「……アダムさん、絶対怒ってるって」

 「怒ってねえって。だから気にすんな」

 

 砂嵐がごうごうと唸る野外は、出歩ける状態ではない。中途半端なL系惑星共通語を話す、この店の店主から聞いたが、今は、このあたりは猛烈な砂嵐の季節なのだそうだ。一日に一度は、すさまじい嵐で、屋外へ出られなくなる。砂ぼこりで視界が遮られるだけでなく、人が吹き飛ばされる強さの風だから、絶対に外へ出てはならないのだそうだ。こんな時期に来る観光客はあんたらくらいだと冷やかされ、食事をしていればそのうちやむと教えられた。だから、オリーヴとフライヤは、この店で早めの昼食をとることに決めたのだった。

 

 「なんだこの、……気持ちわりイ食いモン」

 「このあたりの郷土料理よ。見た目は確かにアレだけど、……味は悪くないわ」

 「ゲロみてえ」

 「それ言わないで。あたし食べられなくなっちゃう」

 ふたりは、皿に盛られた、リゾットとも、ふやかしすぎたオートミールとも呼べない、緑と白のマーブルな液体を、慎重にスプーンで掬って、口に運んでいた。

 

 「これ、なあに?」

 フライヤが何とか作った笑顔で、皿の中身を尋ねると、ウエイトレスは笑顔で答えてくれた。料理の名と、原材料と調理法を。そして、どれだけ栄養があるのかを、コンコンと話して聞かせた。共通語ではなかったので、オリーヴは「なんて言ったんだ?」とフライヤに聞いた。フライヤは吐きそうな顔をして、「聞かない方がいいよ」と言った――だが、オリーヴは好奇心に負けて、さらに聞いた。

 

 「……虫だって」

 このあたりでよく取れる、でっかい虫。フライヤは、調理法は言わなかった。オリーヴは、皿の中身をぶちまけそうになったが、これを食べないと腹が減るし、このあたりでは、ここが一番うまい店だと聞いたのだ。

 

 聞かなきゃよかった。

 ふたりはひどく後悔しながら、ミネラルウォーターとともに、なんとかそれを流し込んだのだった。

 

 

 「うっげ……。もういやだ。もう絶対ヤダ。二度と、現地人と同じモン食わねえ」

 「五十メートルも歩けば、ハンバーガーショップがあったよ」

 「なんでそれ、先に言わねえんだよ!!」

 「だって、オリーヴが言ったんじゃない。ここに入るって」

 「だって、砂嵐が目前に来てたしよ……。親父も言ったんだよ。まず、星に行ったら、その星の、土地のモン食えって、」

 「お父さんの言い分は悪くないし、今回は、あたしたちの当たりが悪かったのよ」

 フライヤは、歩きながら小型のコンピューターを弄っている。

 「あそこ、このあたりじゃ一番おいしい店だって、駅でも言ってたしね。L05だって、首都近くに行けば、あたしたちが普段食べてるものと変わらないものが出てくるよ。……このあたり、原住民とのミックスが多いんだね。田舎だし。だから、ああいう、ちょっと変わったものがでてくる、」

 「ちょっとォ? ちょっとかなァ〜?」

 

 砂嵐がやみ、薬みたいな味のするコーヒーを飲んだ後、ふたりは店を後にした。まだ風は強いが、砂が視界を遮るほどではない。

 現地人に紛れ、大きな一枚布を巻きつけた格好であることに変わりはないが、オリーヴとフライヤの容姿は、対照的だ。

 染めた金髪に、濃い化粧ではあるが、もとはアジア系の平坦な顔のオリーヴ。彼女は父親に似て、アジアの血が色濃く出ていた。体格も父親に似て大柄で――ベッカー家はどちらに似ても大柄になることは間違いないが――丈の短いTシャツと、下着の見えそうなショートパンツのなかに、豊満な身体を押し込んでいた。

 対して、フライヤは小柄だ。百五十センチそこそこの華奢な体格に、漆黒の髪をふたつに結わえて、黒縁の大きな眼鏡をかけていた。大きな目をした、華やかな容姿を持っているのに、地味にしか見えないのは、フライヤの性格が地味だからだろう。同じくTシャツとジーンズの服装だったが、世辞にも洒落ているとは言えなかった。すっぽりとフードを被ると、童話に出てくる魔女みたいになる。

 

