承知していた。

 

(そう。――これは、グレンの理想でもあった……)

 

オトゥールは、地球行き宇宙船に乗っている友を思って、目を瞑った。最近の平均睡眠時間は三時間を切っている。今眠っておかないと、明日の朝日も眠らずに迎える羽目になる。

今日は、地球行き宇宙船の話をたくさん聞いた。

聞けば聞くほど、謎の多い宇宙船だ。だが奇跡と言っても、半分は誇張された作り話だろう。

そんなことよりも。

 

椋鳥の、紋章。

 

それを聞いたとき、脳裏に閃いたのは。

 

オトゥールは眠りに落ちる寸前に、起きたらすることを復習した。L19に帰ったら、一番にすることは決まっている。ミランダと子供たちにただいまのキスをすること。父に今日の成果を報告すること。そして――、エーリヒと話すことだ。自分が仮眠を取っている間に、エーリヒに連絡を取っておけとすでに秘書に伝えてある。

 

(エーリヒ叔父、あなたが所持しているあのボタンは、もしかしたら、とんでもない爆弾かも知れませんよ)

 

――軍事惑星群盛衰の鍵を、あなたは握っているのだ。