「おまえさんは、この包囲網を、どう突破するかと俺に聞いたが――」

 「ええ。依頼内容は、それです」

 「なんだと?」

 メルヴァは、木の椅子に、腰かけて足を組んだ。

 「その包囲網を、どう突破したらいいか、具体的に作戦を立てて欲しい。事細かにだ。私の予言のようにね」

 アダムは一度困ったように口を噤み、

 「情報が少なすぎる」

 「情報なら、この地図に正確に書かれている」

 

 アダムは絶句し、それから、大きな口をパクパクと開け閉めした。それから、話にならん! と大声で吠え、ため息をついて一度気を落ち着かせてから、いいか、と言った。

 

 「敵方じゃない。おまえさんたちのだ。……おまえさんたちの武器は? そもそも、おまえさんら、銃は扱えるんだろうな。さっきから見てるが、おまえさんらは剣の練習しかしとらんな。敵は戦車隊もいるんだ。この配置では、化学兵器も使われるだろう。市街地から住民を撤収させている。それに対して――まさか、その剣ひとつで立ち向かおうって言うんじゃあるまいな。そんなことは絶対に無理だ。いくらなんでも、そんな時代錯誤な連中を勝たせる作戦図案は、俺には無理だ。ほかを当たれ」

 「アダム、」

 「俺は、おまえさんの依頼を受けると言った。だがな、現実的に不可能なことだってある。おまけに、秘密主義は結構だが、作戦図案を立てろというなら、おまえさんたちの装備くらい教えたらどうだ! 装備ひとつ、所持する武器ひとつ教えないというザマで、どう作戦を立てろと? 戦車隊あいてに、剣で立ち向かう? 冗談は止せ! 傭兵をからかうんじゃない」

 メルヴァは、さすがに椅子から立ち上がった。

 「申し訳ない。我らの言葉が足りなかったようだ」

 メルヴァは素直に詫び、「座ってください」とアダムに席を示した。アダムはメルヴァを睨んだが、それでも、どかりとその小さな椅子に座った。

 

「それに、突破、――突破、ということは、これは逃げることが目的の作戦図案か? それとも、たどり着くべき目的地があるのか?」

 「戦車隊は出てくるだろうが、彼らは、化学兵器は使わない。そして、我らが持つべきものは剣のみだ。そして、これは言い忘れた私が悪かった。この作戦図案は、たった一人の人間を殺すためにたてる作戦だ」

 すなわち、目的はここだ。メルヴァは、指揮棒で地図の端を指さした。大きく×印が書かれてあるそこは、ターゲットの居場所だろう。

 「ここにいる人間を、我らが誅す。この、聖なる剣でな」

 「悪いことはいわん。ガスマスクを買え」

 荒唐無稽にもほどがある革命家に、アダムは呆れ返って、せめてもの忠告をした。

 「化学兵器を使わない? なぜそんなことが言える。それに、この作戦図案では、このルートを通る際、戦車隊の砲弾の一斉射撃を浴びる。……それに、あれだけ剣の練習をしとるということはだな、おまえらも剣の腕に自信があるんだろうが、コンバットナイフの傭兵部隊が出てきたら、無傷では済まんだろう。おまえらのように、長剣を扱う傭兵だっているんだ。それに、」

 「ここを通れば戦車隊の砲弾を浴びるなら、ほかのルートを考えてくれ。そうすれば、砲弾を浴びないだろう」

 アダムは、もう、どう説明していいか分からなくなった。馬の耳に念仏とはこのことか。話が一向に通じない。首を振り、ついに、「根本的な問題だ」と嘆息した。

 

 「いいか? 予言師。おまえさんは、未来が見える。だがな、それが外れた場合のことを考えたことがあるか?」

 「……」

 メルヴァは、遠くを見ながら、呟いた。

 「では、あなたは、私が予言したこの作戦図案に不備があると?」

 「大有りだ!」

 アダムはクマのように吠えた。

 「軍隊ってのは――ンな予定調和に動くもんじゃねえ。おまえが書いたこの地図の通りに軍隊が配置されて、おまえさんの想像通りに軍隊が動くんだったらな、傭兵も軍隊もいらねえだろうが!」