 「次の砂嵐は明日の午前五時――ね」

 「だいじょうぶだろ。仕事なら、夜半前にすむさ」

 「……オリーヴ。さっきのコーヒー……」

 「え?」

 フライヤが、泣きそうな顔でコンピューターの画像をオリーヴに見せた。

 「あれも虫だって」

 ネットの画面には、この土地のコーヒーと呼ばれるものは、虫の抽出液で、現地の人と同じものを飲むと腹を壊すという解説が書かれていた。ご丁寧に、虫の画像まで添えられて。

虫しか食わねえのかこの辺は! 絶叫するオリーヴを、道を歩く僧たちが不審げに眺めていく。

 「……フライヤ」

 「なに?」

 「あそこのハンバーガー店で口直ししねえ?」

 「賛成」

 

 L系惑星群全土にあるチェーン店に入った二人は、ようやく本物のコーヒーにありつけた。見慣れた紙コップに入った濃い味のコーヒーに、ふたりは涙を流さんばかりに喜んだ。

 「これこれ! これがコーヒーだよな!」

 「最初から、こっちに入っていれば良かったんだよね」

 嫌味とも取れるフライヤのセリフに、オリーヴはしかめっ面をしたあと、

 「さて、作戦は今夜決行。……どうすっかな」

 と呟いた。

 

 オリーヴの任務は、今は博物館化されている、百五十六代目サルーディーバの別荘に忍び込んで、ある手紙を調達してくることだった。

 その手紙は、「船大工の兄弟」という、マーサ・ジャ・ハーナの神話の絵の、裏側に挟まれているらしい。手紙の中身は鍵だそうだ。それを調達したのち、グレンに送付する。

 それが、メルヴァから依頼された任務。オリーヴは、父親の代わりにその任務を実行中なのだった。

 

 無論オリーヴも、グレンのことは知っている。兄が毛嫌いしていた男。それ以前に、ドーソン一族で、アカラ第一軍事教練学校の生徒会長も務めていたとなれば、オリーヴたちの年頃では、知らないという方が珍しい。

 そのグレンに、どうしてL03の革命家が、鍵など送るのか。彼らの間に、何のかかわりがあるのか。それは過ぎた好奇心であり、傭兵が追及してはならないところだ。オリーヴもよくわかっている。伊達に、傭兵一家の中で育ってきたわけではない。オリーヴは、彼女らしく一瞬の好奇心を覗かせた後は、疑問をすべて頭の中から追い出した。

 

 己の任務は、鍵を博物館から盗みだし、特定の人物に送る仕事である。

 

 オリーヴがL05に到着したのは今朝だ。今は、L03が革命で混乱状態のために、辺境の惑星群全体の検閲が厳しくなり、入星しにくくなっている。L18から出発したはいいが、惑星群入口のL09で一週間の足止めを食わされ、今日やっと、L05に入れたのだった。

 

 「傭兵なのに、なんでこんな泥棒みたいな真似しなきゃいけないんだか、」

 「仕方ないじゃない。任務だもん。大切な、任務だよ」

 「あたしは戦う方が、合ってる」

 「ぶつくさ言わないで、オリーヴ。ほら、博物館って言っても、警備は大したことないよ」

 フライヤはさっき持っていたコンピューターとは別に、小型のノートパソコンを開いて、何か打ち込んだ。パッと画面に表れたのは、博物館の監視カメラの映像だ。

 「ぜんぶ旧式だね。それに、この博物館自体、観光客がほとんど来ないし。ふだん管理してる従業員も、ひとりしかいないよ。監視カメラにさえ気をつければ、あとはなんてことない」

 「簡単すぎて、退屈だ」

 「油断してると、ひどい目に遭うかもよ。ほら、ちゃんと、絵のある場所確認して」

 「……鍵の場所はここね」

 オリーヴは、画面に映った館内の地図を見た。一番奥の大きな部屋――おそらく、サルーディーバの絵が置いてある倉庫内に、赤い星が点滅している。

 

 「これ、なに?」

 オリーヴの質問に、急に画面が拡大化された。たくさんの絵が無造作に、重ねられて置いてある。その中の、ある絵の真上で、星は点滅していた。

 「これが、船大工の兄弟の絵、だと思う」

 フライヤが、もっと大きく拡大する。画面はボケているが、重なった絵の影から、絵の一部が見えた。