「あたしもおんなじこと、思わず口走っちまったよ。だけど、考えてみりゃ、サルーディーバのいうことはもっともだったんだって」 アリシアも、嘆息した。 「第三次バブロスカ革命が終わって、やっと傭兵の認定制度ができたから、傭兵もまともに教育受けられるようになったろ? 第二次って、第三次の前だろ。 「でも……、」 「サルーディーバはこうも言った。ドーソン一族はたしかに悪だ。だけど、L系惑星群の治安の維持には不可欠なんだって。 「それは――」 確かにミラは、否定できなかった。しかし。 「あんた、傭兵のくせにドーソン擁護するわけ!?」 「いやー、四名家のマッケランの口からそれを聞くとは思わなかったわ」 アリシアはすまし顔で酒を呷った。 「そうじゃなくてね、あたしだってドーソンは嫌いさ。だけど、これから先の世の中はそうじゃないって。もっと大御所から世の中見て行かなきゃならないんだって! そうじゃないやつは乗り遅れるよ! ドーソンがクソとか言ってる時代は過ぎたってンで――、」 毎度のことながら脇道に逸れようとしたアリシアを、ミラは慌てて引き戻した。 「だ、だから、椋鳥の伝説って?」 「あ、ああ。忘れるとこだった」 アリシアはえーと、と思い出すために天井を見上げ、 「だからさ、最初に戻るけど。老舗グループ三社は、その“本物の椋鳥の紋章”を持つヤツを待ってるんだよ。そいつがいなきゃ、動かない」 「――本物の、椋鳥の紋章を持つ者?」 オトゥールは思わず復唱した。 「それはいったい、何者なんです」 「それはあたしも知らない。……あたしが知ってるほどのやつだったら、ここでこんな話はしないさ」 ミラの言葉に、オトゥールは顎に手をやって深く考える姿勢をした。 「……その、“本物の椋鳥の紋章を持つ者”が現れなければ、傭兵グループは動かないと、そういうわけなんですね?」 「呑み込みの早いやつで嬉しいよ」 ミラは笑った。この若者は、理想主義者というだけでなく、理解およばぬ話を最初から蹴るような頭の固い男でもなく、要点は即座にわかる現実主義者らしい。 「父が何度出向いても、相手にされないわけがようやくわかりました」 話は聞いてもらえる、だが、計画に乗るとは言ってもらえない。 ヤマトが、白龍グループが動いたら動くと言ったわけもやっと腑に落ちた。ヤマトも、「白龍グループに」椋鳥の紋章の持ち主が現れると知っている。白龍グループが動いたら、それはその「持ち主」が現れた時。それが合図なのだ。 そして、メフラー親父の言葉の理由も。 メフラー親父は「まだ、時ではねえ」と言って、最初からバラディアの計画を聞かなかった。だから、アダムも動かない。けれど「まだ、時ではねえ」というのは、メフラー商社もその「椋鳥の紋章の持ち主」を待っているのだとすれば納得できる。 軍事惑星群の四名家のように、はるか昔から、この古い傭兵グループ三社はつながりがある。おそらく、動くときも同時に――。 「ありがとうございます。ミラ大佐」 オトゥールは右手を差し出した。ミラは力強い手で、その手を受け取ってくれた。 「父に代わって、お礼申し上げます。……これで、真っ暗だった道に光明が差しこんだ」 「この話はあたしも又聞きだからね。ほんとうかどうかは、知らないよ」 「いいんです。何も手がかりが掴めないよりは、ずっといい。――それに、その紋章とやらに、」 オトゥールは、立ち上がった。 「少し、心当たりがあるんです」 「ほう?」 ミラは面白そうににやりと笑った。 「まァいいさ。いずれ分かる話だ。――次回の訪問を、あたしは楽しみにしているよ」 オトゥールはすこし驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。 「はい。……ありがとうございます」 L19への帰路を急ぐ宇宙船の中では、オトゥールの秘書が引っ切り無しに動き回っていた。予想外にミラとの会合が長引いたために、今後の予定合わせに難儀しているらしい。次回は余裕を持って、時間配分をせねばなるまい。 この宇宙船はロナウド家の自家用で、周囲をL19の軍機が守っている。警備は中も厳重。自分の後部座席とまえに座っているのは強面の傭兵。ボディーガードだ。オトゥールは、茶褐色の髪でサングラスをかけた傭兵を見て、ふとアズラエルを思い出した。 そういえば。 (地球行き宇宙船を守っている軍機は、今年はL20だったな……) 無論、地球行き宇宙船も、常に軍機に守られながら航海している。年度ごとの交代で、今年はL20。だが、来年L18にその順番は回ってこないだろう。回ってきても、おそらく軍機は出せない。L19がその肩代わりをせねばならないだろう。L18が動けない弊害は、もうそんなところまで現れてきている。それに呼応するように、世論は、L11に投獄されている将校たちをL18に戻せと言う声が高まっている。 焦ってはならない。 オトゥールは、何度も自分にそう言い聞かせた。 まさかドーソン一族は思ってもいないだろう。ロナウド家が、罷免されたドーソン一族の穴埋めに、傭兵を使おうとしているなどとは――。 だが、真実はそうだ。 バラディアは、アダムをはじめ、常々傭兵にしておくには惜しい人材だった彼らを将校にして、新しい軍事惑星群を作ろうとしている。そしてそれが、容易なことだとは思っていない。バラディアもオトゥールも、生涯をかけた使命になるだろうことは、重々承知していた。 (そう。――これは、グレンの理想でもあった……) オトゥールは、地球行き宇宙船に乗っている友を思って、目を瞑った。最近の平均睡眠時間は三時間を切っている。今眠っておかないと、明日の朝日も眠らずに迎える羽目になる。 今日は、地球行き宇宙船の話をたくさん聞いた。 聞けば聞くほど、謎の多い宇宙船だ。だが奇跡と言っても、半分は誇張された作り話だろう。 そんなことよりも。 椋鳥の、紋章。 それを聞いたとき、脳裏に閃いたのは。 オトゥールは眠りに落ちる寸前に、起きたらすることを復習した。L19に帰ったら、一番にすることは決まっている。ミランダと子供たちにただいまのキスをすること。父に今日の成果を報告すること。そして――、エーリヒと話すことだ。自分が仮眠を取っている間に、エーリヒに連絡を取っておけとすでに秘書に伝えてある。 (エーリヒ叔父、あなたが所持しているあのボタンは、もしかしたら、とんでもない爆弾かも知れませんよ) ――軍事惑星群盛衰の鍵を、あなたは握っているのだ。
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