 「ごもっとも」

 メルヴァは反論しなかった。

 「だがそれは、あなたには関係ないことだろう。アダム」

 「関係ねえだと……?」

 「そうだ。関係ない。あなたはただ、突破の仕方を考えてくれればいい。あなたが同じ状況に置かれ、目的地まで無傷で達するには、どうしたらいいか。幸いにも、敵方の配置は分かっている。そういう状況でだ。それ以外は、あなたは一切考えることはない。この作戦図案が信頼できるかどうかは、どうでもいいのだ」

 アダムは、息子より年下のこの革命家の頭を、あやうく拳骨で殴ることころだった。

 「それが、トップに立つヤツの言いぐさか! お前の指揮次第で、何百人と言う部下が死ぬんだぞ! 犬死させる気か!」

 メルヴァは、なくしていた表情に、わずかな笑みを浮かべた。

 「……あなたがそういう人間だから、私はあなたを選んだのだ」

 メルヴァは立って、アダムを見据えた。

 「あなたなら、一番仲間が死なない突破法を考えてくれる」

 アダムは絶句した。

 「ですがあなたは、これ以上関わってはいけない。言いたいことは山ほどあろうが、さっき私が言ったように、この作戦図案を信じてください。こうなると、これが現実になると、確信したうえでだ。それ以上あなたは踏み込んでもいけないし、関わってもいけない。さもなければ――」

 メルヴァは、わずかに目を伏せた。

 

 「あなたはきっと、後悔する」

 

 

 アダムは、前回のやりとりを反芻しながら、めのまえで繰り広げられる奇妙な“練習”を、ただただ、眺めていた。

さっきから、L03の若者たちは、二人で組合い、同じ動きばかり繰り返している。十人が十人、全員違う動きだ。武術の稽古ではない。武術の型の習得なら、全員違う動きにはならないはずだ。これは、踊りだ。踊りの型を、練習しているよう。その動きを体に染みつかせようとでもいうように。あるいは、舞台稽古。それぞれが『役者』で、己がすべき演技を練習している。アダムには、そう見えた。

メルヴァは横で、アダムが考えた作戦図案を凝視している。

 「完璧だ」

 メルヴァは、ポツリとそう言って、地図を置いて立った。完璧だ、と誉める割りには、その声には昂揚すら籠っていなかった。

 「ありがとう、アダム」

 メルヴァは、アダムに向けて三度お辞儀をした。アダムは、困惑した目で、この若い革命家を見下ろすだけだった。

 

 一、二、三、一、二、三……。

 

 アダムの目の前で、たくさんのL03の若者たちが、同じ動作を繰り返す。剣の練習――アダムが見ている間だけで、同じ動きを五十回以上も。

 (なんなんだ、これは)

 分からない。

 この男たちが、何を考えて、こんなことを繰り返しているのか。

 あの作戦図案以上に、この踊りにも似た、剣の練習が不気味だった。

 

 「それで、アダム。鍵のほうは」

 メルヴァが話しかけてきたので、アダムは観察を中断せざるを得なくなった。

 「あ、ああ。娘を向かわせてる」 

 「そうですか。……ではこれで、終了ですね、あなたへの依頼は」

 「本当にいいのか」

 「何がです?」

 「鍵を届け終わったら、ちゃんと届けたっていう証明書とか……、」

 「ぜんぶ、見えますから」

 メルヴァは、いたずら染みた笑顔で、自分のこめかみを二、三度突いた。アダムは返事の代わりに、呆れにも似たためいきをひとつ。

 

 「あんたには――」

 アダムは、バター・チャイを、今回も飲まずに立ち上がった。

 「あんたには、見えない“未来”なんて、あるのか?」

 「ありません」

 メルヴァは微笑み、即座に答えた。

 「予言は予言、見えぬものなど何もない――先代の、“メルーヴァ”の言葉です」

 「……」

 「ありがとう、アダム。これで我らは、目的を達成することができる」

 メルヴァは、今度はL03特有の挨拶ではなく、アダムに右手を差し出した。握手か。アダムは、L03の人間が、ほかの星の挨拶を知っているとは思わなくて驚いた。L03では、これはこれで、別の意味を表すかもしれないが。

 アダムは差し出された右手を握り、手を振って別れた。振り返らずに、軍用機のある敷地まで。

 

 「さようなら、アダム。あなたに出会えて、光栄でした」

 

 ふいに、アダムの頭の中に聞き覚えのある声がした。アダムは振り返りもせず、その声も認めないことにした。